/fake news
Hoshimi Akari 星廻 蒼灯
/fake news
高校に上がってから髪を伸ばした。
髪型を変えたのは、自分を変えたいと思ったからで、新しい自分になればおのずと自分を取り巻く世界も変わってくれると、あのときの私は思っていたし、今もたぶん思ってるんだと思う。
けど、まぶたと頬に垂れ下がるようになった髪の毛が変えたのは、私を覆ってる心のカーテンの厚さと、授業中にイヤホンをつけててもバレないっていう、悪い癖をつけたことだけだった。
はじめはずっと音楽を聴いてた。退屈な授業中の、うつうつした気分を和らげるためのBGMとして。だけど同じアルバムをずっと聴いてるのにも、学校の外でその曲を聴いたときに教室を思い出してしまうのも嫌になって、代わりにラジオを聞くようになった。ていってもちゃんと内容を聞きこんでたわけじゃない。先生がまじめに授業をしてる前で、それとは全然ちがう空気のトークと、ポップなBGMが重なって聞こえてくるのが、なんだか面白くって気が
「関東地方で初めて観測いたしました
太陽風のプラズマであるオーロラは長時間にわたり
多くの人を魅了しました」
そんなニュースが流れてきたときも、はじめはぼんやりしながら気にとめず聞き流した。けどふと、オーロラっていえば、小学校のころにそんなのがニュースになってなかったっけ? と思い出す。だから『関東圏で初めて観測いたしました』ていうのが引っかかった。それに、またオーロラなんて現れてたのなら、いくら最近の話題にうとい私でも、全然知らずにいたなんておかしい。
うとうとしてたから、ラジオドラマか何かを本物のニュースとかんちがいしたんだ、と思った。
「来年2061年に迫りました
ハレー彗星の大接近によって、今———
また、うとうとしてて聞き逃してしまった。
けどおかしいのは、ラジオドラマの内容のほうじゃない。後で番組表を見ても、そんなコーナーはどこにものってなかったし、なにより私が聞いてたのはごくごくふつうのラジオ番組のはずで、よく分からないそのニュースが読み上げられるのも、前後の脈絡がまったく無いタイミングだった。
私は教室を目だけでそろりと見回した。
誰かが、べつの電波を混線させてるのかもしれない。放送部の部員が、こういうものを作ってるんだ。——それにしては、ニュースを読み上げる女の人の声はしっかりとした大人で、プロっていう感じがしたけれど。
……あんな声の先生いたっけ。
周波数を合わせても、狙ってその放送を聞くことはできない。
本当に唐突に、私の操作と何の関係もなく急に流れてくる。怖くなってしばらく教室でラジオを聞くのはやめたけど、それでも数日でやっぱり好奇心のほうが勝って、またあのニュースが流れるのを待ち受けるようになってしまった。
何やってんだろう。
相手は、そんな私の反応を見て笑ってるのかもしれない。
そう考えるとムカついたし、目の前の授業とすぐにせまってる期末のことを思ってゆううつになりながら、だから尚更に、私はそのニュースとニュースを流してる犯人探しにやっきになった。
「時刻は午前3時をまわりました
昨日のニュースをお伝えいたします
世界人口が100億人を超えたことによる
居住地区の圧迫が世界問題となっております
一部の専門家からは超高層マンションの乱立により
空が狭くなると考えられております」
どうも、このニュースの世界観はSFみたいだった。けどびみょうに現実味はあって、宇宙船とか、空を飛ぶ車とか、現代とかけはなれたものは出てこない。SFというより、未来予想に、ちょっと空想が混じってる感じが近いのかもしれない。
たぶん、放送部の誰かに聞いてみたら、「こういうのを作ってる」とネタバラシしてもらえたんだろう。そしたら、もしかしたら「興味ある?」、とかそういう流れになって、入部してみたり、仲よくなったりとか、そんなこともあったかのかもしれない。
だけど私は聞けなかった。
たぶん、怖かったんだ。
そうやって、私一人で見つけた、秘密の番組が、現実の世界の中に帰っていって、いもしないイタズラ犯を見つけ出そうと怖さと好奇心にワクワクしてた時間が、蒸発して、どこにも見つからなくなってしまうことが。
見つけたいから、見つけたくなかった。
私は、夢を見ていたかった。
このラジオドラマを使って、誰かの秘密とつながってると想像できる、この時間を、白昼夢を、壊したくなかったんだ。そう思ったら、なんだか、泣きたくなった。
その架空のニュースが聞こえてくるのは教室だけじゃないっていうことに、私はしばらくして気づくことになった。
日曜に部屋の中で音楽を流していたとき、パソコンのスピーカーから突然その声は流れてきた。
「海水面の急激な上昇により
世界各国は対応に追われています
日本政府は近く発出していた移住の勧告を警報まで引き上げ
新しい居住地の開拓を進めています」
思わず体が凍りついて、椅子に座ったまま固まった。
いつものように作り物のニュースを読み上げると、その声はどこへともなく消え去った。
