第67話 Pure even if stained with blood

ぱちッ


「あれ?ここ、どこ?アタシ、なんで?いったい、どうして?」


 少女は目を覚ました。あれ程絶望的な状況であったにも拘わらず生命の燈火ともしびは消える事無く再び目を覚ます事に成功したのである。



「アタシ、完全に死んだと思ったのに。お祖母様ばあさまの加護は条件が違うから発動しないハズだし。どうやって助かったのか、見当もつかないわ」


ぱさっ


「エッ?!」


がばっ


 身体に付けられたハズの傷はなく痛みは微塵も感じない。だが目を覚まし上体を起こした事で少女は気付いたのだった。何も事に。

 それは即ち全裸マッパである。よってその肢体から剥がれ落ちた毛布は、急いで手繰り寄せられるのだった。



「えっ?えっ?えっ?アタシの装備は?服は?その前に下着は?えっ?えっ?えっ?」

「なんで、なんで、なんで?なんでアタシ、素っ裸なのおぉぉぉぉぉぉぉぉッ。イヤあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」


 少女はパニクっていた。意識を失った状態で尚且つ、自分の折れた手で全てを脱ぎ去るとは思えないので、誰かが脱がしてくれたのは明白だ。要するに、そこが大問題なのだ。

 少なくとも誰かの手で脱がされた事に変わりはない。そして、脱がした者は少女の産まれたばかりの姿を見た事になる。

 それが同性ならまだしも、異性であれば目も当てられない。ゼウスのような男に助けられたのだとしたら、それこそ貞操を奪われた後と言われてもおかしくはないだろう。そればっかりは絶対に許せないし、そんな妄想が頭の中を駆け巡っていた。

 だからもう、折れていたハズの骨がどうなったのかなんて、気が回せる余裕もなかった。



 少女は床の上に寝かせられていた。むしろが敷かれた床の上に仰向けに寝かせられていたのだ。そして一糸纏いっしまとわぬ少女の肢体したいの上には、毛布が一枚掛けられていただけだった。見渡せるところに少女の装備もインナーも下着すらもない。

 少女は仕方なく毛布を身体に巻き付けると立ち上がり、寝かせられていた部屋の状況を確認していく事にした。

 この部屋には窓が無く、従って外の様子は一切確認出来ない。部屋の中に蠟燭ろうそくが1本立っているだけで、揺らめく炎が申し訳無さげ程度の灯りしか齎していない。


 周囲を見回すと扉が1枚あり、そこからなら外に出られそうな事は容易に理解出来た。しかしそれ以外の物は一切なく、デバイスも身に付けられていない事から取り敢えず武器になりそうな物を物色する事にした。が、あるのは床に敷かれた筵だけで木の棒すら見当たらない。結局武器になりそうなモノは何1つとして見付けられなかったのである。



「何でこんな事に……」

「アタシ、これからどうすれば……」


 少女は自分の身に何が起きたのか不安で不安で仕方が無かった。一方で、繋がった生命があれば「どうにかなる、どうにでもなる」と、今だけはポジティヴに考える事にして部屋の扉のノブに手を掛け、ゆっくりと回していくのだった。


 音を立てないようにゆっくりと回し、扉を少しだけ開けて外の様子を覗き込んだ。そして、目の前にいた大男とのである。



「!!!?ッ」

「@#$*%&☆¥※〒ッ?!」


 少女は大男と目が合った瞬間、体内のオドを循環させて魔術を放とうとするが、気が動転しているのか必死に口を動かしても何故か上手く紡ぐ事が出来なかった。

 そして、そうこうしてる内に大男に手を掴まれてしまったのだ。



「離せッ!離しなさいよッ!アタシをどうするつもりッ」


「おめぇ、落ち着けよッ!暴れんなって!それに、どうもしねぇよ」


「えっ?スサノ……オ?」


 少女は薄暗い部屋の中で自身の手首を掴んでいる大男の顔をまじまじと見詰め、それが誰なのかやっと理解出来た。しかし暴れた事が災難を呼んだのもまた事実だった。

 少女の身体に巻き付けられていた毛布は、暴れた事が災いして「はらり」と音を立て剥がれ落ちてしまったのだった。



「「あッ」」

「いっい……い、いやぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「何事ですかッ!敵襲ですかッ?」


「「「あッ」」」

「みっみっ、見ないでぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇッ」


 少女が上げた悲鳴によって、部屋の中に入って来たのはヘルモーズであり、そこで見たものは裸の少女の手首を掴んでいるスサノオの姿だ。

 この時ヘルモーズが何を想像したかは言うまでもないだろうが、スサノオだけでなくヘルモーズにまで裸を見られた少女と、言い逃れが出来ない状態のスサノオと、見てはいけないモノを見てしまったヘルモーズの声はキレイにハモっていた。

