10.黒き講師《灯砥禊》
大学へと到着して、朝一番で向かった先は講義室ではなく――各講師陣が、カリキュラムやその他諸々の準備を行う『講師控え室』だった。……本音を言えば、なるべく近づきたくない場所でもある。
この大学で授業を行う講師はやはり、実戦を積んだ魔法師に、歴戦の人形師、高名な研究者だったりが多く務めている。
魔法というただでさえ変わり者が多く集まる分野において、頭一つ突き抜けた面々が集うこの場所がマトモなはずはない。倫理観や常識までもがぶっ飛んだ
「で、
「いえ、そうじゃなく。……もし文句を言ってランクが上がるなら、いくらでも言いますけど」
用があるのは、
黒い革ジャンにジーンズという華やかさの欠片もない服装で、セミロングの黒髪。
せっかくの整った顔立ちなので、もっとお洒落に着飾れば、異性からもかなりモテそうな気はするのだが……お洒落そっちのけで
ちなみに、彼女はこの事をよく自分でネタにしている訳だが――他人に言われようものなら問答無用で、隣に待機している小さなドラゴンと共に本気で襲い掛かってくるので注意が必要だ。
「ほう? 普段は滅多に顔を出す事のないお前が、わざわざこんな所までやって来た、と。これは面倒事の匂いがプンプンするなぁ?」
「話を聞く前から面倒事だと決めつけるのはやめてください。圭司さんを困らせるなら、相手が誰であろうと容赦しませんよっ」
「落ち着け、
灯砥に聞こえないよう、小声で納乃に言い聞かせる。
この大学の講師という枠組みの中ならば、まだ常識人な方ではあるのだが……どうも、こっちの話を聞かずに逸らす節がある。お願い事や、面倒な仕事の話になると特に。
「ほう? お前
「げっ、聞こえてた!?」
この部屋自体、他の講師たちが色々話しているおかげでガヤガヤしているはずだし、こっちもかなりのヒソヒソ声で納乃に伝えたつもりだったのだが。
納乃の言葉は聞こえるとして、俺の言葉まで正確に聞き取るなんて、どれだけ地獄耳なんだと恐怖さえ覚えてしまう。
「……って、危ない。俺までペースに乗せられる所だった。本題へ入りますよ、灯砥先生」
そんな事はどうでもいいとして、『本題』――わざわざここまで足を運んだ理由を、うやむやにされないうち、話す事にした。
「あー、分かった。仕方ない、話だけは聞いてやろう。もちろん面倒事だったら対応はしかねるが」
ふて腐れたような態度ではあるが、一応話を聞いてくれるらしいので、遠慮なく話させてもらうことにしよう。
あまりに長いとすぐに飽きてしまうので、圭司は簡潔に、要点だけを伝える。
「手短に話しますよ。昨日、捨てられた人形を拾いました。その子と一緒に講義を出席してもよろしいですか?」
「では、私も結論だけ伝えよう。それを認める事は出来ん」
「そうですか。……え?」
あまりに平然と言うので、思わず納得してしまいそうになる。
なんだかんだで認められるだろう、とは思っていたので、思わぬ大誤算だった。
「シエラさんは大切な家族なのに……。やっぱり容赦しませんっ! 覚悟してくださいっ!」
「ちょ、納乃っ! 無闇に銃を出すんじゃ――」
彼が止める間もなく納乃は、大学指定の制服、そのスカートの中から音もなく水色の拳銃を取り出すと――その銃口を女講師、灯砥禊に向ける。
レッグホルスターという代物だ。納乃を作った当初は腰に携帯させていたはずなのだが、いつの間にかスカートの中に変わっていた。
本人曰く『武器を悟られないかつ、素早く構える事ができるから』らしい。
そして、彼女の持つ水色の銃は『魔法銃』というものだ。
自身の魔力を弾として込めるので、その手で触れてさえいればリロードの必要がない。ここまで一連の動きを、音もなく行えたのはその為だ。
そして、銃口を突きつけられた彼女はというと――焦りといった表情すら浮かべず、子供のイタズラでも眺めるかの調子で言う。
「まあ待て。ちゃんとした根拠があっての結論だ。急かすのは好きだが、急かされるのは苦手でな」
「では、私が納得できるような理由をお願いします。返答によっては問答無用で撃ちますからね」
本来は学内における武器の無断使用、及び緊急時を除く一切の戦闘行為は禁じられているのだが……そんな事すら気にも留めずに、彼女は平然と続ける。
「まず、拾った――つまり、コンタクトの繋がっていない
納乃が使っている物と種類は違うが、圭司も魔法銃を使っている。それらも『危険物』として本来なら学内への持ち込みは出来ない決まりになっている。
ただ、ある手続きさえ踏めば、納乃が今使っている通り、危険物でも持ち込む事ができる。
「ただ、申請を行い、この大学でのカリキュラムをこなす上で必要な物と判断されれば持ち込みは許可される。これもまた、お前たちの魔法銃と同様に」
シエラが危険物扱いなのは少々疑問であるが、そこはひとまず置いておくとして。それなら、シエラだって申請さえ通れば――圭司はそう思うが、そんな考えを打ち砕くように、灯砥は一言。
「さて、コンタクトの繋がっていない魔法人形は、大学のカリキュラムをこなす為に必要な物だとみなされると思うか?」
「……」
納乃は何も言い返せず、静かに魔法銃をスカートの中へと戻す。さっきの威勢はすっかり消え去ってしまった。
圭司が質問してから答えるまで、五秒もなかったはず。しかし、この講師はその一瞬でここまでの事柄を考えた上で、そう結論付けたのだ。
改めて、彼女の恐ろしさがひしひしと伝わってくるような気がした。
「ま、そういう訳だ。さて、もう何も言う事がないのなら私は仕事に戻るが……」
「いえ、もう大丈夫です。一応、申請はするだけしてみます」
ありがとうと感謝を伝え、圭司は一礼すると、二人は朝から忙しない講師控え室を後にした。
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