17.暴走のトリガー《トラウマ》
「
「はいっ!」
納乃とリリア、二人がそれぞれの武器を構えると――地面を這うように、こちらへ不自然に向かってくる二つの影に向けて攻撃を放つ。
納乃の銃弾とリリアのナイフがそれぞれ、影の中心を貫く。キインと耳に残る金属音が響いたと同時。
二つの影から、先端の鋭く尖った長槍がその勢いを失って、その場でコロンと転がり落ちる。
「んな……、止められた、だとッ!?」
落とされた槍の奥を見据えると、フードのついた黒いローブを纏い、その顔を覆い隠した魔法師の姿があった。
フードに隠され、顔どころか性別さえも定かではないが、驚き戸惑いながら放つその声からしてどうやら女性らしい。
「あの服装。まさかと思うが……」
「ニュースの目撃情報と同じ黒いローブなんて珍妙な格好で、人形師である俺たちを狙って襲ってきたんだ。『人形喰い』以外に誰がいるんだよ」
まあ、そうだよな……。
納乃から『私たちを追っている魔法師がいるらしい』と聞かされてから、薄々イヤな予感はしていたのだが……よりにもよって、ピンポイントで人形喰いときた。本当、悪い予感だけはよく当たる。
だが、圭司だって――もうあの時と同じ思いをするつもりなんて毛頭ない。
「行くぞ、
「おい、圭司っ! そんなに突っ込んでいくな。まだ敵の全貌が掴めてないんだから危ないだろ!」
納乃には指一本触れさせない。俺は、絶対に納乃を失いたくない。少しでも彼女に近づいてみろ。例え、俺が人殺しというレッテルを背負う事になってでも――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
気づくと圭司は、自分を見失って暴走するかのように、無我夢中で敵の前へと走り出していた。
それと同時に――ゴウゴウゴウゴウッ!! と、唸るような音を発しながら、彼の握る魔法銃へとぐんぐん魔力が注がれていく。
……今の彼に『冷静さ』なんてものは一ミリたりとも存在しなかった。彼を突き動かす原動力は、納乃を意地でも守りたいという気持ちだけ。バーサーカーのように、ただ無計画に突っ込んでいくことしかできなかった。
圭司は、暴発寸前まで魔力が充填された魔法銃、その重い引き金を引く。
――ギュイイイイイイイイイイイイインッ!! 轟音で空気が唸り、巨大な魔力弾がローブを纏う女性の元へ放たれる。
水色に煌々と光りながらただ真っ直ぐに飛んでいき、やがてターゲットの元へと着弾すると――バキバキバキッ! 固いアスファルトの地面ごと、その全てを削り取る。
まともに喰らえば、いくら装備を整えていたとしてもタダでは済まないであろうその一撃。しかし、圭司はそれでも攻撃の手を緩めることはなかった。
彼は再び、両手で掴む魔法銃に限界まで魔力を注ぎ込む。
「圭司さん、落ち着いてくださいっ! 一度下がって様子を……」
納乃が、彼の左腕を掴み、静止を促すが――その声は届かない。
「納乃、下がってろ。……お前を狙う奴は全員殺す。もう誰も失いたくないんだ、俺はッ!!」
一度冷静になってみれば、勢いに任せて魔力を使い続けるなんて自殺行為だということくらいは分かるはず。
しかし、冷静さを保つことはできなかった。あの時、
再び、最大出力まで充填されて重くなった魔法銃の引き金を両手の人差し指で一気に引くと、アスファルトが砕けて砂埃が舞い続けるそこにもう一発、追撃をお見舞いする。
「……
「うるさいッ! もしここで取り逃がして、今度は本当に不意打ちで人形喰いが襲ってきたら――次こそ本当に納乃が殺されるかもしれない。そんな考えだから、俺は
でも、今の俺は違う。……少なくとも彼自身はそう思っていた。
奈那を失ったあの時とは違って、『自分で戦える力』が備わっている。この手で納乃を守ることができる……と。
急激に魔力が減ったせいか、強烈な頭痛とめまいに襲われながらも、再び魔法銃へと魔力の充填を始める。
「……圭司さん、まるで人が変わってしまったみたいに……」
「そうか、納乃は初めて見るんだよな。圭司のアレを。まだ完全に克服はできていなかったんだな」
あの事件がトラウマになり――以降、その記憶の想起をトリガーとして、『恐怖』『憎しみ』『後悔』といった様々な感情が抑えきれなくなってしまい、周りが見えずに暴れてしまう。
そんな『発作』のようなものが起こるようになってしまった。
あの事件を乗り越え、納乃を作ってからは、時々そんな兆候が見られる事はあれど、ここまでの重度な発作が起こる事はなかったのだが……。
魔法銃の出力限界まで込められた、魔力による銃撃をも凌駕した三度目の砲撃が、二度の攻撃でさらに高く土埃が舞い上がったそこへと撃ち込まれる。
魔法銃のキャパシティ、魔力容量は意外にも多い。それを限界まで込めた攻撃を、一度に三度も行えば、どうなるかなんて容易に想像がつく。
はあ、はあ、と息を荒くする彼は、フラフラで立っているのがやっとだった。もう、これ以上攻撃を行う余力は残されていない。自分が放った攻撃の跡を、ただ呆然と眺める事しかできなかった。
「おい、圭司。まさかお前、
そんな不安が、一輝の口から溢れてしまう。
あんな攻撃、一発でも直に喰らえばタダじゃ済まないだろう。それを三発も撃ち込まれたのだ。どんなに重厚な装備に身を包もうとも、命の保障はない。
――はずだった。
「……心配どうも。でも、アタシの心配なんかよりもまず、自分の心配をするべきだよなああ?」
それは、やがて晴れた砂埃の先――そこにある、アパートの敷地を囲む石壁が作り出す『影』の中から、それは聞こえた。
「片方は魔力切れでどうやら脱落みたいだけど、お前はどうするんだ? ……抵抗せず、大人しくその人形を喰わせてくれれば助かるんだが」
朦朧とする意識の中。圭司は、その揺らぐ視界の中で、ローブを纏った女性の姿を見た。それも、無傷で。
実感する。……結局、あの時から俺は何も変わっていなかったんだと。絶望に呑み込まれていくような気分だった。
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