第23話 実習開始
翌日、朝食を済ませた一同は宿屋の前で出発の準備を終える。
これから実習が始まる。ユリリカがメンバーを見回して号令をかけた。
「立ち回りは昨日話した通り。昼前には一度ここで合流して経過を報告しましょう。それじゃ――実習開始よ」
A班とB班は別れ、それぞれ持ち場にまで直行する。
シロウはユリリカとソーニャに付いていきながら、町の風景を眺めた。リーウェン辺境区の中心域に栄える町は、そこそこの賑わいを見せている。交易が盛んなのか、商人の姿も多い。
「この町はヴァレンシュタイン辺境伯が治めているんだったな」
「ええ。あそこにある大きな館がヴァレンシュタイン辺境伯の住居よ」
ユリリカが指差す方向には、周囲の建物より際立って大きな洋館がそびえている。リーウェン辺境区を統括するヴァレンシュタイン辺境伯は、あの館に日夜引きこもっており滅多に領民と顔を合わせないらしい。
「あの館と辺境伯も気になるが……まずは実習だな」
「要請を出した自警団の宿舎は、あっちよ。行きましょう」
「りょーかーい」
気の抜ける返事をしたソーニャをつれて、A班は自警団の宿舎に辿り着いた。
宿舎の前では訓練中の自警団員たちの姿が見られる。
一人の青年がこちらに気づいて歩み寄ってくる。
「その制服……キミたちがアルセイユ騎士学院の生徒だね?」
「そうです。そちらの要請を受けて参上しました」
ユリリカが腕を上げ、制服の肩口に縫い付けられている腕章を見せる。青年は頷くと、任務の詳細を語った。
「一つ目の依頼は、近隣の森付近に現れる魔獣の討伐だ。確認されているのは危険度レベルの低い魔獣ばかりだが、一応気をつけてくれ」
「分かりました。二つ目は?」
「町中で喧嘩を繰り返す二人の荒くれ者を拘束してほしい。俺たちが何度注意しても喧嘩を止めず住民が迷惑しているんだ。警察と同等の権力を持つキミたちが懲らしめてやれば、少しは反省するだろう」
アルセイユ騎士学院の生徒たちには実習中にのみ警察と同等の権力が与えられている。遠征先で犯罪者に遭遇したら拘束し、警察や自警団に引き渡すのも騎士の卵であるシロウたちの役目だった。
青年から話を聞いたA班は、まず荒くれ者たちを対処することにした。住民に話しかけて情報を得た結果、荒くれ者たちは頻繁に酒場の前で言い争っているみたいだ。
酒場に向かうと、昼間から酒に酔って顔を赤くする二人の中年男性が怒声を放っている。この二人が例の荒くれ者たちに違いない。
人相が悪い男たちは口汚く罵り合うと、ナイフを引き抜いた。
周囲の住民たちが悲鳴を上げる。シロウは男たちが斬り合う前に間に入った。
「こんな往来で刃物を出し合うなんて、何を考えているんだ」
「ああッ!? うるせぇぞ学生風情がよォ!」
「俺たちの邪魔するなら、てめぇから斬り刻んでやるぜ!」
顔を赤くして怒った男たちが飛びかかってきたので、シロウは冷静に対処した。鞘を握って振り抜き、瞬く間に男たちを殴り飛ばす。このくらいの荒くれ者たちが相手なら刀を抜く必要性すら感じなかった。
「ぐはっ!? つ、つえぇ!」
「なんだこの野郎……って、その腕章、まさかアルセイユのボンボンたちか!?」
男の一人はアルセイユ騎士学院の存在を知っているようだ。
これ以上の騒ぎを起こしたら拘束すると警告をしたが、男たちは激情を抑え切れないらしく、ナイフを構えて突撃してくる。
「仕方ないな。ユリリカとソーニャは片方を頼む」
「任されたわ」
「ふぁーい」
シロウは片方の男のこめかみに鞘を打ち付けてダウンさせる。
ユリリカとソーニャもまた住民に被害が出ないように迅速な対処を行った。二人の男は地面に倒れて沈黙する。
男たちを拘束し、駆け付けた自警団員に引き渡した。
これで一つ目の依頼は完了だ。
「次は森付近の魔獣討伐だな」
「どんな魔獣が現れるのか聞き込みを行いましょう」
「お腹すいてきた……」
きちんと朝食を取ったにもかかわらず、ソーニャはもう空腹を訴えていた。シロウは何か買い与えてやろうかと思ったが、ユリリカにソーニャを甘やかすなと忠告される。
「手持ちに携帯食料があるから、それで我慢しなさい」
「これ、まずい……」
ソーニャはお世辞にも味が良いとは言えない軍用携帯食に不服だった。ユリリカは笑顔で携帯食の包みを開け、見るからにパサパサしていそうなクッキーをソーニャの口に捩じ込んで黙らせた。
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