3
玄関で向かい合ったまま硬直する二人の間に割って入ったのは、ひょいと階段から顔を覗かせたユキだった。
「後悔してんの?」
それだけ彼は言った。なんの前置きもなく、すとんと放り投げるように。
長い沈黙が落ちた。
まだ少し足を引きずるユキは、大きな茶色い目で青井を見ていた。祐一は曖昧にユキと青井を見比べ、青井はじっと自分の足もとを凝視していた。
「してるよ。」
陽が傾いて行くのが目視できるくらいの長さの無言の後、ぽつりと、青井が言った。
「女なんて、一生抱くつもりはなかった。」
それは、女との性行為を生業としているヒモにはあまりに似つかわしくない台詞だった。しかしその場にいる誰もがそんなことは頭の中から除外していた。
女を抱くことと、ヒモ稼業とは、青井の中では本質的に違う。そのことを、祐一もユキも、いつの間にか肌から染み込むように把握していたのだ。
「……そっか。」
と、ユキが言った。軽い口調を装っていても、なにかがずっしりと重かった。
「どうするつもり? もう二度と、夕佳ちゃんには会わないつもりなの?」
その問いに、青井は応えなかった。ただ突っ立ったまま、じっと俯いていた。ユキも祐一も、答えを促そうとは思わなかった。
ただ、娘ができたんだ、と、自慢そうに言っていた一年前の青井を思い出していた。本人以外は誰だって、本当に青井が人の親になれるはずないと知っていた。多分、いつかはこんなことになるのだと察していたのだ。 それでも青井本人はそのことに全く気が付いていなかったのだ。痛々しいくらいに。
「……入って。子どもたちがもうすぐ来るよ。」
あまりにも重たい沈黙を誤魔化すように、祐一は青井の肩を叩いた。
愚かな友人。きっとこいつは、本気で夕佳の父親になったつもりだったのだろう。それも、一年前のほんの数か月間だけの即席の父親ではなくて、今だって彼女の本当の父親のつもりなのだ。
うん、と頷いた青井は、一歩一歩踏みしめるように階段を上っていく。その後に、ユキも祐一も続いた。今、青井を放置しておく気にはならなかったのだ。
「難しかったんだよ。」
ユキが、これまで聞いたこともないような優しい声を出した。
「青井だけじゃないよ。俺にも、祐一にも、父親は難しい。」
そうだね、と、祐一は小さく相槌を打った。
難しい。正解を一度も見たことのないパズルを組み立てるような、そんな難しさが三人の前に鎮座していた。
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