俺と彼女と49人の女たち

樋田矢はにわ

プロローグ ――俺はいかにして女にモテるに至ったか

 どうやら俺は女にモテるらしい。

 それを自覚したのはいつであったろうか。


 幼稚園では周囲の子どもより、先生たちとお話をするのが好きな園児だったそうだ。俺にその記憶はないが、幼稚園教諭たちに大人気だったという母親の証言がある。しかしまぁ、これはモテるとは言わない。自覚どころか記憶もない。


 小学生時代。俺は周囲の男子どもが股間キワキワの半ズボンを履き、ハミチンハミキンではしゃぎ回るのを尻目に一人長ズボンを履き、吊りバンドをするような、そんな奴だった。

 俺の着る服を決めるのは母親だった。余談だがこの当時、俺の母親は水商売をやっていて、息子に様々な髪形や服装をさせるのが半ば趣味のようなところがあった。小学校3年生頃の写真を見ると、俺はウェーブのかかった髪でにっこり笑ってピースをしていたりする。

 6年生の修学旅行の写真ではサラサラの、今でいうマッシュっぽい髪形をしているから、小3のときは生意気にも美容室でパーマをかけていたのだろう。


 しかしこの頃もまた、モテるとは言わないだろう。背が低く、少しふっくら気味の体型も手伝ってか、俺はクラスの女子から「かわいい」認定を受け、バブちゃんとかなんとかおかしなあだ名を付けられて可愛がられる存在だった。言ってみればペットの犬やなんかと同じだ。ペットの犬に男としての情愛を感じるようなヘンタイ小学生女子は、あの田舎の小学校にはおそらくいなかった、と思いたい。


 中学に入るころになると、男も女も急速に異性を意識し始める。それまでバブちゃんなどと無邪気に俺を弄ってきた女子たちは、中学に入るとまったく話しかけてこなくなった。なぜなら背が低く、ふっくら気味の男など、恋愛対象に入らないからである。恋愛対象に入らない男など、彼女たちからすれば存在しないのも一緒。

 かくして中学入学から1年半の間、俺は女子と一度も会話することなく過ごした。プリントを後ろに回すときに、あぁ、とか、うん…、とか言うのは「会話」ではないし、その状態はむしろ「モテない」という。


 転機は中2の冬に訪れた。北海道のおばあちゃんが亡くなって、葬式やらなんやらで一週間ほど学校を休み、久しぶりに登校した日のことだ。

 朝、渡り廊下ですれ違った隣のクラスのやつが「あれ? カズか? 向こうで何かあったのか?」と聞いてきた。今さらだが俺の名前はカズというのだが、それはさておき、一週間前と比べて俺があまりに痩せていたので、その隣のクラスのやつが心配してくれたのである。

 当時の俺は約30分の道のりを歩いて通学していた。片道30分、往復で一時間。当たり前だ。代謝の激しい中学生が一日に一時間も歩けば痩せるのも自明の理というものだ。

 つまり俺はその時すでに痩せていたのだが、一週間という空白期間を設けたことでそれが際立ち、「あいつめっちゃ痩せた」という印象を周囲に与えたのである。


 体が軽くなるとは不思議なもので、あんなに苦手だった運動も楽しく感じ始める。俺がどれだけ運動が苦手だったのかは、運動部の入部テストに全落ちした挙句、美術部に所属していたことで推して知るべしである。

 ともあれ多数の運動音痴と数人のヤンキーで構成された美術部の中では、上位に入ると自負するまでに運動に前向きになっていたのは間違いない。


 と、ここで事件が起こる。

 同じクラスのある女子が、俺のことを好きだという噂が聞こえてきたのだ。ちなみにこの頃の俺はクラス替えで同じ小学校出身の、今でいう「陽キャ」の王みたいなやつと同じクラスになり、その恩恵で女子ともある程度しゃべれるポジションに浮上していた。その噂を持ってきたのもそうして話すようになった女子だった。こいつは悪いやつで、俺のことを好きだという女子に友達面して近づき、この情報を得るやいなや俺に伝えてくるという、潜入捜査官のような女だった。


 肝心の俺のことを好きだという女からは、潜入捜査官から情報を得たきっかり一週間後にラブレターを受け取った。

 俺が給食を食べている姿に恋心を抱いたという、その無邪気な内容は一先ず置くとして、問題は彼女がまったく俺の好みではなかったことだ。

 彼女はクラスの最底辺グループに属しており、陰で「タップリ」と呼ばれていた。陰で。もちろん体型を揶揄するあだ名である。要するにそういう女子だったわけだ。

 とはいえこれは紛れもなくモテているだろうと読者諸兄は思うかもしれないが、違うのである。

 ラブレターが来るぞと知らされた俺の心境としては、美術部のモテない仲間に語った「いやんなっちゃうぜ、タップリにどうにかできると思われてるってことだもんよー」という暴言によく表れている。まぁ半分は照れ隠しでもあったのだが。

 反ルッキズムが叫ばれて久しいこの現代にけしからん、とお怒りの向きもあろうが、なにぶん中学生の考えであり、この話はフィクションなので許してほしい。


 しかし、このままではいつまで経ってもモテると自覚した話にたどり着かないではないか。

 ちょっと休憩しよう。話はなんとプロローグPart2へと続くのである。

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