第18話 進化する辺境伯邸料理

「美味しいわ!」


 メリアはデザートに出されたショートケーキに舌鼓したつづみを打っていた。生クリームを使ったお菓子を披露した後、研鑽を重ねる料理長の料理はどんどんメリア好みに魔改造されていた。控える料理長は「恐縮です」と綺麗に礼を取った。


「これに少し酸味のある実を載せたり、柑橘系の果物を二段のスポンジケーキの間にクリームと一緒に挟むように添えたら甘みにアクセントが出て引き立つわよ!」


 そんなメリアの言葉を逐一メモに取る料理長。味の最先端である王都における貴族家の料理長として、こと料理に関して妥協する気は一切ない料理長と、完成形を知るメリアの舌による相乗効果で、王都の辺境伯邸のデザートは、日々、超進化を遂げていた。


 料理長は、甘みがあればくきでも根菜こんさいでも構わないと告げたメリアの言葉をもとに、辺境伯家の威光を惜しみなく使って方々を探させ、甜菜てんさいのような甘みを持つ根菜を発見した。錬金術により直接的に甘味を抽出して砂糖を精製したメリアは、一気に甘味の可能性が広がったことに気を良くし、協力的な料理長に色々なレシピを提供したのだ。

 これにより辺境伯家の食事は天然酵母を使った柔らかい白パンはもちろんのこと、カスタードクリームの入ったクリームパンやあんパンなど、バラエティに富んだパンが並ぶようになった。

 そして、クレープやミルクレープ、そしてスポンジケーキに生クリームやホイップクリームをふんだんに使ったショートケーキ、カスタードクリームをふんだんに使ったタルト、王都までの旅路で買い込んでいたチーズを使ったチーズケーキも作られるようになり、こと甘味に関してはかなりのところまで来ていた。


「こんなの貴族のパーティでも出ないぞ」


 警護として辺境伯についてパーティに出たことのあるブレイズは、一日ごとに飛躍的な進歩を遂げていくデザートに困惑の色を浮かべていた。魔剣に比べれば穏便なことこの上ないが、これはこれで何かが不味い気がする。

 そんなブレイズの危惧はある意味正しかった。王都の王族や高位貴族を差し置いて、こんなハイセンスな流行の最先端となり得る甘味を辺境貴族がバンバン作ったら、主にご婦人の間で不味かった。違和感として感じたのは、甘味を提供していたのが王都のご婦人から辺境のご婦人に対して行われていた過去の微かな記憶からだったが、騎士であるブレイズには具体的な示唆として形になることはなかった。


「いいじゃない!美味しいは正義よ!」

「まあ、そうだな」


 ここまで来たら、今度は酸味のある野菜を探してケチャップとかの調味料を作って、ピザやパスタみたいな料理を楽しみたいわね!ワインも使って肉も柔らかくしたいわ!そう漏らすセリフを逐一メモに取っていく料理長。

 洗練された飽食の記憶を持つメリアと、料理に対して貪欲な料理長とのコラボレーションは、錬金術による成分抽出とコンロやオーブンなどの調理魔道具や常温鋳型による錬金術で揃えられていく機材も含めて、果てしなくエスカレートしていくことになるのだった。


 ◇


 テッドさんのところに訪れ、手動ハンドミキサーを受け取った私は、今度はパスタ製造機マシンの図面を見せていた。


「これはなにをする物なんだ?」

「料理用の機材よ、平にした小麦粉の生地を棒状に切るの」


 今日のハンドミキサーを使うとこんな美味しいデザートを楽につくれるようになるのと同じように、美味しい小麦を使った料理ができる予定なのよ。そう言って箱に詰めてきたショートケーキなどのデザートの詰め合わせセットを渡した。


「これはテッドさんには甘すぎるかもしれないけど、奥さんや娘さんにはいいかも」

「わかった女房に渡しとく。こっちの図面は仕組みは簡単そうだから若いのに作らせておくぞ」


 ありがとうとお礼を言うと、私はギルド証で決済を済ませた。


「この間の精密部品の鋳型ができたから錬金術で頼むわ」

「わかったわ」


 私は渡されたインゴットから必要な成分を改めて成分抽出し一様化をかけ、用意された鋳型に順次流し込んでいく。熱も出ないし固まる時間も一瞬なので、テッドさんは流し込むそばから出来上がった鋳物を取り出していき、出来栄えを確認していく。


「嬢ちゃんの錬金術はやばいな、気泡や純度のムラが一切見られない」

「錬金術で一様化を掛けているから場所によるムラはできないわよ」


 ムラがないから歪みが出ないし、構造欠陥もできないので強度も最高なのよ。


「これでもっと大きい鋳造が作れたら完璧なんだがな」

「そこは、錬金術の限界ね」


 技術は伝承されて改善していくから、そのうち、後世の錬金術師が解決しているかも知れないし、テッドさんの弟子のそのまた弟子の人たちが別の方法で解決していてもおかしくないわ。そういう私にテッドさんも同意した。


「そうだな、技術は教わるだけじゃなく、自分の代で進歩させて伝えなきゃな!」

「そういうことよ!」


 まったく気が合うわ。これで地脈にアクセスできる素養があれば知識伝承して、一気にことを進められたかもしれないけど、それは贅沢というものね!