 こうして再び、少女の阿鼻叫喚あびきょうかんの叫び声が響き渡ったのだった。




「ふえぇ、ひっくひっく。キズモノにされた……もう、お嫁にいけない。ぐずッ。ぐずッ」

「ひっくひっく、まだ誰にも見せた事ない、清らかなカラダだったのに」


 部屋の中で毛布を巻き付け直し、しくしくと泣いている少女が1人。ヘルモーズはなんとか少女をなだめようとしているが、掛ける言葉が見付からずオロオロとするばかり。

 スサノオは腕組みをして部屋の中でり返っていた。



「ま、そんだけ元気ならもう大丈夫そうだな?」


「キッ」


オロオロオロオロ


「で、今は話しを出来る状態か?」


「え、えぇ、いいわよ。ぐずっぐずっ」


「強がってる方が、おめぇらしいぞ?ま、泣き止むまでは待ってやっから、早く泣き終われ」


「まったく、相変わらずデリカシーないわね、はぁ。もうさ、泣いてる可愛い女の子にハンカチ渡すとか出来ないワケ?」


「まぁ、それを誰彼構わずやれる男じゃねぇなオレサマは。それで泣きやんだな?」


「えぇ、そうね。。それでここは、どこなのかしら?」


 間髪入れずやり取りされる応酬に、ヘルモーズはただただオロオロしながら様子を見ていただけだった。



「そりゃあ、ここがどこかと聞かれれば、ここは「ウトガルザ」だとしか言えねぇな。敵の大将の本拠地に未だ潜伏中ってヤツだ」


「ねぇ、アタシはどうやって助けられたの?何で生きてるの?」


「おめぇを守ったのはオレサマでもヘルモーズでもねぇ。でっけぇ翼の生えた蛇だったぜ?」


「何それ……あっ!ピュトンが助けてくれたんだ。ヘラ叔母様、本当にありがとうございます」


「まぁ、そのピュトンだかオフトンだか言うのが、おめぇを守るだけ守って大立ち回りしてくれたから、おめぇは助かったんだ」


「えっ?それじゃあピュトンは……。ところで、何でここにスサノオがいるの?」


「そりゃあ、面白そうだったから、追っ掛けて来たに決まってんだろ?」


 スサノオが話してくれた内容で少女は色々と悟った。しかし最後のセリフは少女に笑みを取り戻させ思わず「クスッ」と微笑わらってしまったのだった。



「もうお姉アマテラスさんに怒られるよ?」

「でも、その、ありがと」


「ん?なんか言ったか?」




 少女はカーリとロギの執拗しつような攻撃に因って意識を失い、その事を察知したヘラは少女を助ける為に、渡していた護衛ギフトであるピュトンを呼び出したのだ。

 ヘラに拠って呼び出されたピュトンは大いに暴れた。


 カーリを噛み潰しロギを叩き潰した。更には城壁に大穴をこじ開けた後で、敵を探しに城の中に飛び込んだのだ。しかし、飛び込んだ先でミスティルテインに因って八つ裂きにされたのである。



 ピュトンが暴れて大穴をこじ開けた時に、その穴から中に侵入はいろうとしていたスサノオとヘルモーズはそこでばったりと偶然にも出会った。

 2人は付近の壁際に倒れていた少女を見付けると、互いに協力して近くの空き家を占拠し、そこで少女をかくまう事にしたのだった。



「ねぇ、な、何でアタシは裸なの?」


「それは、おめぇを治療する為だ。死に掛けてたからな、おめぇは」


「あ、えっと、改めてありがと」


「ねぇところで、アタシの装備はどこにあるの?」


「隣の部屋に置いてある。持ってきてやるよ」


 スサノオはそう言うと部屋を出ていき少しの時間が経った後に、少女の装備一式を持って来て少女の前に置いていった。置かれた物達を少女はまじまじと手に取り見詰め、状態を精査していったが全てを見終えた後でやはりどうしても合点がいかないところがあった。



「あれ?アタシのインナーと……その、し、下着は?」


「あぁ、邪魔だったから破いた」


「えっ?」


 少女にはにわかには信じられない言葉が返ってきたのだ。流石にずっとスッポンポンのままでいたくはないが、その2つがないとスッポンポンの上に装備を装着する事になる。

 そんなのは拷問であり「恥ずか死」するのが目に見えており、そんな事ならいっその事、殺してくれとさえ考えてしまう。



「ひ、非才が説明致します」


「あぁ、任せたヘルモーズ。説明とすんのとか、一番かったりぃわ」


「キッ」


 ヘルモーズは言葉足らずなスサノオに拠って状況が悪くなる事を案じた。拠って間に挟まれた中間管理職のように板挟みになった結果、2人の遣り取りを見ていられなくなっていた。

