第35話 神の見えざる手

 騎士殺しの剣を前にして、ジョセルは独り腕を組み唸っていた。


 付呪術の師であるゲルハルトはかねてよりの約束通り、名剣を弟子にプレゼントした。付呪はしない、己の腕で最高の剣を作り上げて見せろと念押しをして。


 それ自体は良い。何もかもゲルハルトに用意してもらったのではジョセルのやる事がなくなってしまう。修行の目標を設定してくれるのはむしろありがたかった。


 問題は何故、ナイトキラーなどという物騒な名前の剣を渡したのかという事だ。


 付呪術師見習いであると同時に、現役の高位騎士でもあるジョセルは剣を一目見ただけでその意味するところを理解した。


 これが大剣や槍であるならば戦場で敵の騎士を殺すための武器と呼べただろう。しかしナイトキラーは戦場で使うには短く、敵と組み合って首をき斬るには長すぎた。つまりは室内で振り回すための剣である。


 室内で使う騎士殺しとは何か。戦争で敵城に乗り込んで使うための物なのか。


 いな、否である。


 この剣にはもっと明確な悪意と殺意が刻まれていた。室内で騎士を殺す、即ち粛正の剣である。


「何故、こんな物を私に……?」


 ゲルハルトにも聞いてみたのだが、


「別に深い意味など無い。良い剣だからくれてやったまでの事だ。剣にどんな意味を持たせるか、どう扱うかなど持ち手の問題だ。わしは知らん」


 などと突き放されてしまった。ゲルハルトとしてはナイトキラーはもう他人の手に渡ってしまった剣である。あまり深く語っていれば未練がつのるだけなのでわざとぞんざいな言い方をしたのだった。


 知らぬわからぬ興味がないと言いながら、その視線はジョセルの左腰へとチラチラと向けられていた。友人の鍛冶屋ボルビスが打った刀と、刀鍛冶ルッツが打った剣という異色の二本を両方差して歩くというのも魅力的なアイデアだったが、よわい六十五歳のゲルハルトには少し重かった。動きづらい事この上なしである。


 また、弟子にあげるつもりだったものを後から惜しくなって取り上げるというのもみっともないだろうという職人としての美意識が二本差しを許さなかった。


 ゲルハルトの冷たい態度の裏にあるものは、知ってしまえばどうということのない物であったがジョセルは無駄に悩んだ。


 彼は真面目な男である。そして、独りで抱え込みやすいという悪癖があった。


 高位騎士の手に、騎士殺しと名の付く剣が渡ったのである。彼はそこに神の見えざる手の存在を感じていた。


 伯爵領に仇なす不良騎士どもを粛正しろとの神のお告げなのだろうか。いや、下手にそんな事をすれば下級騎士たちと伯爵の関係が悪化し、かえって迷惑をかける事にならないか。


 聞こえぬ神の声を聞き逃してはならぬと悩みに悩んだ結果、彼は三日で三キロも痩せてしまった。


「お師様、ひとつお願いがあります」


「なんだ。剣を返したいとかいう話ならば相談に乗るぞ」


「いえ、刀匠のルッツどのを紹介していただきたいのです。思えば私はその名を耳にする機会は数あれど、実際にお目にかかったことはありませんでした」


「ルッツどのにな。会ってどうするつもりだ」


 ゲルハルトとしては、出来ればルッツの存在は自分だけが使えるカードであって欲しかった。相手が愛弟子とはいえ、会ってみたいと言われれば少し警戒してしまう。


「聞きたいのです。この剣を打った真意と、私がこれを持ってどう動くべきなのかを。ルッツどのが全ての答えを持っているとは思いませんが、道を照らす明かりにはなるのではないかと……」     


「真意ったってなあ……」


 ゲルハルトは知っていた。ルッツは慣れない剣を打つにあたりテーマがあった方がやりやすいからそうしただけである。


 クラウディアが冤罪で騎士団に捕まった過去があり、その腹いせで騎士殺しなどというテーマにしたのではないかという予想も付く。真意や真理、神の意志などといったものは存在しない。


 ……と、いうことをこの馬鹿弟子に説明したら納得するだろうか。一応その場で頷きはするが、その後悶々と悩みそうな気がする。下手をすればひとりで探しに行きかねない。ならばいっそ、何本か釘を刺した上で行かせてしまうのが妥当ではないか。


「わかった。ルッツどのの住処を教えよう。だがその前にいくつかお主に言っておくことがある」


「はい」


「ルッツどのは城壁外に居を構えておられる。そしてお主はの者を一段見下すようなところがある」   


「そのような事は……」


「無いとでも言うのか。フン、あまり年寄りを甘く見るなよ」


「申し訳ありませぬ」


 かしこまって頭を下げるジョセルであった。


「ここは身分についてあれこれ言うべき場ではないのでひとまず置いておこう。ただし、わしの紹介で行くからにはルッツどのへの無礼は許さん。外の者とは思わず貴人として対応せよ。もしもお主がルッツどのに無礼を働きその結果取引を切られたならば、わしは相応の報いをお主に与えねばならず、伯爵にもその旨報告せねばならぬ。覚悟を決めておけ」


 壁の中にも住めないごろつきを貴族として扱え。身分差の強く激しいこの時代に置いては、なめくじにお茶を出してもてなせと言うほどの暴論である。ジョセルは師の顔を覗き込むが、彼の眼は狂気に染まることもなくいたって真剣であった。


「肩書きではない、その技術に敬意を払え。尊き魂が見えてくるはずだ。高位騎士であり、真実を見抜く目を養ってきたお主ならば出来る!」


「ははッ!」


 何故か感極まって涙まで浮かべているジョセルに、ゲルハルトはルッツたちの住処と彼らの人柄について教えてやった。


 深々と頭を下げてからナイトキラーを固く握りしめて飛び出す弟子の背を、ゲルハルトは少し疲れたような面倒くさいような眼で見送った。


「何かと思い込みの激しい奴だな……。ま、いいや。わしはもう知らねっと」


 ゲルハルトは口笛を吹きながら佩刀はいとうの手入れを始めた。刀を愛でるのに忙しいので、後は若い者同士で勝手にやってもらおう。    

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