リトル・ヤタガラスは妖怪を狩るようです ~正義の妖怪ヒーローが往く退魔怪奇譚~
小村・衣須
本編
開幕
其の零 怪奇譚の幕が開く
茹だるような熱気に頭が眩み、
「はっ……! あ、くぅっ……!?」
視線が下に向かい、床を舐める炎が嫌でも目に飛び込んでくる。
荒い息遣いで顔を上げれば、見えるのは廃墟と化した博物館の内装と──異形の怪物。
「貴様……何を、した?」
怪物は当惑の声を上げ、面頬の奥に鈍く光る目を細めた。
その手に握られた刀が床を滑り、ゆらりとした動きで鎌首をもたげる。
つい数分前まで逃げ惑う人間たちを切り刻んでいた血濡れの切っ先は、今は目の前で膝をつく少年へと向けられている。
「その力、は……貴様、ただの人間ではなかったのか?」
おぞましく低い声色は、感情を思わせないながらも微かに震えていた。
怪物でも困惑するのだな、と。煮込まれたシチューのように熱を帯びた頭の隅で、九十九はぼんやりと考える。
軽い現実逃避でもしなければ、己の正気を保つ自信が彼には無かった。
それでも、自分の胸を文字通りに焼く痛みが、ちっぽけな少年から理性を奪わせない。
「ただの人間……か。は、ははっ」
力ない笑いが口から漏れる。胸から湧き上がる熱で、ガラガラに乾いた喉に痛みを覚えた。
突然現れた異形の怪物。パニックに陥った博物館。人々と共に切り刻まれ、血煙を浴びた展示品の残骸たち。
その真っ只中にあって生き延び、しかし遂に追い詰められた九十九。
本当なら、怪物の振るう刀によって命を奪われていた筈の彼は、しかし──
「少なくとも、僕はそのつもりだよ。……どうやら、違うみたいだけど」
「ああ、違う。ただの人間が、そんな力を持っている筈が無い」
怪物にそう吐き捨てられて、九十九の胸がズキリと傷んだ。そんな事は、自分が一番よく分かっている。
最早、言い訳のしようも無い。今、彼らを取り囲むように燃え盛る炎は、間違いなく九十九が生み出したものだ。
それも例えば、ライターを使って着火したとか、ガソリンを使って放火したとか、そんな現実であり得るような現象ではない。
それは九十九の胸から、蛇口を捻ったかのように溢れ出てきたものだった。
ただの人間と思われていた少年が、無から炎を生み出した。その事実が、怪物に彼の殺害を躊躇わせている。
「その力を使えるという事は、貴様も我らと同じ存在という事。人間ではない」
ほんの十数分の内に立て続けに起きた、現実とは思えない出来事。
それら全てが紛れもない現実に起きた事であり、そして九十九もまたその渦中である事を、怪物は突きつけた。
「貴様は──」
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