第11話 この世界はゲームではない

「──まあ、これだけ言っても怖いのは分かるよ。でも安心して。ちゃんとヤッちゃんに合わせたメニューを考えたんだから」


 相対するお兄様はそう言って笑う。片手で包丁をクルクルと回しながら。

 物騒なその姿に思わず頬が引き攣る。ペン回しの如く器用に包丁を回すお兄様は、控え目に言ってその手のシリアルキラーのようだ。


「……刃物を向けられる訓練が、私に合っているとは思えないのですが」

「いやいやいや。ほら、移動中に説明してくれたじゃない? ゲームの主人公についてとか、直近のストーリーの流れとか」

「ええ。確かに車中でお話しさせていただきましたわ」


 この施設に到着するまでの道中、時間が空いていたこともあって、ダンダン無印のストーリーをお兄様に説明した。

 といっても、お兄様がどう動くかが全く予測が付かなかったので、ストーリーは概要程度だ。メインの内容となったのは、主人公を筆頭にしたネームドキャラの設定と能力。

 お兄様の要望で移動に使用したリムジンには私たちしか乗っておらず、運転席とも隔離された完全防音。そのためかなり詳細に説明することができたと自負している。

 ……だが、それで何故こんな危険性の高い訓練が用意されるのかは、皆目見当もつかない。


「それでゲーム内における、ヤッちゃんのスペックとかも語ってくれたじゃない。あとアビリティの詳細も」

「そうですわね」


 ゲームにおける久遠八千流は、司令官タイプのボスであった。大量のモブを引き連れ、自身は後方に控えて火力面、強化面で支援する。

 テキスト的に説明すれば、【同調圧力】の精神感応でダンジョン内のモンスターと繋がり、コントロール下に置き指示を出す。更にモンスターの能力等を劣化コピーし、逐一相手を妨害。

 その上で自身が習得している魔法で攻撃もしてくるという、敵に回すとかなり厄介な性能をしているキャラである。

 それが久遠八千流、いや現実の私に秘められたポテンシャル。ボス化した状態を最高到達点として、そこまでは鍛えれば強くなれるであろうと……期待はしている。


「いわゆる後方支援型。更に細分化すればサモナータイプの亜種。それがゲーム内におけるヤッちゃんであり、成長路線としても理想的だと僕も思う。ここまではオーケー?」

「ええ。大丈夫ですわ」

「でもね、それで済ませてしまうにはもったいない。ヤッちゃんのアビリティは、考えて使えば色々と悪さができるタイプだもの。今回の訓練では、その辺の応用も含めた内容だから」

「悪さ、でございますか……?」


 アビリティの応用。お兄様のその言葉に、恐怖感も忘れて首を傾げてしまった。

 正直なところ、応用と言われてもあまりピンとこない。単純に私の中の『久遠八千流』の戦闘スタイルが、ボスキャラとしてのイメージで固まってしまっているというのが一つ。

 二つ目は、性能とボスキャラ時のスタイルがベストマッチしすぎているという点。お兄様が理想系と言うぐらいには、ゲームの戦闘スタイルは私と噛み合っている。

 応用性の高いアビリティだとは私自身も感じているが、下手に搦手を走るよりは、王道に基礎的な使い方を鍛えた方が効果的な気がする。


「納得いってない感じだね? 普通に使った方が強いと思ってるでしょ?」

「……ええ。その通りですわ」


 サラりとまた私の思考を当てられたが、それについてはもはや何も言うまい。お兄様の場合、私のモノローグと会話を成立させてもおかしくないのだから。

 それよりも答弁だ。私の意見をちゃんと述べておかなければ、更にお兄様は暴走しかねない。

 包丁を使った訓練に関してはもう諦めたが、これ以上の悪化は絶対に避けたい。


「私自身、そこまで器用な方でもありませんので。変に捻った使い方をしても、中途半端な練度になる予感がヒシヒシと……」

「でもヤッちゃん、別に特化型じゃないじゃん。アビリティ的にも万能型一択でしょ」

「うっ……」

「あのね。キミにこれを伝えるのは皮肉がすぎるけど、ゲームじゃないんだよ? よっぽど才能がないと、それ一本でやってくなんて無理なんだから」

「むぐっ……」


 現実を見ろと、お兄様に注意されてしまった。ゲームで起きたイベントを仮の指針としているだけで、あくまでこの世界はリアルなのだと。


「例えば固定メンツでパーティーを組むなら、ある程度はロールを決めて行動するけどさ。それでも索敵、前衛、後衛、支援とか、状況次第で役割を変更できなきゃ詰むよ? ソロの場合は全部できて当たり前だし」

