第32話 バケモノたちの悪巧み
「……さて、どうしましょうかねぇ?」
クズたちは床に倒れ伏し、その周囲には無数の爬虫類。そして壁際でケタケタ笑い続けるお兄様と、クズたちを見下しながら首を傾げる私。
まさに『惨劇』と称するに相応しい光景で、だからこそ今後の身の振り方を悩んでしまう。
「どうもなにも、やっちゃったことは仕方なくない? さっさとソレ片付けちゃいなよ」
「……その言い方だと、私がこのクズたちを殺したみたいではないですか。気絶させただけですわよ」
正確に言えば、勝手に気絶しただけ。もっと具体的に言うと、脅しをかけようとする前に泡を吹いてぶっ倒れた。
師匠の権能、流れ出る血を爬虫類の眷属に変える力を使っただけなのだが……。確かに恐ろしげな光景ではあるが、攻撃されたわけでもないのに気絶するとは、なんとも情けない。
「別に殺しちゃってもいいと思うけどー?」
「遠慮しますわ。前科がついて平然としていられるほど、私は図太くありませんの」
「前科がつかなければ、別に殺してもいいって言ってるようなものだよそれ」
「……」
それは図星だった。だから自然と沈黙を選択していた。
殺人に対する忌避感よりも、前科がつくことの不都合を先に考えてしまった。その時点で、私はもう引き返せないところまで来てしまっているのだろう。
たった今、自分をバケモノと自覚した通り、私はお兄様と同じ道を辿っている。バケモノの最果てであるお兄様に、直々に先導される形で。
「……思考と実行の間には、とても大きな隔たりがありましてよ」
「単にその二人を相手に、そこまでする価値を見い出せなかっただけでしょう?」
「っ……」
ようやく絞り出した苦し紛れの反論も、お兄様の神域の洞察力によって叩き潰された。
殺すまでもない。面倒を背負ってまで、命を奪う必要性を感じない。やる気が起きないのはそれが理由で、私自身はとうに一線を超えられる。お兄様はそう言っているのだ。
ああ、嫌だ嫌だ。読心すらたやすくやってのけるお兄様の鋭さは、こういう時は本当に嫌になる。──だがなにより嫌なのは、私自身がそれを否定することができないところだ。
「ま、せっかく可愛い妹が吹っ切れたんだし、イジメるのはこれぐらいにしといてあげようか。どっちにしろ、後戻りはできないからね」
「……嫌な言葉を付け加えないでくださる?」
「無知は罪ってやつだよヤッちゃん」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる私に対し、お兄様はカラカラと笑ってみせる。
その姿はまるでフラワーロックのようで、実に楽しそうにゆらゆら身体を揺らしている。
これは私に対する仲間意識が故の喜びか。それとも猿が人の真似をしているのが、ただただ面白がっているのか。お兄様ではない私は、今さら人の道を外れようとしている紛い者の私には分からない
──弱い私にできるのは、絶対強者であるお兄様に従うことだけ。この怪物の機嫌を取り続けることだけだ。
「さて。それじゃあヤッちゃんの成長のお祝いに、僕がひと肌脱いであげるとしますか」
「……えっと、なにをするつもりですか?」
「この後について悩んでるんでしょ? だから僕が諸々手を貸してあげるのさ。──ちょっと待っててね。すぐ終わるから」
「えっ、ちょ……」
私が止めるより早く、お兄様がリビングを出ていってしまう。
追うべきか、追わないべきか。わずかに逡巡するも、結論は直ぐに出た。
お兄様に『待て』と言われた以上、待つ以外の選択肢などないに等しい。従う決意をした直後に、それを翻してどうするのだ。
なにより、本当にお兄様はすぐに戻ってきた。時間にして一分も経っていない。これだけ早いと、追う意味もなかっただろう。
「いやー、ちょうど犬飼が近くにいてラッキーだったよ。探す手間が省けた」
「犬飼を……? なにをなさったのですか?」
「『サマエル』を使っていろいろ命令してきたんだよ。裏工作のね」
「さ、サマエル……」
