02-20 百合を引き裂く男は死ぬ
マルチナが目蓋を閉じた瞬間、ルクレツィアは行動に出た! パッと床を蹴り、アレクセイⅣ世へ躍りかかる。手下への命令に気を取られていたアレクセイⅣ世はもちろん、周囲に居た手下たちも何も出来ない。
ルクレツィアはマルチナを抱きかかえていたアレクセイⅣ世の腕を強引にふりほどくと、そのまま花梨から教わった護身術の技で投げ飛ばした!!
狭い潜水艦の船内だ。投げ飛ばされたアレクセイⅣ世の身体が、周囲にいた手下に当たる。その一人が持っていた拳銃を取り落とし、ルクレツィアはとっさにそれを拾いあげた。
ルクレツィアは関節を極めて押さえつけ、すぐにアレクセイⅣ世の頭に突きつけた。
「頭に向けて撃てば、跳弾もそれほど心配する事はないかも知れませんわね」
そう前置きしてルクレツィアは言った。
「潜水艦をドックへ戻しなさい! 当局に対して協力的ならば、情状酌量の余地はあります!」
「止めろ! 俺はどうせ死刑だ。どこで死ぬのも同じだ!! 船を戻すんじゃねえ!!」
「し、しかし殿下……」
手下たちは動揺していた。アレクセイⅣ世は捕まれば死刑かもしれないが、協力していただけの手下は、そこまでの重い罪にはならないだろう。それになんと言っても、アレクセイⅣ世のここまでの態度が、手下の忠誠心に迷いを生じさせたのかも知れない。
こんな性格だ。もともと手下の前でも、自己中なところは見せていたのだろうけど、物事がうまく進んでいればともかく、一つ二つうまくいかなくなると、もともと無かったも同然の信頼など雲散霧消してしまう。
今がまさにそんな状態!!
「スクリュー逆転、ドックに戻ります!」
機関士の声が聞こえてきた。
「止めろ! このまま外洋に出てヤーベト原理主義国の領海へ逃げ込むんだ! 早くしろ!!」
アレクセイⅣ世はそう叫ぶが、機関士はそもそもこいつの手下ではない。潜水艦はスクリューを反転させ絡まっていた漁網を外し、結果的にドックへと戻った。
ルクレツィアに関節を極められたアレクセイⅣ世は手足をばたつかせて抵抗するのが精一杯。まぁ強引にふりほどく事も出来るだろうけど、そうなると頭を拳銃で吹き飛ばされる事になる。
どっちにせよこのままでは巡回処刑人ルクレツィアによって斬首刑に処されるのだけれども、一瞬でも長く生きていたいのは生物の本能みたいだ。
ドックへ戻った潜水艦を外から叩く音がした。まだ船は水面下にいるので、タラップからハンマーやモップで叩いているんだろう。
「浮上してハッチを開けなさい!」
ルクレツィアは命じた。
「止めろ! 司法警察が犯罪者の言い分を聞いてくれると思うか!?」
アレクセイⅣ世はそう叫ぶ。
ルクレツィアとアレクセイⅣ世の間で、手下たちは逡巡したけど、やがて一番年長らしき男が命じた。
「止めましょう、殿下。もう潮時だ。浮上して降参する」
「何をするんだ!! 俺がどうなっても良いのか!!」
アレクセイⅣ世が必死に叫ぶけど、落ち着いて聞くと笑っちゃう台詞だな。浮上を命じた男は、嘆息するとアレクセイⅣ世に向かって言った。
「帝国復興の為ならと思い、人の道に外れる犯罪もしてきましたが、もはや限界です。殿下。我々も疲れた。休ませて下さい」
「なにを言ってるんだ! このままだと俺は斬首されるんだぞ! それでもいいのか! ドロソス皇帝の血統が途絶えるんだ!! 本当にいいのか!!」
手下は悲しみに満ちた顔で言った。
「貴方が本当のアレクセイⅣ世ではない事はみな分かっています。気づいてないとお思いでしたか? みな勘づいてました。しかしドロソス帝国復興の為には嘘も必要。そう思ってきたのです……。お前はやり過ぎたんだ。アレックス……」
その時、ハッチが開き、リンダと花梨。続いて司法警察の警察官が乱入してきた。
「お嬢、無事か!?」
「ルクレツィア殿、マルチナ殿!」
「ええ、何とか。この男が自称アレクセイⅣ世です。確保をお願いいたします」
ルクレツィアの言葉に、リンダは後から入ってきた警察官へ目配せをした。警察官は肯き、すぐさま自称アレクセイⅣ世を縛り上げた。
「畜生、離せ! 離せ!! 俺はドロソス帝国の皇太子アレクセイⅣ世だ! ドロソスの皇帝になる男だ!! そこのお前、貴族にしてやる。俺を逃がせ! 俺が皇帝になったあかつきには、ソレイユもくれてやる!!」
しかし警察官が自称アレクセイⅣ世の言葉に耳を貸すはずもない。
やがてアレクセイⅣ世はルクレツィアに目を付けた。
「そこの女! 巡回処刑人の女! 皇妃にしてやる!! 皇帝の后だ!! どんな宝石も、どんな服も食べ物も、手に入る! 贅沢三昧だ! 俺と逃げよう! 悪くない話だろう!!」
いやもう必死すぎる。
そんなアレクセイⅣ世にルクレツィアは冷たい微笑みを送った。
「良い話なのでしょうね。人によっては……」
そしてマルチナを抱き寄せ、今度は対照的に慈しみにあふれた笑みを愛する女性に送りながら続けた。
「しかし、わたくしは愛する人と一緒に居られれば良いのです。例えそれが世界中の誰からも祝福されない愛であっても……」
「ルクレツィアさま……」
マルチナはそっとルクレツィアに身体を寄せた。
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