「それは……仰る通りでございます」

「器用貧乏がアウトなんじゃないの。器用貧乏が最低ラインなの。その上で大抵の人は、得意な部分で勝負してるんだよ?」

「……そう、ですね」


 ぐうの音も出ない正論だ。そしてとてもショックだ。

 普段の言動がおかしい人に、正論を突き付けられるのはかなり堪える。


「基本に忠実って考えも間違ってない。むしろ真理だよ。でもね、それは発展がありきの考えなの。基本を突き詰めるだけっていうのは、ただの思考停止だからね」

「……はい」

「もったいないよ? 何度も言うけど、ヤッちゃんの能力は応用性の塊だ。精神感応なら相手の思考を盗み見る。または意志を送信して、相手の思考にノイズを発生させる。コピーの方だって、使おうとすれば色々できる。相手の能力をコピーして自分を強化するも良し。仲間がいるのなら、自分を中継点にして仲間も強化するも良し。──できるかどうかは別としてね?」


 お兄様が挙げた例の全てが実現可能かと問われれば、現状では分からないとしか言いようがない。

 だがアビリティの持ち主ではないお兄様が、パッと思いつくだけでもこれだけの悪用方が存在するのも事実。

 現状を基点として、色々と試しながらアビリティを鍛えていかなければ確かにもったいない。

 ゲーム的な思考で言えば、スキルツリーシステムと同じなのだ。何処までできるかは未知であれど、考え方としては変わらないはず。

 一つの項目にポイントを一点集中させて強化するよりも、程々に育てながら次の技能を取らなければ真の意味で強くはなれない。


「さて。僕の言いたいことは理解してくれたようだし、そろそろ前置きは終わりにするよ。──まず訓練の第一段階として、ヤッちゃんには僕のアビリティをコピーしてもらうから」

「へ? ……へぇっ!?」


 思わず変な声が出た。いやだって、それぐらいありえないことなのだから。

 お兄様のアビリティをコピー!? あの【龍頭荼毘】を!? 一つの龍だけでラスボスを瞬殺できるアレをコピーとか、流石に不可能でしょう!?


「お兄様、それはもう能力の練度以前の問題でございますわ!! 幼児にミレニアム懸賞問題を解かせるような無茶ですわ!!」

「僕、三歳ぐらいの時に暇つぶしであの辺の問題全部解いたよ? 答え書いたノートにジュース零したから、解くだけ解いて捨てちゃったけど」

「アンタ色んな意味で何てことをしてやがりますの!?」


 規格外にほどがあるだろこの裏ボス!! 何で幼稚園児が最難関の未解決問題を解き明かしてるんだ!? 問題の正否とか関係なくバケモノレベルの思考能力だぞ!?

 しかも解答の扱いが雑!! 間違いなく世界を揺るがすビックニュースになったはずなのに、ジュースを零したからたち消えたとか、世の数学者が聞けば泡吹いて卒倒するぞ!?


「……ちなみに、それってもう一度書き起す気はございませんか?」

「え、ないけど。だってアレ、めっちゃ文字書かなきゃいけないんだよ? 何でもう答えが分かってるのに、そんな面倒ことしなくちゃいけないのさ」

「何処までも人類の発展に寄与しない人ですわね……」


 無印ストーリーの時から分かってはいたが、本当に自分の関心事以外はどうでもいい人だ。……国家存亡の危機まで行ってなお、主人公たちの成長を見守っていた壊れ具合は伊達ではない。


「ま、ともかく。全然できることだって、コレで証明できたね」

「いえ、ただただお兄様のデタラメ具合が浮き出ただけでございましてよ?」

「僕が優秀だってことは分かったでしょ? だから心配いらないよ」


 無視ですか。そうですか。


「大丈夫だよ。コピーできるように鍛えるし、そこから先もドンドン成長していってもらうつもりだもの。──そもそも器用貧乏の心配だって的外れだからね。僕が教えて、中途半端で終わるわけがないんだから」

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