告げられた名。お兄様が配下とする力ある大蛇が出てきたことで、私の頬が思い切り引き攣った。
『楽園堕としサマエル』。エデンの園にて、アダムとイブを唆し、知恵の実を食べさせた聖書の蛇。
ゲームであるダンダンでは、お兄様の召喚する配下の一体として登場する。能力は聖書の逸話をもとにした誘惑。
パーティーメンバーを確定で一人、最悪の場合は主人公以外の全てを永続で寝返らせる地獄のような性能をしており、数多の廃人を発狂させた犯罪歴を持つ。具体的に言えば、サマエルが召喚された時点でほぼ全員がリセットボタンを押した。
そんなゲーム内における絶望の代名詞は、現実となった今ではどうなるか? ──答えはシンプル。お兄様の命令を絶対遵守する従僕、いや奴隷ができあがる。
「あんな物騒な能力を使って、いったいなにを……?」
「単純だよ。今回の件で問題なのは、僕たちの上にこの二人がいること。実際はともかく、世間的にはそうなってる。だからいろいろと不都合がある」
「そう、ですわね……」
私が、私たちがいくら見限ったとしても、法律上このクズたちは親である。そして法律で認められているということは、それに伴う権利が存在しているということ。
「手っ取り早いのはさ、この二人にさっさとこの世から退場してもらうことなんだけど。ヤッちゃんが判断した通り、消えられるとそれはそれで不都合なんだよね」
「ノーコメントでお願いします」
恐らく、単純に私たちの保護者が云々の他に、我が家の遺産やら久遠家次期当主だとか、そういう諸々で『不都合』だと言いたいのだろう。
「一番理想なのは、この二人が穏便に今の地位から退いてくれることなんだよね。どこかの別荘で、一生慎ましく生きてもらう。僕たちのことも、ついでに久遠家のことにも口出ししないでね」
「それは……無理でしょう」
「うん。プライドだけは一丁前だからねぇ。生きてる限りしがみつくよね絶対」
実際、ダンダン無印では当主の座を死守するために、このクズたちはラスボスの甘言に引っかかってたりするので、お兄様の予想は一ミリも間違っていない。
「となれば、やるべきことは一つだ。殺せない、自発的な隠居も見込めないとなれば、もう無理矢理にでも隠居させるしかないでしょ?」
「……それで裏工作ですか」
「そそ。別に全部無視して、力で丸っと支配してもいいんだけどさ。なんだかんだ、今の立場は気楽かつ便利だし。あまり波風立てるのもうまくないからねぇ」
「まあ、確かに……」
久遠家直系という身分は、社会的に大きなアドバンテージなのは私も否定しない。
だからこそ、ある意味で一番正当な手段に訴えるというお兄様の言葉は、とても納得できるものだった。……なお、これを聞いて私は内心で深く安堵していたりもする。
『面倒くさいから武力で久遠家を、いやそれを飛び越えて日本を支配する!』とか、お兄様が言わなくて本当に良かった。
「というわけで、明日から早速動きはじめるよ」
「明日からですか!?」
「そりゃそうさ。古来より、王位簒奪でもっとも重要だったのは王を殺すことじゃない。周囲に根回しして、自分の正当性を保証させることだ。重要な部分なら、後回しになんかできないでしょ?」
王を殺すことなど、やろうとすれば誰でもできる。だが自分が王になるには、周りに王位を認めさせる必要がある。
そしてそれは、早ければ早いほどいいのだ。根回しさえ済んでしまえば、全ては終わったも同然なのだから。
「……ところでお兄様。サマエルをこのクズたちに使えば、それで全てが解決すると思うのは私だけですか?」
「いや、こんな下僕いらないし。それにサマエルで支配すると、表面上はマトモだから追い出すことできないよ? ヤッちゃん、この二人の顔をこれから毎日ずっと見ることになるけど、それでもいいの?」
「前言撤回します。さっさと適当な別荘なりに押し込んでしまいましょう」
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