第8話 体験入部とウォーミングアップ
まずは学校の外周をゆっくり1周、体を温めるジョグからだ。
「伊緒ちゃん。私は3年生でマネージャーの
「は、はいっ!」
「自分も経験することで、より選手のためになるマネージメントができる。っていうのが先生の持論なのよ」
さらりとした綺麗なロングヘアを持つ香織に声を掛けられ、二人は一緒にジョグをしている。
マネージャーでも憧れの選手達と同じ練習をできると聞いて、伊緒は少し嬉しそうだ。
「綾乃先輩! ジョグって何ですか?」
「いや、それ簡単だけど難しい質問じゃない!? とりあえずゆっくりジョギング、ウチとペース合わせてみて!」
新入生の一人、
隣で教えるのは2年生の
部内で唯一中距離を専門にしている選手だが、見た目は派手な金髪で、しっかりとスプレーで固めているギャルだ。
「綾乃先輩! その頭って校則OKなんですか? あと走っても髪崩れないの凄いですね!」
「うちの部長が頭髪自由に校則変えてくれたから大丈夫! 髪は汗に強いスプレーで固めてる!」
初対面と思えないほど相性が良さそうなコンビだ。
邪魔はできないな、と今度は瑠那は見る。
先頭を走る部長のすぐ後ろを一人で走っており、合流は難しそうだ。
困った、いきなり一人だ。と陽子が困っていると、少し前を走っていた2年生の
「あっあの、陽子ちゃん……私は田丸歌です。歌先輩……って呼んでくれると嬉しいかな」
歌は自分から話しかけてくれた割に内気そうだった。
目にかかる前髪と、やや気弱な声。
少し不安げな顔で上目遣いに見上げられ、陽子は失礼ながら「男子校でモテそう」と感じた。
「歌先輩よろしくお願いします。なんか皆、結構打ち解けてそうですね」
「うちの人達、人数少ないし、フレンドリーだから。だから私みたいなのでもやっていけてるっていうか……あ、たまに部室でたこ焼き作ったりするんだよ」
楽しい思い出を話すように、歌がふふふと笑う。
どうやら、アットホームで居心地の良い部活なようだ。
しかし今の3年生が引退すれば残るのは2年生の2人だけ。
仮に新入生が入らなければ、これからの1年はとても寂しいものだろう。
そう思って、ふと瑠那のことを思い出す。
一人で走るのは寂しい。
瑠那はこれまで、一体どんな環境で走ってきたのか。
陽子は、瑠那がそう呟いた理由も、彼女の過去も、何も知らない。
だからこそ、知るためにこの場にやって来た。
陸上を一度捨てた身だ。入部するかは正直、決めかねている。
しかし、それを明らかにするまでは気持ちよく眠れないな。と思った。
「ジョグ終わったらグラウンドでダイナミックストレッチ、そして100m流し5本! 新入生はきつかったら3本でいいからねー」
先頭で先にジョグを終えた部長が声を掛ける。
つい瑠那のことを考えている内に、グラウンドに戻っていた。
そして初めてやるダイナミックストレッチは、陸上経験者の陽子でも苦戦した。
中学時代に教えられた動的ストレッチよりも高度なものだとすぐに分かる。
しかし高度であるが故に、難度は少々高いようだ。
色んな動きで動的ストレッチをするが、バランスが取れなかったり、リズムが取れなかったり。
阿波踊りのようになって綾乃に爆笑されている花火を見ながら、きっと自分も大差ないんだろうと思う。
歌が親切に教えてくれるお陰でなんとか形にはなっているが、質の高い練習の片鱗を感じていた。
「こ、これ難しいねぇ……」
「私もこれは全然だ……。でも、長江先輩はマネージャーって言いつつ上手くやれてるんだよな……」
泣き言を言いに来た伊緒に同意しつつ、上級生の動きを見て参考にする。
おそらく身体能力だけで言えば上であろう陽子が苦戦している動きを、マネージャーの長江は上手にこなしていた。
「驚いたかー? まぁこれが”練習”ってやつの成果よ」
不思議そうに見ている陽子達の後ろから、突然ロリ先生が声を掛ける。
「どんな宝石だって、磨かなきゃ石ころだろ? 逆にただの石だって、綺麗に磨いてカットすりゃそこそこ見れるようになるもんだ」
なるほど。と陽子と伊緒が頷いていると、目の前を腕をぐるりと回しながら完璧な動きの変則スキップで瑠那が通る。
陽子がどれだけやっても、腕を回すタイミングとスキップのリズムが合わなかった動きだ。
全身を大きく動かして伸ばしつつ、脚のバネに刺激を入れる動きと聞いているが……陽子は今のところ効果が実感できるレベルで動きをこなせていない。
しかし瑠那はふわりふわりと、まるで綿の上をスキップするように全身を大きく動かしている。
「まぁー……見つかったときから、自然にある程度磨かれちゃってる宝石も中にはあるんだが」
「あれは例外」と付け加えて、ロリ先生はバツが悪そうに別の先輩を指導に行く。
そりゃないよ。と伊緒と顔を見合わせつつ、改めて瑠那の身体能力に感嘆する。
おそらく、筋力などではなく、体のコントロール力なのだろう。
そう分かるほど、思い通りに体を動かしているように見えた。
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