第13話 レーススタート

 綾乃のコールで1走の選手達がスタートの姿勢を取る。

 スターティングブロックなしのオープンレーンで、まるで中距離のスタートのように肩がぶつかる距離で並ぶ。

 緩やかに曲がったスタートラインが引かれ、外側になるほど前からスタートできるが、直線的にインコースを取れる内側が人気なようだ。

 隣の選手をひじで牽制する選手もいて、スタートからポジション争いが予想された。


(だいぶ窮屈なスタートですね……とにかく飛び出して先頭を取るのが吉と判断します)


 肩幅のある柔道部と長身のバレー部に挟まれ、小柄な花火は埋もれてしまっている。

 スタートの位置取りでも上級生に負けてしまったのか、端の方からのスタートだ。

 ハンデを受けている陸上部上級生チームの1走、歌だけが数歩下がった位置で見守っている。


「用意!」


 吹奏楽部の演奏が止み、ギャラリーもスタートラインへ静かに注目する。

 先ほどまで活気に満ちていた屋台も営業を止め、全ての視線が1走に集まった。

 ロリ先生がすっと立ち上がり、雷管を構える。

 実際の時間にして僅か数秒、しかしグラウンドの全てが静止した静寂は何倍にも感じられる。

 ロリ先生がゆっくりと小さな指を引き金にかけ、引いた。


「パァン!」


 号砲と同時に、ザザッ! と砂を蹴る音をさせ、一斉に走り出す。


「ついに始まりました部活対抗4×150mリレー! 激しいポジション争いが予想されたオープンレーンからのスタートは……速い! 先頭、陸上部新入生チームの祭田花火! それを追って前回準優勝のサッカー部、そして以下は混戦です! 先生、まずはスタート勝負が決まりましたが、ここからの展開をどう見ますか?」


 誰もが意外だったが、激戦のスタート勝負を制したのは花火だった。

 両脇を大柄な柔道部、バレー部に挟まれていたが、地面と上半身が平行になるほど低く構えた姿勢から一気に飛び出した。

 まだ誰もが号砲に反応する前、最初に地面を蹴ったのは花火だった。

 そのまま低い姿勢のまま高速で地面を蹴り、砂埃を上げながら加速する。

 団子状になってポジションを争いながら走る上級生達に巻き込まれず、コースを横断してインコースの先頭を勝ち得たのだった。


「先頭を取ったのは花火ちゃんか~。50m走で新入生3位のタイムを持っているから不思議はないけど、特に反応速度と低重心からの加速はなかなかのものだと思うぞ」

「なるほど! では好スタートを切った陸上部新入生チームがこのままリードする展開に?」


 うーん。と少し考えてから、ロリ先生が首を振る。


「多分そう単純な展開にはならないと思うぞ。まぁお楽しみだな」

「なるほど? 波乱は面白いので大歓迎ですが……さて! もうまもなく先頭が60m地点に到達します!」


 スタート地点では、一人ぽつんと残された歌がスタンディングスタートの姿勢を取っている。

 深く息を吸い、吐き出す。

 いつもの弱気な表情は消え、真剣な眼差しで先を走る集団を見据える。


「陸上部上級生チーム、スタート! 歌、いっけぇー!!!」

「やっちまえー! 素人共をぶっつぶせー!」

 

 綾乃の声で歌がスタートする。

 綾乃もロリ先生も実況席から身を乗り出しながら、身内贔屓上等とばかりに声を上げる。


「いや流石に教師がその発言はアウトじゃない?」

「うるさいぞ! 実況しろー!」

 

 りんご飴を振り回しながら身を乗り出して応援するロリ先生を席に座らせ、綾乃は実況を再開する。


「さて60mのハンデを受けていた陸上部上級生チームがスタートしました。まずは最後尾を走る……柔道部をターゲットに追いかける! 距離はおよそ50m!」


最後尾は、先頭から10mほど離されていた。

しかし先頭の花火とすぐ後ろにつくサッカー部がややリードしているものの、未だ大きな差は生まれず、ほとんどのチームは団子状になっている。


「いける! 花火、いけるぞー! 先頭守ってがんばれー!」

「花火ちゃん、そのままがんばってー!」

 

 陽子と伊緒も声援を送る。

 圧倒的と言うほどの大きな差はついていないが、上級生を相手に先頭を走る花火に「勝てそうだ!」という気持ちにされる。

 しかし興奮する二人とは逆に、瑠那は静かに花火の”脚”を見ていた。


(行ける……! スタートダッシュでリードを奪って逃げ切る作戦、上級生相手に途中どうなるかと思いましたが、まだ先頭を守れてる! このまま伊緒さんまでバトンを渡す!)

 

 ここまで順調に先頭を走っている花火も、勝利へ希望を持ち始める。

 陸上競技は未経験だが、元々走ることには自信があるのだ。

 学年の差に懸念はあったが、走り出してみれば自分のスタートダッシュと加速は十分通用する。

 そう、花火は思った。

 

「さぁまもなく100m地点! 陸上競技の基本種目の中では100mが最短となっていますがここまで先頭は変わらず陸上部新入生チーム! 陸上競技未経験にしてこれはなかなかの逸材!」


 そう言い終わらない内に、花火とサッカー部が並ぶ。


(っ! 並ばれた!)


 花火が気付いて目線を横に向ける。

 すると、やや後ろにいたはずのバスケ部もすぐ背後にいることに気付く。

 その直後、花火は自身の異変に気付いた。


(脚が……重いっ!? 嘘、まだ半分近くあるのに!)

 

 位置にして80m地点を超えたあたり。

 花火の持久力は限界を迎え、徐々に減速し始めていた。

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