第33話 ばったり偶然

 声を掛けられた方を見ると、そこには意外な人物が立っていて、俺は思わず目を見開いてしまった。


「お、奥沢さん⁉」


 なんとそこにいたのは、奥沢さんだったのである。

 一人で買い物に来ていたらしく、グレーのオーバーサイズのトップスに、シアースカートという、普段の制服姿とは違って一段とまた大人びた格好をしていた。


「奥沢ってもしかして、アンタが言ってた彼女もどき」


 黒亜が隣でボソっと呟きつつ、奥沢さんへ威圧的な視線を向けている。

 一方の奥沢さんは、申し訳なさそうに俺と奥沢さんを交互に見つめながら話しかけてきた。


「こんにちは雪谷君。えっと……もしかして、声掛けちゃまずかった?」

「いやっ、全然平気だよ! 買い物に付き合ってただけだし!」


 ギュイッ!


「いってっ⁉」



 直後、俺の足を黒亜が思い切り踏みつけてきた。

 俺が黒亜を睨みつけると、彼女は唇をつーんと尖らせて、不機嫌そうな様子でこちらを見上げてくる。


「な、何すんだよ⁉」


 俺が小声で𠮟咤すると、黒亜は完全無視するように知らんぷり。


「ごめんね奥沢さん。えっと、こいつは俺の幼馴染の大塚黒亜」

「あっ、そうなんだ。初めまして、雪谷君と同じクラスの奥沢優里香です」


 奥沢さんが律儀に挨拶すると、黒亜は不貞腐れたように視線を向けた。


「知ってる。コイツの偽の恋人やってんでしょ?」

「なっ……おい黒亜!」


 俺が窘めたのも束の間、何を血迷ったのか、黒亜が突如俺の腕に絡みついてきたかと思えば、自身の胸に手を当てながら言い放つ。


「いい! アーシは今、コイツとデート中だったの。偽の関係だか何だか知らないけど、アンタになんか絶対に負けないんだから!」

「おい、黒亜!」


 俺が戒めるものの、黒亜はそんなのお構いなしといった様子で、奥沢さんへ向かって堂々と宣言してみせる。


「あははっ……やっぱり二人は、昔と変わらず、仲がいいんだね」


 奥沢さんは怒るどころか、嫌な顔一つせずに温かい笑みを浮かべていた。

 というか今、昔と変わらずって言ったか?

 黒亜とは初対面のはずなのに、まるで昔から俺と黒亜の関係を知っているような口ぶり……一体どういうことだ?


「それじゃあ雪谷君。また学校でね」

「えっ、あっ、うん、またね」


 奥沢さんは空気を読んでくれたのか、長居することなく、くるりと踵を返して俺たちの前を後にしてしまった。


「ふん、尻尾を曲げて逃げて行ったわね」

「何やってんだお前は」

「いったぁ⁉」


 ドヤ顔で調子に乗る黒亜に向かって、俺が脳天へチョップをかますと、黒亜は涙目になりながら頭を押さえて、こちらを睨みつけて来る。


「何すんだし⁉」

「それはこっちのセリフだっての。いきなり初対面であの態度はないだろ」

「うっさい! 元はと言えばアンタが仮の彼女とか言う訳の分からない女を作るからいけないんだし!」


 反抗する黒亜に、俺は再び脳天チョップをもう一発かます。


「痛ったぁ⁉ ちょ、暴力反対!」

「はいはい、分かったから喚くのはもうよせ。周りのお客さんの迷惑だぞ」


 黒亜が大声で叫んでいたおかげで、近くにいた人たちが全員俺たちの方へ奇異な視線を向けていた。


「暴力……DV彼氏……」

「いや、実はそういうアブノーマルなプレイが趣味の関係なのかも」


 周りからの噂声が不穏な感じだったので、俺は手を引いて先ほど選んだ服を買うため、店内へと入っていく。


「ほら黒亜、選んだ服買って来い」

「なっ……むぅ……」


 黒亜は納得いかない様子といった様子で押しふくれっ面を浮かべてしばらくこちらを見つめていたけれど――


「……後で覚えてなさいよ」


 という捨てセリフを残し、渋々レジへと向かっていった。

 辺りのピリピリとした空気が落ち着いてきたところで、俺はようやく一息つく。


「にしても、まさか奥沢さんに遭遇する羽目になるとは」


 色々と勘違いされちゃったかもしれないので、後で誤解であると連絡をしておこう。

 そしてふと、奥沢さんが先ほど言い放った一言が気にかかる。


「やっぱり二人は、昔と変わらず、仲がいいんだね」


 まるで、俺と黒亜の関係を知っているようなセリフ。

 俺と黒亜が一緒にいるところを、実際に見たことがあるのだろうか?


 そんなことを考えこんでいるうちに、購入を終えた黒亜が紙袋を片手に持った状態で戻ってくる。


「お疲れさん」


 俺がそう労うと、黒亜は眉根を潜めつつ、俺の耳元へと顔を近づけてきた。


「ちょっとイラつくから、今から私に付き合いなさい」


 そう一言言って、黒亜は一人でさっさと歩きだしてしまう。


「おい、どこ行くんだよ?」

「いいからついてきて!」


 黒亜はむすっとした口調でそう言い放つと、またもやスタスタと歩いて行ってしまう。


「ったく、しょうがねぇな……」


 まあ、今日は元々黒亜の予定に付き合う予定だったので、俺は彼女の後を追ってついていくことにした。

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