CASE:2 ペンフィールド学園の場合

02-01 開幕、取りあえず男は死ぬ

 こういう力仕事はリンダの役目だ。ドンとばかりにドアを蹴破った。


「はいは~~い、巡回処刑人と美人で巨乳の審問官と愉快な仲間たちのご来訪で~~す」


 リンダのそんな軽口と共に、あたしたちは今回のターゲットが潜伏している部屋に躍り込んだ。


 部屋の中には酒瓶がごろごろ。そして部屋の中央にベッドが一つ。毛布の下から寝ぼけ眼の中年男が顔を出してきた。


 間違いない。その男が今回のターゲット、ボリス・ベローフだ。


「失礼いたします。巡回処刑人のルクレツィア・モーントシャインでございます。遅れている貴殿の斬首刑を執行させていただきます。少々お時間よろしいでしょうか?」


 我らが処刑令嬢ルクレツィアは一礼して馬鹿丁寧にボリスに挨拶した。


「巡回処刑人! くそ、ついに来たか!」


 ボリスは枕の下から拳銃を取り出そうとしたが、その前にあたしたちの横を人影が抜けていった。


 花梨が峰打ちで拳銃を向けようとしたボリスの手を叩いたのだ。峰打ちといっても真剣だ。鉄製の頑丈な金属板で力一杯叩かれれば、骨が折れてもおかしくない。


「ぎゃああ!」


 ボリスは拳銃を落として悲鳴を上げた。


「このまま首を刎ねても良いのだがそれはルクレツィア殿の仕事だからな。ご令嬢にもノルマがある」


 花梨が言うようにルクレツィアにはがある。ルクレツィアは恋人のマルチナと共に、同性愛の罪で宗教裁判から死刑判決を受けてしまった。それを逃れる為ルクレツィアは逃走している死刑囚を処する巡回処刑人になったのだ。


 死刑を国外追放刑にまで減刑してもらうには、おおよそ十人の死刑囚の首を刎ねなければならない。その十人だって法的な根拠があるわけでもなく口約束。


 それでもルクレツィアは恋人とのマルチナとの愛を貫く為に、敢えてこの道を選んだのである!!


 愛の処刑令嬢!!


