小説鉱山
藤光
第1話 幻想書店
「本屋」がひとり、店番をしている。
【Book 】は、その日もいい天気となるはずだったが、例によって【Page188】周縁部に広がる青い空はところどころ剥がれ落ちていて、赤や緑、橙などさまざまな色に明滅するノイズがあちこちに顔をのぞかせていた。空を映した
市内と郊外を結ぶ鉄道の高架下には、いくつかの商店が肩を寄せ合うように集まって小さな商店街を作っている。そのなかほどに古びた書店があり、店先の路上にみすぼらしい立て看板を出している。看板に書かれた書店の名は「幻想書店」。その隣で店主である「本屋」が店番をしていた。
本屋は店先出してある錆びた丸椅子に腰を下ろして空を見上げていた。市街地の外れにあるこの「
「いい天気だね」
話しかけてきたのは、幻想書店の右隣に店を構える「金物屋」だった。店先には、路上にはみ出して鍋やざる、フライパン、洗面器などが並べられているが、客がそれを買っていったところは見たことがない――金物屋が営むのはそんな流行っていない金物店だった。
「ああ」
「ノイズのせいで鳥が霞んで見えなくなっちゃった。最近の電力不足はひどいよね。なんとかならないのかなと思って、ぼくの知り合いが市役所へ行ったんだ。連れ合いが亡くなったって死亡届を出したのさ。もちろん受理されなかったんだけどね。ああ、そうじゃない電力不足の話だよ……」
本屋はこの話を金物屋から何十回と聞かされて結末を知っていたが、途中で「結局、『電気のことは発電所に聞いてくれ』と言われたんだよね」と先回りすることは決してなかった。人がなにかを話しだしたときは、それをぜんぶ聞いてあげるのがいい。話というものはその内容よりむしろ、話すこと自体に目的がある――そう知っているからだ。
金物屋の話を聞いているうちに、空を飛ぶ鳥たちは黒い山の稜線に見えなくなった。どこへ行くのだろうと山の方を見ているうちに男がひとり、その黒い山の方角から鉄道の高架沿いにこちらへやってくることに気がついた。
「あれ、珍しいね。こんなところに人がやってくるなんて。お客さんかもしれないよ。こりゃ大変だ。店をきれいにしなくちゃ。鍋を片付けて、フライパンを軒先に吊そう、ノコギリはどうしたらいいかな? 花屋を読んでくるよ」
「ああ、たのむよ」
カランカラン、ガチャガチャ、ゴツン――とさまざまな音をたてながら、金物屋は店に転がり込んでいった。店の外にまで無秩序に溢れた金物の山をどう片付けようというのか、本屋にはおかしくてしようがなかった。
やがて、赤錆の垂れたコンクリート擁壁沿いの道をまっすぐに新幸町高架下商店街へやってきたのは、本屋が「小説家」と呼んでいる男だった。
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