第579話 〈アコ〉の詩

 その後、何人かが詩を朗読して、〈アコ〉の番がやってきた。

 かなり緊張して、顔が青ざめているような気がする。


 今度も両手を大きく振って、僕がここにいると示してあげよう。

 僕がここで見ているから、何も心配はないと表すためだ。


 後ろの席の不機嫌そうな《白鶴》生は、「ふん」と鼻を鳴らしたけどそんなことは無視しよう。  〈アコ〉の朗読が、今始まるんだぞ。

 刮目(かつもく)して聞けよ。

 〈アコ〉は身体の横で、小さく手を振り返していた。



【〈アコ〉の詩】


今、ナイフで断ち切った私の髪を、貴方(あなた)へ届けよう


吹き抜けていくこの蒼(あお)い風が、きっと見つけてくれるはず


髪は軽やかに舞って、優しく包むのだろう


吹きすさんでいるこの紅(あか)い風が、きっと捜してくれるはず


髪は忍ぶように進んで、堅く覆(おお)うのだろう


丘の上に駆け上がり、黒い土に打ちつけて跪(ひざまず)いて祈る


緑の葉が剣(つるぎ)となり、頬を突き刺すことも厭(いと)わず、頭(こうべ)を垂(た)れて願い続ける


赤く、白く、青く、煌(きら)めく星々に


見えなくても構わない


果てなく、遠く、冷たく、横たわる海に


貴方のことを


私の元へ、帰って来ることだけを



 うーん、一言で言うなら重いぞ。


 〈アコ〉自身の大きなおっぱいより、重いんじゃないかな。

 百万トンくらいある気がするぞ。


 客席からも〈ズーン〉とした重い空気が、足元から漂ってくるようだ。

 〈アコ〉は、僕に固執(こしつ)しているんだろうか。

 単なる詩であって、本心ではない可能性もある。

 詩は、一時的な心情を大袈裟に表現するものだからな。


 でもこの詩が、〈アコ〉の噓偽(うそいつわ)りのない心だとしても、僕は何も困らない。

 〈アコ〉のおっぱいが重いのは、かなり揉んだから良く知っている。

 〈アコ〉が僕に依存しているなら、むしろ好都合だと思う。

 どんなエッチなことをしても、離れていかないんだからな。


 それに僕の帰っていく先は、〈アコ〉の元だともう決めている。

 だから何も齟齬(そご)は、生じないんだ。


 ただ一つ気になるのは、〈クルス〉と〈サトミ〉との関係だ。

 今は上手くいっているが、結婚してからが少し心配だ。

 大丈夫とは思うけど、この詩で少し心配になったよ。


 観客が見せる少し重苦しい雰囲気の中、拍手を貰った〈アコ〉は真っすぐに正面を向いてから頭を下げた。

 私の心は定まっており、微塵も揺らぐことはないという意思表示か。

 〈アコ〉はやっぱり、頑固と言うか、一途(いちず)なとこがあるな。


 観客席も、そう思ったんだろう。少しだけ和(やわ)らいだ感じになった。

 僕が両手を大きく振って〈アコ〉に賛辞を送っていると、後ろの席の《白鶴》生が、「自立していないわ」と呟いた。


 自己実現、依存しない、自分を持っている、なんて必要じゃない。

 僕と〈アコ〉は、夫婦になるんだ。

 足らないところは、互いに補(おぎな)えあえば何も問題ない。

 自己主張より、パートナーを思いやる気持ちが尊いんだ。


 いくら面倒くさくても〈アコ〉は僕の嫁だから、どこも悪くない。


 これからの僕の言動に、結婚生活の成否が全てかかっていると思う。

 いや、そうじゃないぞ。

 僕だけの言動じゃなくて、僕と〈アコ〉の対話と営(いとな)みだと思うな。


 おっぱいとお尻の、揉み方にも左右されそうだ。

 その後のことは、更に重要だとは思うが、僕にはまだ未知の領域だよ。


 〈アコ〉は僕が大きく手を振っているのを見て、ふふと微笑んだと思う。



 はや。

 早過ぎるぞ。

 もう今日は卒舎式だ。


 学舎長と来賓の長い祝辞が終わって、卒舎生代表の謝辞を〈先頭ガタイ〉が嬉しそうに怒鳴(どな)っているぞ。

 まあ、爵位の序列が一番高いから、この役が回ってきたんだろう。


 伯爵家当主だからか、僕に打診があったけど丁寧にお断りをしておいた。

 どうして、緊張を強(し)いられてお金にもならないことを、しなくてならないんだ。

 誰がやるか。


 〈先頭ガタイ〉が喜んで引き受けてくれ、丸く収まり本当に良かった。

 〈先頭ガタイ〉は、本当に良いヤツだな。


 卒舎記念品で貰うのは、黒い色のペーパーナイフだ。

 毎年これだから、もう皆知っている。

 持ち手に鷲の意匠が施された、上等な物だと思う。

 これから就職先で使えってことだろう。


 〈フラン〉は、希望通り〈財事局〉に就職が決まっている。

 税金の取り立てでは、容赦(ようしゃ)がなさそうで少し怖いぞ。


 〈ロラ〉も希望通り、〈近衛隊〉に入隊出来たと喜んでいた。

 〈武体術〉の成績が、対抗戦と演習に勝利したことで、とても良かったと礼を言われた。

 あれで入隊が決まるようなら、〈近衛隊〉は大したことがないと思うな。


 〈ソラ〉は、〈王都代務局〉に採用された。

 《黒鷲》卒舎生だから、〈経路部門営繕係〉には配置されないと思うけど、道で出くわしたら「よぉ」って声をかけてやりたいな。

 〈ソラ〉的には左遷(させん)だから、嫌な顔をするだろうな。

 はははっ。


 〈ラト〉は、あれあれって感じで驚きの〈外事局〉だ。

 外国と交渉って顔をしていないぞ。

 学舎生ともあまり交流していなかった気がするけど、本当に大丈夫なのか。


 〈先頭ガタイ〉は、爵位を継ぐまでは〈王都旅団〉に入隊するらしい。

 高位貴族の義務で兵役を務める大義名分(たいぎめいぶん)はあるが、〈王都旅団〉の事務方に〈ヨー〉が採用されたためだと思う。

 おっぱいを横見して、怪我をする未来が見えそうだよ。

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