 素敵ですわ、ルクレツィアさま!! ちなみにあたしは、どういう因果か分からないけど、精神だけルクレツィアに憑依してしまった百合オタ女子高生のいずみ瑠夏るかだ。


 今のところルクレツィアはもちろん他の仲間にも認識されてないし、何の役にも立ってないけど、元も世界でもそうだったので、大して気にしてない(笑)。


 手首を押さえて呻くボリスの横で、なにやらもぞもぞと動くものがあった。どうやらベッドの上には、もう一人誰か居るようだ。


「ああぁ……」


 下着姿の女性がベッドからよろよろと立ち上がり、あたしたちの方へ向かってきた。


「助けて……、助けてください。シスター……」


 シスター服姿のマルチナを見て助けを求めてきたみたいだ。


 見るからに弱っているうえ、身体中に殴られたような痣や傷跡が数多く見える。


「どうされたんですか?」


 マルチナが思わず駆け寄った。女性は力つきたようにマルチナの腕の中に倒れ込んだ。


「酷い怪我……。殴られたんですか?」


「あの男に、無理矢理……」


 号泣する気力、体力も残っていないようだ。女性はただ啜り泣くだけ。


「ちっ! しくじった。『プリンスD』からは使ら、すぐに始末しろと言われていたんだが……」


 ボリスのその言葉にマルチナは激高した。


「あ、あなた……! 女性をなんだと思ってるですか!!」


「ふん、玩具さ。殴って楽しい、はめて気持ちいい玩具だよ!!」


 ボリスは開き直ってそう言った。


「相手にするなマルチナ。こいつは強姦と強姦殺人で死刑判決を受けてる人間のクズだ。いや人間呼ばわりするのも汚らわしい、ただのクズだ」


 そう言うリンダは、助けを求めてきた女性に何か見覚えがあるようだ。歩み寄って声をかけた。


「あんた、ワグテイル子爵の娘ブレンダだろう? 捜索願が出ている」


「そ、そうです。ブレンダです。私、私……」


 後は泣くばかりで声にならない。リンダは一つ肯くとルクレツィアに向かって言った。


「悪い、お嬢。執行はちょっと待ってくれ。この件は司法警察から調査を委任されているんだ」


「そ、そんな……」


 ルクレツィアはさすがにちょっと不満顔だ。ルクレツィアとマルチナへの死刑判決は巡回処刑人をやっている間だけ保留にされているだけだ。


 明日にも撤回される可能性はある。


 まぁいきなり明日はないかもだけど、それが来週、来月となるにつれてあやふやだ。そうなるとルクレツィアとしても、達成できるノルマは速く達成しておきたいのが本音だ。


「さて、ボリス・ベローフ。ちょっと聞きたい事があるんだがな……」


 リンダはボリスに自分の拳銃を向けて言った。


「ふん、俺に尋問したいんなら司法警察の捜査官を呼んできな。それに拳銃突きつけての尋問は、法的に無効だぜ」


「生憎とこちらは信仰さえあれば黒いものでも白くなる宗教警察だ。司法警察がその宗教警察に委任したんだから、自分が人間扱いされてない事くらい理解しろ。クズ!!」


 リンダの言う通り宗教警察、宗教裁判の裁定基準はかなりいい加減だ。そもそもルクレツィアとマルチナの関係だって、世間を騒がせたという理由だけで極刑となってしまったくらいだ。


「まぁ証言するって言うなら、多少は勉強してやらねえ事もねえ。ほれ、減刑嘆願書だ。証言するなら私が減刑嘆願書を出してやる」


 リンダはそう言うとポケットから折りたたんだ書類を出してボリスに見せた。


「本当に減刑を嘆願してくれるのか?」


「あぁ、本当だ」


 にやりとリンダは笑った。……うん、これは嘘をついてる顔だぜぇ!!


 しかし死にたくない一心からか、ボリスはリンダの見え透いた嘘に吊られて、その場で洗いざらい証言してしまった。


 ブレンダは『プリンスD』という人身売買組織から買った。その組織が調達してくる女性は、みな若く育ちが良く従順で、裏の世界では評判らしい。そしてすぐに始末するよう、即効性の毒薬も渡されている……。


「まったく、反吐が出る話だな。これが毒薬か。名札の作りからすると、またボー医師が調合したもののようだ」


 花梨はサイドテーブルの上にあった如何にも怪しげな薬瓶をつまみ上げた。ボー医師というのはジョバンニ・コーザーの一件にも関わっていたキネカ人の闇医師、薬剤師だ。


 さらさらとメモを取っていたリンダは、納得したように一つ肯くと、ルクレツィアへ振り返って言った。


「終わったぜ、お嬢。さっさと首を刎ねてくれ」


 それを聞いたボリスはさすがに青ざめた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 減刑嘆願の話はどうなったんだ!!」


「減刑嘆願はするさ。嘘はついてない」


 リンダはぬけぬけと言った。


「自分の判決書をちゃんと読んだのか? ボリス・ベローフ、司法裁判で強姦、強姦殺人、密輸、贈賄の罪で死刑判決。宗教裁判で姦通、聖職者侮辱の罪で斬首後、十日間のさらし首。良かったな、十日間さらし首はなしにして貰えるかもな」


「な、なんだって……!? 騙したな、審問官!!」


「騙しちゃいねえよ。最初に審問官と名乗っただろう? 宗教警察の審問官に出来る事と言えば一日も早く墓に入れるようにしてやるだけだ。良かったな、クズ。処刑されればクズでも死者、人間扱いだ」


「パトリック、準備を」


 わなわなと震えているボリスを尻目に、ルクレツィアは部屋の外で待機していた執事と処刑人助手たちに声をかけた。


 老執事と屈強な処刑人助手たちが部屋に入り、ボリスを縛り上げた。マルチナはパトリックにブレンダを任せる。


 ……死ねばクズでも死者。人間扱い。


 ルクレツィアはリンダの言葉を胸中で反芻していた。


 ならば今、わたくしが死んだらどう呼ばれるのでしょう。自分の命惜しさに罪人の首を刎ねたエゴイスト? 何も知らぬ少女に道を誤らせてしまった淫女?


 あぁ、悩まないでください。ルクレツィアお嬢様! 貴女の本音はこの百合オタが理解しております! それに貴女、初めての時は受けねこだったじゃないですか!!


 それに今、ルクレツィアが死んだら、憑依してるあたしもどうなるか分かったものじゃないし!!   


 エゴイストでも淫女でもいい。今はマルチナを助ける事だけを考えよう。そのためならわたくしは、何十人、何百人でも罪人の首を落とす……。


 ルクレツィアはそう志を新たにして、パトリックが準備した臨時の処刑場へ向かった。

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