7.敵地へと降り立つ《魔力砲頂上》

 アメリカ、ボストンの夜空を、一機の輸送機が超スピードで駆ける。


 その輸送機には科学的も魔力的な探知にも対応したステルス機能が搭載されているとはいえ、流石に街中を堂々と飛んでしまえば意味もない。


 その輸送機を追うように、もう一機。アメリカの戦闘機が、不法侵入を許してしまった敵機を撃ち落とすべく、魔力砲をバンバン景気良くこちらへ撃ちまくっている。


 にも関わらず、輸送機の扉が突然開け放たれた。開いたそこへ立っていたのは当然、圭司けいじとその魔法人形ウィズドールたちだった。


「悠長に着陸なんてしている暇はない。タイミングを見計らって、メーザンド・タワーへ飛び移れ。この状況下だ、チャンスは一度きり。……世界の命運は託したぞ、『多重接続者マルチコネクタ』」


「もちろん。……ありがとう、些蜜さみつさん。俺たちの力だけじゃ、絶対にここまで辿り着けなかった。助かったよ」


「礼なら後でゆっくりと聞かせてもらおう。……改変前の世界で、な」


 絶対に破ることのできない契りを二人で交わして。


 今では観光スポットとなっている最強の魔力砲――『メーザンド・タワー』の頂上スレスレを通った輸送機から、三人の影が空を舞った。


 圭司は、納乃ののによって抱きかかえられる形になっているが……最高速で飛んでいる輸送機から、タワー頂上へ着地するという離れ業を、ただの人間である彼がこなすのは流石に厳しいので仕方ないか。


 だが、人の域を超えた身体能力を発揮可能な魔法人形である二人ならば、息を吸うかのように容易く成せる業だった。


 スタリと、華麗に着地した二人。一見、順調に進んでいるかのように思えた。だが、忘れてはならない。タワーの頂上とはいえ、ここが敵地ド真ん中であることを。


 その攻撃は、着地したタイミングを狙ったかのように飛んでくる。――ゴウッ!! と。横薙ぎに振るわれたのは、巨大な金属の刃だった。それも、ただの刃ではあり得ない、妙に伸縮性のあるしなやかな挙動で。


 それ故に、軌道を読んで、咄嗟に避けることができなかった。二人を巨大な刃が切り裂こうとする。


 ……が、そうはならなかった。巨大な刃が風を切るように迫ってくる音とは別で、溜め切った魔力を放つ轟音が同時に響き渡る。


 その音の正体は――抱きかかえられながらも魔法銃を握る圭司が放った、水色の魔力弾。


 向かってくる刃を受け止め、軽く時間を稼ぐくらいならば容易い。


 そして圭司には、このあり得ない挙動をする刃に既視感があった。


「『メタル・オペレータ』……か」


「ふうん、アタシの得意魔法を知っているのねぇ。まあ、知っていたところで――果たして、このアタシを止められるかしらぁ?」


 タワーの頂上で待ち構えていたのは、紛れもない。金髪碧眼のポニーテールにTシャツとパーカー一枚。下はショートパンツで脚をさらけ出している、明らかに戦闘向けではないその格好。改変前の世界で、生きるか死ぬかの戦いを繰り広げたMagiCAマギカの魔法師、シェロン・ルイスだった。


 この世界では、『多重接続者』を巡る戦いは起こらなかったはず。……ならば、あの時倒したはずの彼女が生きていてもおかしくはない。何よりここ、ボストンは、彼女の所属する魔法機関、MagiCAの本拠地でもあるからだ。