 私は気を取り直して、今後の調整についてテッドさんと細部を詰めていった。


 ◇


「あなた、何これ?」

「ん?客の嬢ちゃんが差し入れにくれたものだ」

「なんだか美味しそうな匂いがするー」


 女房と娘が興味津々な目で、嬢ちゃんが持ってきたお菓子を見つめていた。


「俺には甘いから、お前らで食べてくれとさ」

「そうなの?じゃあいただくわ」


 ぱくっ・・・そのまま女房と娘が固まった。


「ん?おい、どうした。ひょっとして不味いのか」


 と思ったら、凄い勢いで食べ始めた。


「うま、何これ、美味しすぎる!」

「はふはふはふはふ」


 女房は目を輝かせ、娘は言葉にならない言葉を発しながら黙々と食べていた。なんだ、そんなに美味しいなら俺もと手を伸ばしたら、物凄い勢いで箱を遠ざけられた。


「「ダメっ!これは私たちにって言ってたんでしょ!」」

「いや、まあそうだが・・・」


 目をギラつかせて言う女房と娘に、テッドは所在なさげに上げた手を下ろした。

 こりゃやばい、お手上げだ。どうやらこれも、メリアの嬢ちゃん出来栄えらしい。つまりぶっ飛んだ食い物なのだろう。


「こうなるとこの調理器具も早く作らせたほうがいいかもな」


 嬢ちゃんにもらった図面を見ながらそう独りごちた俺に、


「他の客なんか後にして、最優先で作らせて!絶対よ!」

「お願い!お父さん!」


 と、食いつくようにして言う女房と娘。わかったわかったと宥めると、再びデザートを頬張り出す女房と娘に、こっそりため息をつく。テッドは、あの嬢ちゃんが持ち込んでくるものは、例えお菓子でも、何一つとして普通の出来の物はないと認識を新たにしたのだった。


 ◇


 その日、ファーレンハイト辺境伯夫人マーガレットは、憂鬱な気分で王都の辺境伯邸に向かっていた。貴族家夫人の務めとはいえ、王都の貴族夫人とのお茶会は面倒なのだ。なにせ王都は流行の発信地だから、基本的に、「辺境にはないかもしれませんけど」と、延々と自慢を聞かされるだけだった。


「はぁ、早くファーレンハイトの領地に帰りたいわ」


 やがて辺境伯邸に着いた夫人は身支度を整え夕食のテーブルにつくと、料理長が前菜を運んできた。なんだか、酸味の効いた柑橘系のドレッシングが美味しいわ。次に運んできた旨味を抽出したというコンソメのスープというのも、透明なのにコクがある不思議な味。更に出てきた白身魚も表面がカリッとしていて中がジューシーで柑橘系の果汁がアクセントになっている・・・どうなっているの?王都の辺境伯邸の料理はこんな感じだったかしら?


「本日のメインの子牛のビーフシチュー、濃厚赤ワイン仕立てにございます」


 肉が解けるような柔らかさに濃厚なビーフの味が口に広がる。一緒に出されたパンも物凄く柔らかい。マナーが悪いけど、思わず全部食べてしまったわ。


「最後に、デザートの木苺のフルーツショートケーキでございます」


 見たことのないデザートが出てきた。真っ白なクリームの上にちょこんと乗せられた赤い木苺のコントラストが美しい。積層されたパン?のような柔らかいものの間にはフルーツが挟まれていた。小さく切り分けてそっと口に入れた瞬間に、天上に座す女神が食べるのが相応しい甘味に昇天しそうになった。そして気がついたら全部食べていた。


「ふ、ふふふ・・・」

「奥様?」


 気が触れたように下を向いて笑い出した辺境伯夫人に心配になったメイド長が声を掛けると、突然顔をガバッと上げたかと思うと声を張り上げた。


「勝ったわ!見てなさいよ、ダイアナ、メルシー、ヴィクトリア!明日のお茶会は目にもの、いえ!舌にもの見せてやるわァァァー!」


 到着した時の悄然とした夫人はどこに行ってしまったのか。急にエネルギッシュになった夫人は、料理長に明日のお茶会に持参していくデザートのスペシャリテの用意を命じたり、メイド長に明日のドレスのピックアップを命じたりと、矢継ぎばやに指示を飛ばしていく。

 その日は、夜遅くまで高笑いの声が辺境伯邸に響き渡ったという。これが王都の貴族女性を中心とした社交界に、旋風を巻き起こす前日だった。

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