第131話 如月組
パンッパンッパンッ
「あんた、お客さんだよ」
「………」
店を出た後、外に待機していた黒服の男たちに脇を固められ、案内されるまま立川駅直結の大型ホテルへ連れてこられた。
エレベーターで最上階へと昇りまばらにある部屋の一室へ通される。
中はいわゆるスウィートルームというやつらしく、豪奢な家具と大きなベット、外に面している窓は一面ガラス張りとなっていた。
その窓に向かって上半身裸の男が腰を振っている。
パンッパンッパンッ
よく見ると、男の体で隠れていたがその前には女性が窓に手をついて小さく吐息を漏らしている。
「……聞こえちゃいないね。どうせすぐ済むから中へ入りな」
先に部屋の中に入っていた如月さんが手招きする。
……いや、すぐ済むなら外で待っていたいんですが。
一瞬断ろうと思ったが、後ろから「チャキッ」という金属音が聞こえたため促されるまま部屋へ足を踏み入れる。
中は広く、一般的なホテルの部屋よりも凝った作りの家具や寝具が置かれているようだった。
「……っ」
部屋の中央に置かれたテーブルへ進み改めて男の様子を確認したところ、ちょうど身体がビクンと一度波打つところだった。
窓に手をつき、男を受け入れていた女性がその場に崩れ落ちていく。
「……なんだぁ? いたのか。ノックくらいしやがれ」
男は振り返り、僕らの姿を確認するとようやくその存在に気付いた。
とりあえず、気づいたなら早くそれをしまってほしい。
「ノックどころか声までかけたよ。……この子が例のお客さんさ」
如月さんはあきれた声で応えながらテーブルの右側の席へついた。
その目線が僕にも座るよう促していたので、目の前の一番入り口から近い席へ座る。
「そうか……。おい小僧、名前は?」
男はようやくズボンの中にモノをしまいながら対面の席へ座った。
改めて正面から見るとかなりがっちりした体つきをしている。
190cmはある身長に鍛えられた筋肉が浮きあがり、オールバックにされた黒髪は整髪料で少し濡れているように見えた。
「谷々です。谷を重ねて谷々と言います」
「あぁ、確かそんな名前だったな。変わった名だ。どっから来た?」
男は名乗らず、矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
その口ぶりから僕の情報を事前に聞いていたことがうかがえるが、自ら確かめたいということだろうか。
「吉祥寺です」
「そうか。遠いところご苦労なこった。……突然だがこの世の中すべてにおいて、『はやい』ってことに勝るもんはねぇと思わねぇか?」
「……?」
唐突な男の発言に思わず怪訝な顔をしてしまう。
「どんな乗り物だろうが速い方が良いし、締め切りもノルマも早くこなす方が偉い。もちろんSEXだって早いに越したことはねぇ」
もちろん回復も早いしな、と男は不遜な顔で続ける。
正直何を言いたいのかわからないが、隣の如月さんを見ると『また始まった』とばかりに呆れた顔をしているので、この人はいつもこんな調子なのだろう。
「いつだって物事は一瞬の判断の連続だ。手をこまねいているほどにチャンスは失われる。だから俺は『はやい』ってことをなによりも重視してるし、それを理解するのが早いやつほど重用する」
「……はぁ」
なんと言って良いかわからず、ひとまず相槌を打つことに専念する。
「それを踏まえてさっさと本題に入ろう。小僧、お前ウチで仕事しろ」
「お断りします」
チャキッ
答えたと同時に背後で金属音がした。
「即断、即決、大いに結構だ。なかなか話の分かるやつじゃねぇか。気に入ったぞ? だが、いくら早くても俺の望んだ回答じゃねぇきゃダメだ」
男の方は特に気にした様子がないものの、不穏な空気は加速していく。
智さんの時は試されているのが薄々わかったが、この人たちからは話が決裂するようなら本当に殺すという覚悟がヒシヒシと伝わってくる。
いざとなったら……。
椅子に座りながら油断なく構え、いつ戦闘になっても良いよう備える。
「……良い覚悟だ。決断するまでのスピードも良い。鈴木がちょっかい出すのも頷けるな。だが……」
男は薄く笑いながら視線を移動させ僕の背後を見つめる。
その視線が促すようだったので、ゆっくりと振り返った。
「お前は一人でここに来たわけじゃないだろ?」
そこにいたのは黒服の男に銃を突き付けられ、半べそとなった深夜だった。
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