第35話『少しとおが立った腐れ蛇女』


 ガラガラゴロゴロ。轍に車輪を取られながらも、街中を馬車で行く。


「人も少なくなって来たわねえ~」

「で、御座るな~」


 夕暮れが近付くと、港から街の中央へと抜ける大通り沿いに、毎日の様に開かれていた市も、そこかしこに店じまいとなり閑散として来る。

 そして、そこかしこから夕餉の支度をする気配が、火を起こす竈の匂いや、煮炊きをする甘い香りが漂い出し、得も言われぬ雰囲気を醸し出す。


 さて。ジャスミンとハルシオンが大変な目に逢っている頃、シュルルとミカヅキはのんびりと街中へ買い物に出かけました。


 生活に必要な物を買い揃えておくのと、何か食べる物を手に入れる為にね。

 折角パン焼き窯が使える様になったんだから、早速使ってみたいじゃない?


 うふふふ~。


「それにしても~」

「ん~」


 御者台で手綱を引くミカヅキが、実に居心地が悪そうに顔を反らすから、ますますニヤニヤと隣から覗き込んでしまうのよね~。

 もう、さっきからニヤニヤが止まりません!


「え~? 荒野で行倒れてた人族拾って、お世話しちゃうなんて~。どうして~?」

「た、たまたま、獲物が獲れ過ぎたから、腐らせるよりマシと思って飯を喰わせてやっただけで御座るよ。たまたま。そう! あれはたまたまで御座った!」


 うぷぷぷ~。

 何、耳まで真っ赤にしちゃってるのよ~。馬の尻尾みたいに、髪もぷるんぷるん振っちゃって。分かり易いんだから。


「え~? たまたまで季節が一回りするよりも長く、一緒に暮らしてたの~? 変なの~」

「あ~、あれは~で御座るな~。たまたま。そう! あれはたまたま、大雨が降って沼が溢れたり、大雪が降って出られないねってなって……」

「たまたまねえ~?」

「た、たまたまで御座るよ!」


 うぷぷぷ~。


 そんな私に、ミカヅキはぷうと頬を膨らませたまま、じろりと睨み返して来ました。あ~、恐い恐い♪


「先生は何か大望をお持ちなのだ。それがしに剣の手ほどきをされたのも、ほんの気まぐれ。黙って出ていかれたのも、それがしを巻き込まない為で御座るよ」

「だから、追いかけるの? それって、先生とやらの意向に背く事にならないのかしら?」

「良いんで御座る! せめて文句の一つでも言ってやりたいというもの。そうでもしなくては、腹の虫が収まらぬで御座るよ!」

「はいはい。ご馳走様です」

「な!?」


 口ではああ言ってるけれど、まぁ見え見えよね?

 あわわって顔が可愛いったらありゃしませんよ~。

 でも、こうしてみると二尾とも私より大分進んでるって事じゃない!? あれれ? 変だな~? おかしい。私が言い出しっぺの筈なのに、私が一所懸命おじいちゃんおばあちゃん相手に、ひいひい勉強してる間にみんな楽しくやってたって事じゃない!?


「うぇっ!? ど~いう事!?」

「な!? 何で御座るか!? も、もう逆さに振っても、何にも出ないで御座るよ!! それより、そっちの浮いた話を聞かせる番で御座ろう!?」

「え!? 私!? 私かぁ~……」


 な、何かあったっけ? 恋ばな? 素敵な出会い?

 えっと……探索者始めた頃に出会ったシーフギルドの結婚詐欺師や聖女詐欺グループのおっちゃんに、偽薬売りのちんぴらお兄さんたち、三代続いた当たり屋家業の……愚連隊の薬中さんたちに……えっ!? あれ!? まともな異性が居ない……一人くらいは、一人くらいはまともな人が……?


 呼んだ?


 脳裏にキラキラさんが。違う! お前じゃ無い!

 頭をぶんぶん振って、あのキラキラなイメージを追い払う。危ないところだったわ。

 冷汗をぬぐい、肩で変な息をする私。

 はう!? 頬にデカハナさんのお鼻の感触が蘇る~!


「き、聞いたそれがしが悪かったで御座る……」

「ふええ~?」


 ミカヅキに、そっと目を反らされてしまったわ。うえ~ん。



 失意の底に沈められた私を乗せた馬車は、ようやくそこかしこで片付けの始まった市に到着しました。


「じゃ……行って来る……馬車の番、お願いね……」

「あ、ああ……ま、任せるで……御座るよ……き、気をしっかり持つで御座る。その内、良い事もある筈で御座るよ!」


 何か気まずい。


「ふ……ふふふ……ありがとう。行って来る……」


 影を引き摺る様に、尻尾を引き摺る私。

 吊るされた海鳥にハエがたかってるわ……

 少し腐りかけた青菜に、元気な青虫が蠢いて、青いうんちをぽろぽろしてる……

 死んだ魚の目が、赤みを帯びてぎょろり私を見つめて来るの……

 ああ、世界が蠢ている。

 私の様な腐れ蛇女は、一生、ただ食べて呑んで排泄してを繰り返して、漠然と生きていくしか無いのかしら……


「おじさん。この少しとおが立った玉ねぎとニンジン、箱で貰うから少し負けて頂戴。これだけ買えば、金貨、使えますよね?」

「え? 箱で!? 勿論ですよ! ああ、ありがとうございます! おつり、銅貨が大分混じっちゃうけど良いかい!?」

「構いませんよ。むしろ、銅貨多めで」

「へい、毎度!」


 私、今日初めてなのにな……


 そんな事を思いながら、漂う浮き草みたいにお店の売れ残った野菜や根菜、魚等を買い漁っては、いっぱいの木箱や麻袋を小脇に抱え、馬車とを何往復も。

 私があんまり軽々と持ち上げるものだから、みんな変な目で見るんだけど、ラミアと人間じゃ下半身の筋肉量が違うのよね。この程度で、ふらつきなんかしないわ。


 ひ弱でちっぽけな人族なんか、どうでも良いんだからね。ぐすん……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る