 何かを言い返せる暇もなく、銀色の刃が再び横へ大きく振るわれる。


 だが、仮にも一度は乗り越えた相手。領域魔法には頼れないにしても、今の彼らならば敵ではない。


 ――キイイインッ!! と金属同士が触れ合う音が鳴り渡る。奈那ななの二刀流と、巨大な刃がぶつかり合う音だった。


「マスターと納乃はあの魔法師を!」


「ああ」「はいっ!」


 魔法銃を握る圭司と納乃は、シェロンの元へと走る。今も液体金属の刃は奈那が受け止めてはいるものの、まだ追い詰めたとは言い難かった。


 何故なら。彼女は、液体金属があるならば、攻撃も防御も同時にこなせるからだ。


 シェロンは、パーカーの内ポケットからビンを取り出すと、その蓋を開き、中身の液体金属を宙へと撒き散らしてから一言。


「――『メタル・オペレータ』。アタシを守る、絶対の盾となりなさぁい?」


 彼女の言葉に応えるように、撒き散らされた液体金属が一点に集められ、盾を形造っていく。


 だが、命じた盾は一つだけ。そして、相手は圭司と納乃の二人。


 シェロンの元へと走る二人は、途中で左右二手に分かれ、銃へと魔力を込める。シェロンを守る『絶対の盾』は、納乃の魔法銃の射線上へと立ち塞がる。


 もちろん、圭司側からはガラ空きだ。……だが、それでも――シェロンは余裕の表情を残したままだった。


 圭司にとっては違和感でしかない。彼女の実力はこの身をもって知っている。だからこそ、こんな簡単に隙を見せるはずがないのだ。


 そして、彼の脳内にぼんやりと浮かんでいた『もう一つの違和感』とそれは結び付いた。


「――、そういうことかッ!!」


 圭司は、魔法銃の狙いをシェロンから、へと外した。より具体的には、遠く離れた高層ビル、その屋上へ。


 ――ドギュゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 彼の放った魔力弾は、液体金属を操るシェロンが放ったものではない、と衝突する。威力は控えめであるものの、その速度があまりに圧倒的な雷撃だった。


「なっ、どうしてイレーネの存在がバレてッ!? って、ちょ、まずっ――」


「……戦闘において、一瞬の油断だって禁物ですよ?」


 銀色の刃をとっくに振り払っていた奈那が、二本の刀を携えて、シェロンの懐へと潜り込んでいた。そして、意表を突かれたことにより生じたその隙は見逃さない。


 スパパンッ! と、二つの刃がシェロンの身体を切り裂くべく振るわれる。


「なっ、今のを避けられましたか……!?」


「げげえっ、危ない危ない……さっすがアタシってトコかしらぁ?」


 肌に触れるまであと数ミリか。といったギリギリの刃は、彼女の服を軽く裂くまでに終わってしまう。


 決して奈那の攻撃が遅かった訳ではない。にも関わらず、後ろに一歩下がるまでの無駄ない動き、単純な反応速度で、その斬撃は避けられてしまった。


 見ていた圭司は、敵ながら関心してしまう。流石は力尽くで走る新幹線の動きを止めたり、こっちが全速力で走ろうが、軽々と追いついてくるような人間離れした身体能力の持ち主だ。


 だが、シェロンを追い詰めるにはそれでも十分だった。


 そもそも、ここはメーザンド・タワーの屋上。魔法大学で演習に使っているスタジアムくらいの広さはあるものの、逆に言えばその程度だ。


 それより外側は当然、数百メートルの高さが作り出す奈落が広がっている。つまり。


「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 圭司は、ここまできて魔法でもなんでもない、その右拳をもってしてシェロンに一撃。発動に時間も必要としない、まさに人間の『原点』とも言える備え付けの武器で、液体金属を操る魔法師を突き飛ばす。


「くっ、『メタル・オペレータ』。命綱となっt――」


 だが、言葉よりも重力による落下の方が遥かに早かった。声はすぐに遠ざかり、シェロンの撒いた液体金属がロープのように伸びるも、あと一歩の所で屋上には届かない。


「はあ、はあ……。これで一人はやった、か」


 武器や魔法は確かに強力だ。だが、相応の準備時間が必要でもある。


 大魔法を扱う魔法師であっても、強力な武器がその手にあったとしても、時には臨機応変に。この身体の力に頼ることも大事なのかもしれない。また一つ勉強になったな、と思うも束の間。


「……っ、来ます!」


 だが、シェロンを倒したとはいえ脅威が去った訳ではない。


 遠く離れたビルの屋上には、こちらを圧倒的速度の雷撃によって撃ち抜こうとする魔法師、イレーネが残っている。


「ここは私たちにお任せを。マスターは先に、中へと向かって下さい」


 圭司の前に、納乃と奈那が立つ。


 ――ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッッ!!


 魔力をそれぞれ銃と剣に込めると、やがて放たれた雷撃を受け止める。


「分かった、ここは任せたよ。……ありがとう、二人とも」


「今更、お礼を言われるなんて。当然のことをしているだけに過ぎないですよ」

「私たちは魔法人形。マスターの力になることが使命であり、幸せでもありますので」


 バシイッ、と雷撃を軽く弾き飛ばすと、二人は彼を送り届けるかのように笑顔で、こちらへ振り返った。


 この世界だけでも、九鬼有栖きゅうき ありす些蜜繰亜さみつ くるあ。思わぬ再会となった奈那に、以前から変わらぬパートナーである納乃。


 改変前の世界を含めてしまえば、数え切れない人々の力を借りて、今この場に立っている。


「さて、シエラ。俺はお前に今から会いに行くぞ。――首を洗って待っていろ」


 届いているかも定かではない、そんな言葉を呟きながら。彼は屋上から、内部へと通じるドアのある非常用通路へと飛び降りた。

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