 こうして心痛でヘルモーズは横から口を挟んでいく事にしたのである。



「貴女の怪我は深く身体から流れ出た血は多かったのです。お召し物は血で染まり、それらは貴女のお身体に貼り付いていたのです。そこで、スサノオ殿は貴女の衣服を破り、慎重に剝がして貴女の治療を行い、治療を終えた後で綺麗にお身体を拭いたのです」


「えっ?えっ?そ、そそそ、それって」


 ヘルモーズはさらっと凄い事を言った。少女はその「凄い事」を聞き逃さず、顔を耳まで真っ赤にしてドモりながら「そ、そう。あ、ありがと///」と言っていた。



「へ、変な事は、し、してないわよね?」


「たりめーだ。前にも言ったが、貧相なカラダに興味はねぇ」


「キッ」


オロオロオロオロ


「好きで貧相なカラダになったワケじゃないもんッ。アタシだって、アタシだって、ふえぇ。ひっくひっく」


「ったく、やってらんねーな。ヘルモーズ、後は任せたぜ」


 スサノオは部屋を出て行った。どこに行くとも告げずに部屋を出ていったが、その表情はバツが悪そうな顔をしていた。

 だがしかし、薄暗い部屋の中でその事に気付いた者は誰もいないだろう。



「スサノオ殿と言うお方の事を非才は余り知りませんが、中々に武骨ぶこつ御仁ごじん。決して悪気が有るとは思いませぬ」


「そんなこと……」


「それに、倒れて今にも死に掛けてた貴女を見た時、大層取り乱されておりましたぞ。それからは必死に貴女の生命を繋ぎ留める為に尽力じんりょくされておりました」


「そんなこと、分かっているわよッ。悪いヤツじゃないってコトくらいッ!でも、デリカシーが無さ過ぎると思わない?そこんところはどうなのよ?」


「武骨な方はどこの世界でも同じような生き様なのですな。女性に対して決して素直になれず、女性の涙を見ていられない。生き方まで不器用で無くても良いと非才は思いますがね」


「何よその、時代錯誤な考え方……もう、それじゃアタシが悪いみたいじゃない」


「取り敢えず、スサノオ殿が貴女が目覚めるまでに……と、探し回った衣服を持ってきます」


「えっ?」


 少女はデリカシーがないと感じていたスサノオの実直さに驚き、思わず驚きの声を漏らしていた。

 だがその声はヘルモーズに届いてはおらず、ただの独り言になってしまっていた様子だった。




「あのさ、下着って無い……の?///」

「探してきてもらったところ、凄んごぉぉぉぉぉく申し訳ないんだけど」


 少女はヘルモーズが持って来てくれた衣服に袖を通した。それは麻布で作られた簡易的なチュニックとズボンだった。

 流石に再び全裸を見られる気はさらさらなく「部屋から出ていって」と言おうとした矢先に、ヘルモーズは部屋の外に自発的に出てくれた。

 そこら辺の分別はあるようで安心した少女だった。


 しかし、何度見ても確認してもその中に下着はなく、チュニックに袖を通した後で仕方無く着替えを止めて、改めてヘルモーズに聞く事にしたのだった。

 部屋の扉を少しだけ開けて顔を赤くし、モジモジしながらも少女は紡いだが、ヘルモーズは首を横に振って応えるのみだった。

 少女はがっかりした表情になり再び扉を閉め、着た服を脱いでいく。



「ちょっとスースーして落ち着かないけど、仕方無いか。それに丈が合ってないから詰めないとだけど、ソーイングセットなんて持ってたかしら?」

「そうだ!デバイスの中に使えそうなモノがあったハズ」


 小柄な少女にとって、その衣服は大き過ぎた。チュニックは肩幅が合ってないから着ても勝手に肌蹴はだけて胸元が顕わになるし、ズボンは腰の線で止まらず勝手にずり落ちようとする。

 それだけじゃなく、ズボンの裾上げをしないと足に絡んで転びそうになる始末だ。

 そこで自分でたけを詰め、サイズを小振りにして着れるように整える必要があった。そこは裁縫スキル云々の前に急場を凌げれば良く、少なくとも下手に肌蹴る事がなく、脱げなければ取り敢えずは良いと考える事にした。



 そんなこんなで一応着られる状態には出来たが下着はなく、色々と擦れてヒリヒリしたりスースーしたりで着心地は決して良いとは言えなかった。

 だが、「」と言う拷問とも言い換えられる「恥ずか死」を回避出来ただけでも「善し」としようと、心の中で盛大に呟く事で恥ずかしさから逃げようとしていたのは事実だった。

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