再び音楽がスピーカーからフェードインして、何事もなかったかのように変わらない歌詞を歌ってる。
体に力が戻ると、椅子からはね上がって、部屋のカーテンを恐る恐る開いた。昼の通りを見渡すけど誰の姿も見えない。遠くから自転車が一つ近づいてきてるだけ。それから曲を止めて、パソコンの電源を切った。
以来、イヤホンやスピーカーから場所を選ばず流れるようになったそのニュースは、どんどんと内容もおかしく、物騒になっていった。
世界規模の戦争が起こっただとか、地上の半分が海に沈んでしまったとか、太陽の光が弱まって、生き物がほとんど死んでしまうとか、はては宇宙人が攻めてきて、人間はきっと滅ぼされてしまうだろう、なんて話まで。
ちょうど学校が春休みに入って休みだったから、なんとか耐えられた。もしもこの状態で学校に行かなきゃいけなくて、いつどこからこのニュースが流れてくるかと怯えながら過ごしていたら、きっと、気が狂ってしまっていたと思う。もちろん、自分の頭がだいぶ前からおかしくなってたのかもしれないと疑いもした。けどボイスメモをつけっぱなしにして、録音することに成功したその声を家族に確認してもらってからは、私は好奇心や怖さを通りこして、面倒くさい友だちに向けるようなイライラしかおぼえなくなった。教室で、ラジオのあい間にささやかに流れてただけの頃を経験していたからかもしれない。私にはこのニュースを作ってるのが、ただのひどい駄々っ子で、子供じみた悪戯好きにしか思えなかった。実際はタチの悪い無線マニアとか、はたまた宇宙人か何かだったにせよ、このニュースの作り主の気持ちが、分かるような気がしていたんだ。
架空の世界のイメージを作って、それを誰かに伝えて、実況したいと思ってる——そんな人間を、この声の向こうに想像してた。だから次第に私は、これらの空想が伝えているものの本当の意味について考えるようになった。
気まぐれに滅ぼされそうになる世界。
追いつめられていく人間。
きゅうくつな街。
それらを忘れさせてくれるような、美しい超常現象。そしてここではない、どこかにある時間——。
すっかり春めいて、暖かな空気が吹くようになった3月の半ばに、〝彼女〟は、突然ニュースの向こうがわから現れた。
今まで聞こえていた、大人の女のひとの声じゃなかった。
「でも、こんなのは、全部嘘なのです
わたしが今までお伝えしたニュースは、すべてフェイクニュースでした
どうだったでしょう。たのしかったでしょうか?
わたしはたのしかったです。でも、これらのニュースをたのしいと思ってくれた人が
わたし以外に、ひとりでもいたのでしょうか
それは分かりません。分かることはないのです
なぜなら、わたしたちは、同じ世界に住んでいるように見えて
実は全く違う時空に生きているからです
たとえわたしたちが同じ時間、同じ場所にいたとしても
わたしと、あなたの世界が重なることは決してありません
わたしたちはみんなバラバラなのです
だけど、自分の世界を明かさないかぎり
誰もわたしのことを見つけてくれることはない
わたしはその言葉を信じて
わたしにとっての、本当のことを話し続けました」
私と同い年くらいの女の子の声に聞こえた。
手に持っているシャーペンが震える。せっかく、机の上にはノートも携帯もあったのに、メモも録音もしてなかった。パソコンのスピーカーから流れる声を聞いて、声だけのその相手の顔を画面に探してる。そこに反射して映ってるのは私の顔だ。髪がどこまでも伸びて、変化を待ちわびた日の数だけが、ただ積み重なっていく。
「わたしの世界は、ここには見つかりませんでした
わたしは、自分を、時間のすきまに刻みつけて、忘れてしまうことにしました
最後のニュースです
明日に迫った閏秒の観測のために
多くの時計会社では調整が求められております
8時59分59秒の次に8時59分60秒が追加され
暦の修正が行われます」
だけど、私に何ができただろう。
彼女が何を考えて、どういう手品で声を届けていたのかも、私にはわからなかった。ただ一つわかってたのは、もうスピーカーからおかしなニュースが流れることはない、っていうことだけだった。
私にできることなんて、ただ闇雲にさまようことのほかに何もない。だって彼女は、見知らぬ他人にあのニュースを届けながら、同時に誰ともつながることを拒んでいたんだから。
夜明けの街を私は歩いた。
家族の誰もまだ目を覚まさないうちに。眠れず徹夜した重いまぶたが閉じて、ベッドに倒れてしまわぬうちに、行く当てもなく、自分のためにも、彼女のためにも、何をしたらいいのか分からないまま。春休み中の私にはそんな無意味なことがゆるされてた。
彼女はもしかしたら、ニセモノのニュースを作ることくらいしか許されてなかったのかもしれない。
嘘だけが、彼女の自由に生きれる、自分の気持ちを伝えられる世界だったんだ。
けど、それは私だって同じだ。——それでもあなたは、みんなバラバラだって言うの?
