第994話 積み上げたガラクタ
ブロンテスの冒険譚はかなりの駆け足であった。そうでなければとても終わらないからだ。ひとつひとつの出来事を詳しく話していれば、それこそ一週間くらい滞在しても間に合わないだろう。彼が王位に就いてからの話など、投げやりに近いものであった。
それでもなお当事者から聞く数百年前の歴史とは興味深いものであり、皆の表情は興奮、感心、失望など、目まぐるしく変化していた。
「それでわしはめでたくベッドの上で大往生って訳だ。ああ、つまんねぇ。戦場で死にたかったなあ。そうでなけりゃわしが殺した敵にも味方にも申し訳が立たんだろう」
「王が他国の者に討ち取られたら全面戦争不可避なので勘弁してください……」
ラートバルトが疲労の浮いた表情で言い、ブロンテスはフンと鼻を鳴らした。ラートバルトの言葉は正しい、当代の側近たちも同意見であるようだ。ただブロンテスにとっては面白くも何ともない。彼は正論と言う鎖によって玉座に縛られていた、しかし何もかもを捨てて逃げ出すほど無責任にもなれなかった。
口元を歪めながらすすり泣く家臣たちに囲まれながら、寝心地の悪い豪華なベッドの上で『ああすれば良かった』、『こうするべきだった』と考えていたが、そのどれもが非現実的であった。後悔は山ほどある、だがどうしようもない事ばかりだった。
「少し疲れた、今回はこの辺で勘弁してくれ」
ブロンテスは酒瓶を振りながら言った。ラッパ飲みをしながら話していたのだが、気が付けば空になっていたようだ。
「最後にひとつだけ、よろしいでしょうか?」
と、ヴィクトルが遠慮がちに手を挙げた。開祖が『もう終わりだ』と言っているのに、いち家臣に過ぎないヴィクトルが割って入るのは無礼だと承知しているが、この機会を逃せば次は何時になるかわからない。
墓荒らしたちの亡霊が彷徨う迷宮であると言うだけでなく、ここは王家にとって神聖な地であり、王の許しがなければ入れないのだ。そして王のお供は近衛騎士団の役目であり、ヴィクトルに『次』がないかもしれない。
ケイロンが『開祖様に対して無礼であるぞ』と咎めようとするも、先にブロンテスが『おう、いいぞ』と言ってしまったので、振り上げた拳の下ろしどころを見失ってしまった。
「どうしてうちの一族はマッスルボマーなのでしょうか?」
「……それは哲学の話か?」
怪訝な顔をするブロンテスに、ヴィクトルは軽く首を横に振って話を続けた。
「家名の話です。いえ、別にこの名前が嫌って訳じゃないんですよ、強そうだし。ただ、こんな変わった名前になった経緯は気になるじゃないですか」
それはそうだと皆の心がひとつになり一斉に頷いた。貴族の家名を馬鹿にすると言うのは決闘の原因にもなりかねない最悪の侮辱なので誰も口にはしなかったが、変な名前だとは思っていた。それこそヴィクトル本人でさえも。
ただひとりブロンテスだけが『ああ、その話か』と納得したような顔をしていた。
「お前さんが今、言った通りだ。強そうだからだよ」
「はて……?」
「それなりに支配地域が広がって、爵位をやるから家名を考えておけって言ったのさ。あの野郎、前から考えていたのか即答しやがった、マッスルボマーと名乗るってな」
ブロンテスは当時を思い出すように語り続けた。
「賊どもが名を聞くだけで震え上がるような奴が良いと言う事らしい。どうせあいつの家なんか三代目あたりで潰れるだろうと思っていたから、わしも何も考えず許可したのだが。いやぁ、まさか数百年経っても残っているとは予想外だった。そうと知っていれば止めていたのになぁ、ははは」
どうせ大した理由ではないだろうなと思っていたが、予想以上に適当であった。人や家の名前をノリと勢いで決めてはならないと、深く胸に刻み込むヴィクトルであった。
ついでだからとブロンテスはケイロンに眼を向けて言った。
「ナイトソードと言う名も似たような経緯で本人が決めたものだ。永遠に貴方の剣としてお仕えいたします、などと言ってな」
さすがは我が祖先、家名にも崇高な精神が込められているのだなとケイロンは誇らしげであったが、そんな彼を見るブロンテスの眼には困惑の色が浮かんでいた。
「いや、うん。ちょっと重いかな、って……」
「重いッ!?」
騎士の忠義に対して何て事を言うのだと驚愕するケイロンであったが、ブロンテスとしては初期メンバーであり悪友と呼べる間柄であった男からそんな感情を向けられるのは正直なところ不気味であった。決して迷惑な訳ではないが、やはり重いとしか言い様がなかった。
どこまでも適当な先祖、主君から重い奴だと思われていた祖先、それぞれ別方向でショックを受けるヴィクトルとケイロン。
ブロンテスは『悪い事を言ってしまったな』という反省半分、『奴らの子孫の反応が面白いな』という悪趣味な楽しみ半分の表情を浮かべていた。
「『歴史の真実』なんてものを掘り起こしたところで、出て来るのはガラクタばかりさ」
そう言って『王都建国史』を棺の上に放り投げた。虚構に満ちた不愉快な本だが、怒って破り捨てるのも大人げない。枕にするくらいが丁度良い使い方だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます