第19話 悪役令嬢の剣 その一
初等部における武道の授業は、学年全体での合同授業である。その理由は単純で、一クラスでやると人数がとても少なくなってしまうからだ。
なにせ武道の授業は四種目からの選択制。そして同蒼天学園の初等部は上流階級の上澄みが通う場所である以上、そもそもの分母からして少なく、基本的に一学年辺りの人数が百人以下なのである。ちなみに私たちの代は、全体九十二人の三クラス。
そして各種目の担当教員は、当然ながら一クラス分の人数を指導することが可能。むしろ学園が学園なので、その方面では最上級の指導者、いや達人と呼べる方々なわけで。
ならば一度にまとめてしまえという結論になるのは当然。それに加えて、上流階級特有の社交的な観点からも後押しを受けた結果、『武道』は合同授業という形態を取っているのである。
「──では瞑想!」
で、今回の肝となるのが、私と蘭丸君が同じ剣道を選択しているということ。
私が、いや『八千流』が剣道を選んだのは、上流階級の教養ということで強制されているお稽古の一つに、剣道があったからという理由であった。それ以上の思い入れはなく、なんなら蘭丸君と違って才能もあまりない。
それでも選んだのは、習い事で経験している分、まだ他よりはマシとかつての『八千流』が考えたからである。
小学生の癖に、経験よりも成績を取ったのは小賢しい気もしなくはないが、この学園特有の事情を考えるとベターな選択肢な辺り、前世が庶民の身としてはなんとも言えない部分がある。
なにせ、そこらの学校のスクールカーストが生温く思えるぐらいには、この学園は序列の類が重視されているのだ。成績もまた武器であり、弱点にもなり得るという現実の前には、授業で得られる新たな学びなど塵芥に等しく、安牌を切る方向に流れてしまうのはある種の必然であった。
「……」
……だがその選択の結果、同年代随一の剣の天才と同じ授業となってしまったあたり、かつての『八千流』の見通しの甘さが窺えるわけで。
瞑想しているフリをしながら、チラリと薄目で件の天才剣士様を確認する。
正座で瞑想している蘭丸君は、明らかに周囲から浮いている。背筋はピンと伸び、長い棒で固定されているかのように微動だにせず。皆と同じ剣道着を着ているにも関わらず、その姿は山を連想させるほどの年期を感じさせる。
これが才能の差というやつなのだろう。先程までの子供らしい姿は何処へやら。そこにいるのは、幼い身に似合わぬ風格を漂わせるひとかどの剣士であった。
「では今日は前回に引き続き、試合の方をやっていきます。まずいつもの工程を済ましてしまいましょう」
「「「はい!」」」
──気付けば瞑想の時間は終わっていた。どうやら私は、英雄の領域に届く才覚に見惚れていたらしい。
指導教員である加藤先生、界隈においては伝説と名高いおじいちゃん先生の声でようやく我に返ったあたり、蘭丸君に対する熱中具合に内心で苦笑を浮かべてしまう。
別に恋愛感情とか、そういうものではない。これは一種の憧れだ。なにせ彼は前世で熱中したゲームの登場人物の一人であり、私は彼らが織り成す物語に熱狂したファンの一人なのだから。
だからこそ惹かれてしまうのだ。鳳蘭丸が未来で成し遂げる偉業に思いを馳せ、英雄の片鱗が覗く現在の姿に目を奪われる。特別な感情と片付けるには、あまりにも俗っぽいファン心理。それが今の私に宿る熱の正体。
……そういう意味では、お兄様も憧れの対象になるべきなのだろうけども。あの人はそれ以上に異星人というか、災害としての認識の方が強すぎてなぁ。そういう意味でも、真っ当な主人公サイドで蘭丸君が眩しく見える。
「……さん。久遠さん」
「っ、はい。なにかございましたか?」
「いえ。少しばかり、上の空だったように思えたので」
「……」
しまった。蘭丸君について考えていたせいで、加藤先生に目をつけられてしまったらしい。
ちゃんと指示通りの動作をやっていたはずなのだが、流石に達人兼熟練の指導者の目は誤魔化せないか……。
「失礼いたしました。少しばかり考えごとを」
「注意力の散漫は怪我の元ですよ。特に武道の場合、自分だけでなく相手も傷付けてしまいますからね。気をつけてください」
「申し訳ございません」
素直に頭を下げる。これに関しては百パーセント私が悪いので、下手な弁解もしない。……無駄に言い訳しようとして、うっかり余計なことを零すかもしれないし。
「ふむ……」
「えっと、まだなにか……?」
「おっと失礼。朝から噂にはなっていたのですが、どうやら本当に雰囲気が変わったようですね」
「ああ……」
私の反省のポーズが気に食わなかったのかと思ったが、私の変化についてか。そりゃ神妙な顔で注視したくもなるか。
特にこのおじいちゃん先生の場合、『八千流』に対して厳しく指導していた数少ない人物でもあるのだから。
生まれが生まれ故に、学園の教師たちからも迂闊に手を出せないとされていた『久遠八千流』。そんな私を小娘扱いし、他の生徒と同様に接していたのがこの【加藤十蔵】先生。
剣道界、いや武道界における重鎮の一人であり、かつては道場のみならずダンジョンにおいても、剣を振るい続けた生ける伝説。政財界の大物たちとも交友の深い、とんでもない御方なのだ。
「半年間も学園を休むと聞き、とても心配していたのですが。どうやら長期休養が、とてもいい方向に転んだようですね。私としても嬉しく思います」
「はい。その節は本当にご迷惑をお掛けいたしました」
「いえいえ。子供のやんちゃを受け止めるのが、大人の役割というものですから。ましてや私は教師ですからね」
好々爺らしい笑みを浮かべる加藤先生に、もう一度無言で頭を下げる。
残念なことに『八千流』に届くことはなかったが、それでも『私』はこの人の信念に敬意を抱いている。手に負えないと見捨てることなく、手を差し伸べ続けてくれたこの人は、まず間違いなく私の恩師の一人なのだから。
「──ただ長期休養のわりには、随分と身体が仕上がっているのが不思議ですね。それだけではなく、一挙一動がとても研ぎ澄まされている。……久遠さん。この半年間、一体何をしていましたか?」
「なんのことでしょう?」
ノータイムで惚けた。非常に残念なことであるが、恩師であろうとも、触れてはほしくない領域は存在するのである。
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