C.S.I.S ~沿岸学校捜査局~

ニセタヌキ

Chapter 1 ~start to end~ 

 ラジオから音割れ気味なラテンポップが流れる、日差しと相まって午後の気だるさは3倍増しといった所か。

「やっぱりド干潮の若潮じゃないのかなぁ」

 エメラルドグリーンな海との境界線、突き出た半島の先っぽ、森に飲み込まれそうな小さな入り江には、二隻の船が並んで停泊している。

 投錨しているのは小型の漁船、その隣に並んでいる高速艇はデッキに物々しいマズルブレーキが目を引く大口径機関銃が乗っており、船体後部には中部第弐一貫校の略称、中二貫校の校旗と密漁取り締まり中の旗が弱い海風に力なく泳いでいる。

「ベタなぎだしな、なんで今日こんな時間に巡回なんだ?」

 浅黒い壮年の漁師がカニ網を下ろしつつ、高速船の舳先から釣り竿を垂らしている黒いショートカット、セーラー服でぐったりしている日焼け少女へ話しかける。

 話しかけられた少女は竿を抑えながらデッキに寝転がる、深紅のインナーカラーが日差しに光った。

「ダイナのおかげだよ、課題の提出が午後イチだってのに思い出したのが昼メシ食べてる時だもん、慌てて巡回ルートねじ込んで出てきたのさ」

 寝転がったまま折り曲げた指で後部の日陰になった後部のコクピットを指さす。

「しょうがないよ、最近妙に寝つきが良くて夜は寝ちゃうんだよ」

 ダイナと呼ばれたグレージュでウルフカットの同じセーラー服の少女が抗議の声を上げる、手元の数学問題集はなんとか8割程埋まっているようだ。

「健康なのはいいけど、花の女学生として今は健康より補習の回避なんじゃねえの?」

「バンは最近寝つき悪いもんね」

「ダイナのは寝つきがいいんじゃなくて気絶なんじゃないの?」

 バンと呼ばれた少女はデッキへ寝転がりながら、時折アタリを確かめるように延べ竿(リールの無い釣り竿)にテンションを掛ける、魚の気配は未だにない。

「涼んでりゃいいのになんでこんな日に竿出すんだ、アジサバしか居ないぞ」

「前回の若潮で干潮の時にクソでかいキジハタ逃がしてるんだよ、ワンチャン、と思ったんだけどなー」

 漁師の言葉に体を起こしてバンは舳先から足をブラつかせながら入り江の先を見つめる、少し強めの風にスカートがはためくが、ジャージ着用済みなので問題はない。

「まあオッサンにも用事があったしな、ナーさん、リストちょーだい」

 呼ばれたダイナは「市場調査リスト」というタイトルと、安城 大那(やすき だいな)と自分の本名が大きく書かれたクリップボードをバンに投げた。

 せんきゅーと片手で危なげなく受け取りバンはリストを開く。

「野菜と海産物の価格傾向知りたくてな、最近市場に行けてないから調達委員殿から催促されててよ……肉も燃料も変わんないだろ?」

「肉も燃料も大きく変わらんな、野菜は山田ファームが実働に入ったから全体的に値下がり傾向、海モノは前月と変わらん、こうやって小遣い稼ぎができる程度には高いままだよ」

 漁師はカニ網を仕掛け終えたのか水筒から水をがぶ飲みして塩タブレットを齧る。

「おめーらもタマには市場に来い、店が増えてる」

「また今度な、なんか最近ミョーに忙しいんだよね」

 バンは細かい値段をリストにメモし、これまた高坂 万莉(たかさか ばんり)と自分の名前が大書きされた学校指定のダッフルバッグにリストを入れデッキの収納に投げ込んだ。

「その忙しい中、密漁のオッサンを見逃し操業させてやるアタシらの優しさよ」

「見返りは十分出してる筈だぜ」

 ほらよと漁師は赤い札のついた鍵をバンへ投げ渡す。

「6番の冷凍倉庫だ、2割程度なら持って行っていい、夜の巡回でな」

「2割?最近太っ腹だね?」

 かなりの好条件にダイナが書き込みの手を止め、口をはさむ、何時もは1割程度の譲渡だったはずだ。

「3番島の学校が無くなるって話だろ、アレのおかげでダブついててな、あんまり長期保管しておくわけにもいかん」

「なーるほどね、バンが最近忙しいのもそれが理由だし」

 大変ですねーと呑気につぶやいてダイナは問題集へ集中を戻す、対照的にバンはシブい顔だ。

「そうなのか……まあいい、話が変わるが3番島近辺の仕掛け回収「護衛」を頼みたいんだが」

「話が変わってねえんだ、アタシが忙しいのは3番島方面からの輸送護衛を増やせっていう話が港湾局から来てんのさ、こっちは「本当の」護衛の話、余裕が無いね」

 うんざりした顔でこの話は終わりという風に手をひらひらさせるバン、漁師は少々不機嫌な顔になるが、どうしようもないなと引き下がった。

「まあ近いうちになんとか市場には顔出すから詰めようぜ」

「わかった、こっちはそろそろ引き上げるがそっちはどうする」

「もう少し「違法操業の捜査」でもしていくよ、まだ終わらなさそうだしな」

「お世話かけます……」

 トホホといった顔でダイナが情けない声を上げる。

「なんにも無きゃ30分くらいだからもう少し」

『至急至急至急!4号艇!こちら本部!』

 大那の目の前にある無線機が突然声を上げた、言い終える前に遮られたダイナが渋い顔をしながらマイクを取る。

「はーい、こちら4番艇ダイナ、違法操業の重点調査中」

『よかった!海岸沿いに6号水道にむけて高速移動する物体あり!目視で確認願います!』

 無線が言い終わる前に鈍いエンジン音とチュンチュンとスズメのような特徴のあるノイズが遠くに響く、森に囲まれたここでは方向や距離を確認することは不可能だ。

「クソ、ヘリだぞ!ダイナは銃座、おっさんは岸沿いにズラかれ!補足されるなよ!」

 釣り竿を一瞬で畳み、仕掛け巻きに適当に釣り糸を仕舞ってバンはコクピットに駆けこむ。

「あとちょっとなのに!」

自分の課題をバッグにぶち込みバンと入れ替わるようにデッキへ出るダイナ。

「気をつけろよ!」

 漁師のオッサンが高速艇とのもやい綱を一瞬で解除し船を自由にする。

「さんきゅーです、また市場でね!」

 デッキの固定具に自分を固定したダイナ、インカムを装着しコンソールにジャックを接続する。

「寄り道せずに帰るんだぜオッサン! 行くぞダイナ!」

「おっけー!」

 バンがアイドルから徐々にスロットルを上げていく。

 入り江を出ると半壊し放棄されたスクラップが散見される、舳先を突き出した軍艦、上部構造物が吹っ飛んだ大型漁船、海へ突っ込んで尾翼をさらしている大型機、2発推進タイプの航宇艦、増殖途中で撃破されたロボット兵器の塊、そんなものを軽やかに回避しつつ高速船は舳先を掲げてフルパワーで残骸の間に見えるヘリを追いかけ始めた。

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