第13話 天野さんと僕とギルド

 船に揺られること数十分、ギルドと思わしき建物のすぐそばに着いた。


 「よぉし、着いたぞ。ではとっとと登録するぞ。」


 門兵さんはそう言って建物の中に、僕と天野さんを連れて入った。


 ギルドに入ってすぐに目についたのは、ガタイの良い大男2人が互いに睨み合い、いかにも一触即発な光景だった。


 「この依頼は俺たちが受ける。」


 「いーや、先に見つけた俺たちだ。」


 「何を! 先に受付に出そうとしたのは俺たちだだろうが!」


 そんな状況を周囲の人達は止める様子もなく、むしろ盛り立てたり、勝敗予想の賭け事を始める人達がいたりと楽しんでいる様子であった。


 そして遂に周囲に乗せられた片方の大男が拳を構え、それを見たもう一人の大男も構える。


 「てめぇ、乗ったってことは、やんのか?」


 「やってやろうじゃねぇか、この野郎!」


 思わず僕の左右にいる二人を見る。


 天野さんは眉をヒクつかせて苦笑い状態であり、門兵さんは額に手を当てて、うつむいていた。


 さらに、ギルドの奥の方を見ると、カウンターの方で受付嬢と思われる、薄緑色の髪をミディアムボブくらいにしている小柄な女性があたふたしているのが見えた。


 とりあえず登録作業をしてもらうために壁沿いに移動し、受付嬢に話しかける。


 「すみません。登録をおこないたいのですが?」


 「え? あっ、あ、登録ですか? すみません。現在ギルド長がいなくて、この場を私がみなないといけないんですけど... 私にあれを止めることができず、ご覧のあり様で... これが収まるまで待ってもらえたりしますか?」


 受付嬢さんは申し訳なさそうに言い、頭を下げた。


 その時に彼女の綺麗な髪の隙間から、ちらっと長く先が尖った耳が見えた。


 エルフだ。


 天野さんに存在を聞いて、いつか会ってみたいと思っていたが、こんなに早いとは正直驚きだった。


 「ねぇ、あれを収拾させたらすぐに登録してくれるのかしら?」

 

 「え、えぇ。それは可能ですけど… 大丈夫なのですか?」


 「あ、天野さん!? 待とうよ!」


 「心配は不要よ。」


驚き、引き留める僕を気にも留めずに大男2人のところにスタスタ歩いていく天野さん。


 「ちょっと、あなた達のせいで登録ができないじゃない! 急いでいるから一旦やめて、後にしてもらえないかしら?」


 「なんだ、嬢ちゃん? 嬢ちゃんには関係ないだろ?」


 「それとも相手をして欲しいのか? 連れよりも満足させてやるぞ。」


 そう言って、いやらしい視線を向ける大男が天野さんに手を伸ばす。


 その次の瞬間、辺りが静まり返った。


 天野さんが、その手を掴んでそのまま投げ飛ばしたからだ。


 「静かになったわね。なら、そのままでいて頂戴。」


 天野さんは、そう言って僕たちの下に戻ってきた。


 最近、天野さんとずっと一緒にいたせいで忘れかけていたが思い返せば、天野さんは天からの使徒、つまり天使である。


 そんな彼女が人間という存在に負けるはずはなく、『心配は不要よ。』の言葉はごく当たり前であった。


 「松下くん、それじゃあ登録してもらうわよ。」


 戻ってきて笑顔で言う天野さんは、どこかスッキリした感じがしていた。


 「う、うん。それじゃあお願いしていいですか?」


 大男を投げ飛ばして解決するという、ちょっと衝撃的な事で僕の心は動揺していた。


 「は、は、はい! で、では登録するギルドの水晶に触れてください。 そ、そして、そのまま暫く待って貰えれば登録は終わり、タグが作られますので、そちらを携帯して下さい。」


 受付嬢さんも、いきなり美女が大男を投げ飛ばしたという事に驚いていたようだったが、彼女はプロで、しっかり対応してくれた。


 差し出された水晶に目をやると、そこには、『冒険者』『商人』『職人』『農家』とそれぞれ書かれていた。


 僕は、『商人』にも『職人』にも『農家』になる予定はなかったので、『冒険者』を選択した。


 天野さんも同じく『冒険者』を選択したようだ。


水晶に手を置こうとしたとき、天野さんからフルネームで登録しないように言われたので『ハルト』で登録する。


天野さんは『ナギサ』で登録するみたいだが、僕にそう呼ばれることをあんなに恥ずかしがっていたのに大丈夫だろうか…


 そうして、日本語で書かれていることを謎に思いながら暫くすると、水晶が光ったかと思うと水晶の前に『ハルト』と名前が書かれたタグが、置かれていた。


ちなみに、後に聞いたら、この世界で名字を持つのは貴族か、多大な税を納めるごく1部の富裕市民だそうで、フルネームで登録すると面倒なことになるらしい。


 「無事に登録できたようです。依頼はRANK別にあるあちらのボードから選んで、受付に提出して下さい。受注手続きを行います。受注時と報告時に、そのタグを提出下さい。それに記録されます。登録時は、全員RANK1からですが、達成率などの実績で昇級があり、受けられる依頼が増えます。万が一、タグを無くした場合は即座にギルドに申請して下さい。再登録に金銭はかかりませんが、RANKが1つ下がります。説明は以上ですが、他に用件はありますでしょうか?」


 「あ! 依頼に関してじゃないんですけど、近くに良い宿はありますか?」


 「そうですね、それならここから船なら3分、歩いて10分かからない所にある『水屋』がおススメです。安くて、部屋もいい感じですし、何より風呂があります!」


 「え! なんですって!? 風呂がある!? 松下くん、そこに今日は泊まるわよ! 絶対! 何があっても!」


 天野さんが急に食らいついてきたので、思わず僕は後ずさりしてしまった。


 転移してからの移動中は、水の魔法でシャワー的なことは出来たとはいえ、風呂は流石にできなかった。やはり女性にとって、風呂は不可欠なのだろうか。


 「受付嬢さん、そこの宿泊代はいくらなの?」


 「たしか一泊で1000Auゴルデです。RANK1の依頼を一回こなすと、1000Auゴルデ前後ですので1日に1,2回こなせば十分です。」


 「ありがとう、受付嬢さん。さぁ、さっそく依頼を受けるわよ!」


天野さんはボードの方に歩いていき、門兵さんは登録を見届けた時点で帰っている。


残った僕に受付嬢さんは言う。


 「これも仕事ですので。あと、私の名前はララノアです。覚えてくださいね。それとあなたの名前を聞いても? タグを見ればわかるんですけど、どうせなら今聞いておきたくて。」


 「僕の名前は..ハルト。彼女がナギサ。」


 「ハルトさんとナギサさんですね。覚えました!」


 ララノアさんならフルネームを教えても良いかと僅かに迷ったが、タグに登録したのと同じように、名前だけで答えることにした。


 「あら、まだ話してたの? まぁそ・れ・よ・り、ちょうどよさげな依頼があったからさっそくいいかしら?」


 「えぇ、勿論です。」


美女天野さん美少女(?)ララノアの2人が笑顔で話しているのを見ていると、なんだか幸せを実感しているような気がしてきた。


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