第81話 【エルフリーデのお話】―4

「皇帝陛下、このような丘の上では流れ矢が飛んできて危のうございます」


「なに、多少の流れ矢程度なら気にしたものではない」



 丘の下方、東に構える約1万のサディスティア王国軍。西には僅か百のアマノガワ王国軍。いや、軍とよべるレベルの人数ではないな。



「それよりワーグマン将軍。アマノガワ王国が百倍の敵とどう戦うか、興味深いだろ」


「アマノガワ王国には剣聖と大賢者がおりますゆえ、個の武勇頼みといったところでしょうか」


「フフン、妾がただ遊びにアマノガワ王国に行っていたと思うか?」


「はい。宰相閣下がなかなか帰ってこないと嘆いておりましたゆえ」


「クッ、いいから座れ!」



 妾は丘の上に設置した椅子にドカッと座った。妾が座れと言ったワーグマン将軍は腕を組んで草原に展開する二つの軍を睨んでいる。



「フフ、気になるか?」


「気にならない方がおかしいですな。正面の百の部隊は囮りか罠か。普通ならそう考えますな」


「では罠だとしたらどうする」


「サディスティア王国軍の陣容は、騎馬が千、重装戦車ヘビーチャリオットが五百、弓兵が千、魔術部隊が少々……五十もいますまい。後は歩兵といったところでしょうか」


「それで?」


「歩兵を動かしては臨機応変な対応が出来なくなります。故に弓兵による射撃後は騎馬隊による牽制ではないかと」


「なるほどな、しかし……」


「はい。サディスティア王国は重装戦車ヘビーチャリオット隊による短期決戦を挑むようですな」



 サディスティア王国軍は何も分かっていないな。弓矢代をケチったツケは高くつくぞ。


 中央を固める歩兵が左右に分かれ、重装戦車ヘビーチャリオット隊が前面に出てきた。


 重装戦車ヘビーチャリオットは、鎧を纏った2頭の馬、それに引かれた馭者台の上に、軽装の兵士が二人搭乗している。一人は馭者で、一人は馭者台に固定された大型の突撃槍ランスを握っている。


 そんな重装戦車ヘビーチャリオットが五百もいれば駆逐力もかなりのものだ。しかし、そう上手くいくかな。フフフ。



「陛下、何やら楽しそうですな」



 どうやら笑みが溢れていたらしい。



「他人の不幸は楽しいからな」

 


 アマノガワ王国軍を見れば、護衛の騎士に囲まれているトーマが右手をゆっくりと掲げ、正面に降ろされた。そして勢いよく腕を横に払う。



「な、なんだあれはッ!!」



 百戦錬磨の名将ワーグマン将軍さえもがド肝を抜くほどのインパクトのある演出だ。やるなトーマ。



 重装戦車ヘビーチャリオット隊と両翼の歩兵部隊に相対する形で、約五千あまりの自動人形オートマターが一列横帯で突如現れた。



「あれが、妾がアマノガワ王国と敵対したくない理由の一つだ。しかしブレードタイプじゃないのか?」



 アマノガワ王国で見た戦闘型自動人形オートマターは両手がブレードになっている銀色の自動人形オートマターだったが、草原に現れた自動人形オートマターは、木でできた木偶人形のようにも見える。


 動き出した重装戦車ヘビーチャリオット隊はもう止まりそうにはない。



「陛下、あれはいったい何なのですか!?」


自動人形オートマターだそうだ」


自動人形オートマター? あんな物で戦争が出来るのですか?」


「オーク並には強いらしいぞ」


「あんなのが!?」


「そうだ。あんなのがだ。将軍、あなたはアレと戦いたいと思うか? ちなみにトーマはアレを無尽蔵に作りだせる」


「い、いや、アレとは戦いたくないですな。我が兵が負けるとは思いませぬが、一方的な消耗戦となるのは必至。戦う意味が見いだせませぬ」


「妾もそう思うぞ。しかしだ、あの・・トーマが消耗戦を仕掛けられるかが、この戦争の鍵となるな」


「鍵ですか?」


「ああ、そうだ。アマノガワ王国のトーマ国王は、言ってしまえば普通の少年だ」 



 見ればワーグマン将軍は困ったような顔で妾を見ている。



「フフフ、そうだな。普通の少年にあの様な真似は決して出来はせぬ。言葉を変えよう。トーマは国王の器ではないのだ」


「と、言いますと?」


「トーマは良くも悪くも優しい少年だ。しかし戦争が始まってしまえば必ず人は死ぬ。サディスティア王国軍が引かぬなら、トーマは一万人の命を奪わねばならぬ。逆にそれが出来ぬのなら国を守る事は出来ぬ」



 王とは人の生殺与奪せいさつよだつの権利を持っている。優しいトーマがその権利を持っているようには見えない。


 重装戦車ヘビーチャリオット隊が間もなく自動人形オートマターが並ぶ隊列に襲いかかろうとしている。華奢な自動人形オートマターが 重装戦車ヘビーチャリオットの質量に耐えられるとは思えない。


 そして、トーマが再び右手を上げて、振り下ろす。


 はっ? へっ? うそッ!?



「陛下! あの黒い盾はなんですか!?」


 

 トーマの魔法によって全ての自動人形オートマターに黒い盾が装備された。



「ば、化け物か……、トーマ・アマノガワ……」



 重装戦車ヘビーチャリオット自動人形オートマターの隊列に突撃した。


 そして黒い盾に衝突した瞬間、重装戦車ヘビーチャリオットが姿を消した。


 続く重装戦車ヘビーチャリオットも、更に続く重装戦車ヘビーチャリオットも、黒い盾に衝突した瞬間に姿を消していく。



「へ、陛下っ!?」


「あの黒い盾は――――」



 こんな戦い方はトーマ以外に今代でやれる者はいない。いや、過去の戦史においてもこんな戦い方をした記録は見たことがない。



「五千の自動人形オートマターが持つあの黒い盾は……【ゲート】だ」



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