6:答えもなくただ佇んで
「見苦しいところをお見せしました。ヴィルヘルム様、どうぞ馬鹿なわたくしをお叱りくださいませ」
しおらしい様子でで、襲撃者であるマリアベルは頭を下げた。しかし謝罪の対象は明らかにヴィルのみで、ほかの人間は目にすら入っていない。主に被害を受けた悪の魔法使いは、理不尽な状況にしばし
理不尽だと言ったところで、どうにもならないものだからこそ理不尽なのだ。目を開き、赤くなった頰に手を当てたイクスは、騎士の背中に向かって低く呟く。
「全てはお前のせいだぞヴィル」
「なんでだよ。俺に罪があるっていうなら、お前なんて『罪そのもの』じゃないか」
騎士は心外そうな声を出したが、どう言おうと実際に被害を受けるのはイクスなのだ。その現実を甘んじて受ける理由もないのだから、文句の一つくらい言いたくなるものである。
抗議の視線を受けても、ヴィルは振り返りもしない。マリアベルをなだめる騎士を睨みながら、イクスは暗いため息を落とす。納得いかない。そうありありと顔に浮かべたイクスに、キールがそっと囁きかける。
「先生、今更ですけど。あの方はどなたですか? 見たところ、名のある家の令嬢のようですが」
「ん……ああ。キールは初めてだったか? あの『小さな
「なんですかその呼び名」
ぽかんと瞬く少年の前で、イクスは金髪の少女について語り始めた。
マリアベル・クロア・メンフィス。彼女は宰相であるアストリッドの実妹である。
怜悧な美女である姉とは対象的に、妹のマリアベルは太陽の下で輝く
人目をひく愛らしい姿と相まって、彼女に想いを寄せる男性は多いという。しかしマリアベルはそんな彼らには目もくれず、たった一人の騎士を追いかけていた。
それが他でもないヴィルヘルム・シュタイツェン=ヴァールハイトである。
幼い頃、少年だったヴィルに一目惚れしたマリアベルは、今日に至るまで彼を追いかけ続けてきた。そんな幼い想いを貫き、婚約者におさまったというのだから、初志貫徹もここまでくると凄まじい。
そんなマリアベルであるから、ヴィルと関係の深いイクスは常に目の敵にされてきた。
『ヴィルヘルム様をたぶらかす悪い魔法使い‼︎』
そう叫びながら魚の干物を投げつけてきた姿を、イクスは今もはっきりと覚えている。
「……しかし、攻撃してくるのは私だけなのだよな。他の人間に愛想がいいのに、私だけどうして扱いが酷いのだ」
「さあ……飛び抜けて仲が良さそうに見えるから、先生が目障りなんじゃないんですか」
愚痴るイクスに向けられた言葉は、何の救いにもならないものだった。あんまりな弟子の言葉に、イクスは途方にくれた顔をした。初めて会ったキールでも、マリアベルのイクス嫌いは相当なものに見えるらしい。
どうあってもマリアベルとの衝突が避けられないのなら、早々に退散願うべきだ。そう決意を込めてイクスが口を開こうとした瞬間、唐突にヴィルが振り返った。
「なな、何だどうした」
「何どもってるんだ? それより、マリアベル嬢がルーヴァン侯爵家に話を通してくれるそうだ。夕方までまだ時間もあるし、お言葉に甘えて屋敷に向かうことにしないか?」
「は、はあ?」
話の展開についていけず、イクスはヴィルとマリアベルを交互に見る。すると少女は、婚約者が見ていないのをいいことに悪どい笑顔を浮かべたのだった。
※
そして、時間は流れ——ルーヴァン侯爵家にイクスたちの姿はあった。
玄関ホールの絨毯に足を取られそうになりながら、イクスは周囲を見渡した。毛足の長い絨毯の先に、ヴィルとマリアベルの姿がある。
二人は先程からルーヴァン家執事と交渉を続けていた。当時の話はもとより、現場となった倉庫を確認させてもらうためだ。宰相が話を通してくれれば早かっただろうに、内密というだけあって丸投げらしい。
だが、キールやマリアベルを巻き込んでいる時点で、その内密というのもかなり怪しくなっている。
イクスは気のない視線を背後に向けたが、そこには誰もいない。キールは屋敷の周囲で聞き込みをするため別行動をしている。
「僕は貴族でも何でもないし、それに豪華なお屋敷は居心地悪いですしね」
その言葉が気にはなったものの、弟子のそつのなさを知っているイクスは、特に心配せず欠伸をした。
「イクス」
ヴィルが振り返り、手招きする。その隣ではマリアベルが眉を釣り上げていた。そんな二人に頷き返すと、イクスは足音もなく絨毯の上を歩み始めた——。
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