街には少しずつ人通りが増えていく。半分眠りかけの目とフラフラの足どりで進む私を、通りすがる人たちが見てる気がするけど、それも頭がぼんやりしてどうでもよくなる。
私だって、そんな世界を生きたい。街をビルの上からのぞきこむ巨大な宇宙人や、世界の終わりと向き合う日々や、人の誰もいなくなった通りや学校に自分だけの城を作りたかった。
時間のすきまに刻みつけて、それで忘れてしまうことなんてできるの?
少なくとも、あなたがあなたを忘れても、私は忘れられない。
あの子が最後と言った言葉の意味が、私には分かった。時計の針が進んでいく。画面のデジタル時計を眺めたって、8時59分60秒がいったいどこにあるのか、私にはわからない。アナログ時計の針のカチカチいう音が耳について眠れなくって、私はずっと前に、部屋にある全ての時計の電池を抜いていたから。
「勝手に話しかけて、勝手にどっかに行かないでよ……」
大きな通りを外れて、誰もいないビルとビルのすき間に逃げ込むように入る。
非常階段のすぐ下に、ラジオが一つ落ちてるのを見つけた。
歩いてきた通りにまだ人は多くなかったけど、人酔いしてた。寝てないせいで頭がガンガンと痛い。脈動のたびに視界が白く明るくにじむ。今すぐどこかに座って休みたい。眠りたい。
けどそこに落ちてる小さな箱型の機械が、私を呼んでる。
たぶん、私じゃなくてもよかったんだ。誰かがいさえすれば。
拾い上げたラジオは、こんな場所に落ちてたのに全然きれいで、けど何かの衝撃で右上後ろの角が少し凹んで、プラスチックにひびが入ってた。
電源はオンになってる。流れてるのは小さなノイズ音だ。音量を上げてみたけど、何も声は聞こえてこない。チャンネルが合ってないんだ。
非常階段の上を見上げた。ここに落ちてるってことは、落とした誰かはついさっき階段を
そしてやっぱり、彼女はそこにいた。
「待って」
私は叫ぶ。声がかすれる。
3、4階建てのビルの屋上に立って私を見ていた彼女は、その声に気をとられて——
8時59分60秒を見逃してしまった。
「嘘でもいいじゃん。たのしかったよ」
私の声の輪郭が、彼女に届いてたかどうかはしらない。
わーわー言って、口をパクパクしてるのが見えてただけかも。
彼女は私をのぞきこんで、何も言わなかった。遠くって表情もよく見えない。暗い夜の底みたいな彼女の瞳の色だけが見えて、そのまま私は、気を失ってた。
*
目が覚めたら、街はすっかり動き出していた。
私は汚いビルの壁に背中をもたれてて、膝の上にさっきのラジオが置いてあった。立ち上がって、汚れた服の背中を手ではたく。
何も言わずに去ってくなんて、そんなのあり? メモもない。このラジオの他に残していったものはなくて、そこにも名前も何も書いてない。
きっとそういう子だったんだ。あんな空想のニュースを散々人に聞かせておいて、だけど現実じゃ誰にも話しかけられない。……私と同じだ。
ビルのすき間を抜けて通りに出る。人ごみをさけて、今まで歩いたことのない道を歩いてく。
「嘘だっていいよ。また話してよ」
ラジオは誰ともつながっていないけど、私はスピーカーに向けてそうつぶやいた。それから、思った。今度は私が、私の世界のニュースをあの子に届けよう。どうやってつながっていたのかも、どこまで届ければあの子に伝わるのかも分からないけど、やってみたい。
たぶん私たちの前には、まだまだ世界が広がってる。
また春がくる。
桜が咲いて、新しい教室の新しいクラスに通いはじめる。そしたらまた何かためしてみればいい。髪を切ったり、作りものの世界を創造して、それがだめだったらまた別のことをやってみる。
嘘から出たまことだってある。
新しい嘘の自分を、何度でもつくって、そしたらいつか、きっとまた会える。
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