02-13 ルクレツィアお嬢さま。いちいち重いですわよ

「ヒルデガルド姉さまは、誰かを囮に使うのはどうかとおっしゃってます」


「囮?」


 異口同音にそう訊ねるリンダと花梨にルクレツィアは答えた。


「はい。『プリンスD』は、今までアドラー伯爵のリクエストに従い女性を拉致しているそうです。そして今回そのリクエストはまだ提出していない。特定の誰かを念頭に置いたリクエストを出し、その誰かが逃げ回っていれば時間が稼げるのではないかと……」


「ふむ。妙案だな。しかし部外者を危険にさらすわけにはいかない」


 花梨はそう言い、リンダと目配せする。


「私やリンダ殿では無理だろう。『プリンスD』が拉致したのは生徒だけ。講師や学校関係者は拉致していない」


 その言葉にルクレツィアは覚悟を決めたように言った。


「わたくし……、でしょうね」


 名指しこそしていないが、ヒルデガルドの手紙も、ルクレツィアを念頭に囮を提案しているのは分かった。


 まぁ、良い。そこそこ剣の心得もある。自分の身を守るくらいは出来る。辱めを受けそうになったら自決するだけだ。ルクレツィアはそう考えていた。


「そうだな、ルクレツィア殿の特徴をアドラー伯爵に挙げてもらい、そんなタイプの女性を拉致してくれと『プリンスD』に……」


 花梨がそこまで言った時、リンダが声を上げた。


「あ、駄目だ駄目だ! お嬢じゃ駄目だぞ」


 マルチナもその事実に気づいていた。


「そうです。ルクレツィアさまの特徴だけだと……」


 マルチナに肯きリンダが言った。


「あぁ、平民クラスに居る……。ええと、ダイアン・ドゥニ! その生徒がお嬢にちょっと似ているんだ。黒髪、長身、スレンダーでシュッとして端正な雰囲気となるとお嬢と特徴がかぶる」


 マルチナと一緒にいた女生徒の事だ。確かに見た目はちょっと似ている。特徴だけ列挙すると、ルクレツィアと余り区別が付かない。


「なんとそんな生徒が居るのか」


「ええ、わたくしも見た事がありますわ」


 ルクレツィアもそう言うと花梨は考え込んだ。


「写真を渡して……、いや露骨すぎて怪しまれるか」


「貴族の娘と指定させちゃはどうだ? それなら貴族クラスのお嬢だけを狙うはずだ。貴族の中には貴族の女しか抱かない奴もいると聞いているぜ」


「それも手ではあるが、確実ではない。ダイアン殿を拉致してから、しらを切り通しても良い。所詮はゲスな犯罪組織だ。顧客への信頼など考えていないだろう」


「まっ、そりゃそうだ」


 リンダは腕組みして考え込む。その時だ。少し神妙な顔をしていたマルチナがやにわに口を開いた。


「あの、私ではどうでしょう?」


 その言葉にルクレツィアたちは顔を見合わせた。


「私がルクレツィアさまの代わりに囮になります。幸い、学園内に私と容姿が似ている生徒は居ません。誰を間違える心配はないです」


 リンダと花梨は、なるほどと言った顔だが、すぐには答えを出さない。二人してルクレツィアへ視線を送るだけだ。


 マルチナを危険な目に遭わせる事になるが良いか? 二人の視線はそう問いかけていた。


「わ、わたくしは……」


 言いかけてルクレツィアは言葉を飲み込む。いや、言葉が出なかった。自分の中でも結論は出ていない。


 確かに無関係の部外者を巻き込む心配はない。しかしマルチナを囮にするという事は、どうしてももしもの場合を考えざるを得ない。


 殺されるかも知れない。あるいはそのまま拉致されて二度と会えないかも知れない……。


 そう考えるとルクレツィアは決断できなかった。


「分かった。この作戦は無しにしよう。別の手を考えよう」


 迷っているルクレツィアを察してか、リンダはそう言ってこの話題を切り上げようとした。しかし当のマルチナが食ってかかった。


「どうしてなんですか!? もう時間が無いのでしょう? もたもたしていると『プリンスD』に逃げられてしまいます。わ、私は……。私は皆さんや、ルクレツィアさまが守ってくれる。何かあっても助けに来てくれると信じているのです!!」


 リンダと花梨は顔を見合わせ何か言おうとしたが、その前にルクレツィアが口を開いた。


「分かりました。マルチナがそこまで言うのなら、そうしましょう」


「ルクレツィアさま!」


 マルチナはルクレツィアから信頼されていると分かり、パッと顔を輝かせた。


「マルチナを囮にしましょう。アドラー伯爵から、マルチナの特徴を『プリンスD』にリクエストさせて、その間、逃げ回り時間を稼ぐ。それでよろしいでしょう」


 そうだ。何を迷っていたんでしょう。わたくしは。


 マルチナが拉致されれば、何があっても救いに行けば良い。例えどんな辱めを受けても、マルチナはマルチナだ。自分の愛が消えるはずもない。


 そしてマルチナが殺される事があれば……。もとより思い残す事は無い。後を追うだけだ。


 ルクレツィアはそう確信して、マルチナに慈愛に満ちた視線を向けた。


「よし、細かい詰めはお嬢とヒルデガルドさまに任せよう」


「うむ。私もマルチナ殿から出来るだけ目を離さぬようにしておこう」


 リンダと花梨は肯きあった。

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