廃棄人形と底辺人形師 ~彼女を捨てた『最強』を『Fランク』と圧倒するまで~
束音ツムギ
第一章 廃棄→邂逅:Luminous trigger
1.底辺の烙印《Fランク》
国立魔法大学校――。日本国内で唯一、『魔法』を学ぶ為に造られた大学である。
一口に魔法の道へ進むと言ってもその方向性は様々であり、よって同じ魔法分野といえど、大きく三つの学科に分かれている。
全学科を合わせれば、在籍する生徒数は五〇〇〇人をも軽く超えるほど。
魔法を行使して自らが戦う、魔法師を育成する『魔法師科』。
この学院では一番生徒数が多い。核といった、国力を示す手段を持てない日本が、世界情勢が不安定なこの現状、世界の国々に負けじと力を入れているのが魔法師の育成。
魔法についての知識を深め、研究者を育成する『魔法研究科』。
この学科へ入学する者の目的は様々だろう。しかし、魔法師を支える為には必要不可欠な存在であるという点においては、彼らは共通している。
そして今、一枚の紙を見つめて溜め息を吐く、どこにでもいるような冴えない男、
パートナーである『
しかし、その性質はまるで違う。実際に、魔法師と人形師が一対一で戦えば、その違いは素人目でさえハッキリと分かるだろう。
魔法師よりは若干マイナー気味である人形師だが、そんな彼らを超えていくような勢いで高みを目指す、向上心の高い者たちが集まるこの学科にて――。
一人と一体の人形は、大きな講義室にずらっと並ぶ長机、そのうちのひとつに肩を並べて座っていた。
「ごめんなさい。私が力不足なばかりに……」
黒髪で身長は平均程度。学院指定の制服に身を包んでしまえばいよいよ、これといった特徴がなくなってしまう――そんな彼に向けて、弱々しい声で謝っているのは……。
圭司よりも頭ひとつ分くらい身長が低くて、透き通る水色の長い髪を伸ばした、綺麗で清潔感のある女の子。服装はといえばこれまた、この学校指定の女性用学生服をしっかりと着こなしている。
ただ、彼女は圭司と違って、規則で学生服を着させられている訳ではないのだが……何故だか、この学生服を好んで着ている。お揃いがどうとかなんとか。
「いや、納乃は悪くないよ。俺が人形師として未熟だから……」
圭司は、納乃と呼んだ水色の髪を伸ばした少女へと言う。一見、ただの男女が話しているようにしか思えないだろう。だが、しかし。
……彼女は、人間ではない。
「いいえ! 私が出来損ないの人形なのが悪いんですっ! 圭司さんは何も悪くありません。いっそ、私のようなお粗末な人形なんて捨ててくれても――」
「――納乃ッ!」
彼は、普段は見せることのない怒鳴り声にも似た強い口調で彼女の名前を呼んだ。その少女は、突然の出来事に思わず「ひゃいっ!」と、舌足らずな返事を返してしまう。
「自分を出来損ないだとか責めるのはやめてくれ。出来損ないだと責められるべきは、どう考えても人形師である俺だろう」
そう強く言われてはもう何も言い返せず、納乃はすっかりしょぼくれてしまう。
――そんな納乃の主である人形師。彼が両手で握り見つめる一枚の紙には、この学校での生徒たちを格付けする評価基準において最低評価である『Fランク』という文字が、黒色でどこか寂しく刻まれていた。
「圭司いー。今回のランク考査、どうだったんだー?」
教室の片隅で、納乃と共にFランクというその刻印を前にして、悔しさを噛み締めていると……空気を読まない、陽気な一人の男の声が飛んでくる。
「……何だ、
「何だとはなんだ。ま、俺も去年から変わらず、ずーっとDランクだよ。いつになったら上位クラスへと上がれるんだかなー」
彼は同じく、国立魔法学院の人形師科へと通う、同級生であり親友の
人形師であるからにはその隣にはもちろん、彼の人形である、ピンク色のツインテールにフリフリのメイド服みたいな戦闘服を着飾っている、納乃よりも少しくらい大人びた人形が付き添っている。
彼の趣向全開なそのファッションを、ただ無表情で受け入れ、着飾っている……そんな彼女の名前はリリア。
一輝とは中学、高校、そしてこの学校でも一緒のかなり長い付き合いだ。
魔法の才能はないと自覚していた圭司が、この日本唯一の魔法学校にギリギリながら入れたのも、彼の助けがあってこそだったと思う。
しかし、彼よりもさらに実力のある一輝でさえ下から数えたほうが早い『Dランク』であることが、全国から魔法の道へと進むべく集まって、厳しい入学試験で多くの人間がふるい落とされる――この学校のレベルの高さがひしひしと伝わってくる。
「マスターと私なら、次こそはCランクへと上がる事が可能でしょう。……おやおや。そこにいるのは、万年Fランクの納乃さんじゃありませんか。ああ、かわいそう、かわいそう……」
一輝の隣についたまま、表情も変えずに納乃へと向けて鋭い口撃を仕掛ける、フリフリメイド服のリリア。
それに対して、納乃は顔をタコのように真っ赤にしながら、リリアの分の感情まで吐き出すかのように激昂して。
「何を言いますか、この無表情コスプレ女! そもそも、あなただって私と同じ下位クラス、とやかく言われるほどの差なんてないんですからねーっ!」
「コスプレとは聞き捨てなりませんね、これは立派な戦闘服です。……それを言ったら、あなたは何故、学生でもないのに学生服を着てるんでしょう。それも立派なコスプレでは?」
「うーるーさーいー! 私が着たいから着てるんですうー! あなたには関係ありませんーっ!」
……こんな風に、主同士の仲は良いものの……。彼らの人形同士はとてつもなく仲が悪い。
顔を合わせる度に、必ずどちらかの人形が攻撃を仕掛け、超展開のバトル物みたいな雰囲気になってしまうのが悩みだ。
「リリア、お前って奴は……」
「納乃も、その辺にしとけ。どうして二人はそんなに仲が悪いんだ……」
そんな二体の人形に、人形師である二人も頭を抱えてしまっている。
お互いの主に注意され、一旦休戦する二体の人形。それでも尚、互いに睨みつけ合うという冷戦状態は続いていたのだった。
放課後の講義室からは少しずつ人がいなくなっていく。帰るにせよ、サークルだったりがあるにせよ、ここにいつまでも居座る理由はないからだ。
一分、一分と経つごとに、どんどん静かになっていく講義室の中で、二人も帰路へつく準備を進めていた。
一足先に、帰り支度を整えたのは一輝だった。
「んじゃ、俺はもう帰るけど……圭司はどうする?」
一緒に帰ろうか……とも思ったが、よくよく考えれば、家の冷蔵庫がすっかり空っぽだったことを思い出す。
このまま真っ直ぐ帰った所で、家には食べる物が何もない。つまり、外食にせよ、食料を買って帰るにせよ、どこかに寄らなければいけないことは確定してしまっているのだ。
「悪い、俺たちはちょっと寄り道して帰るよ」
「そうか。んじゃ、先に帰るとするわー。じゃーなー圭司、また明日」
教室を出て行く一輝とリリアを、見送る圭司と納乃。……納乃は見送るというか、むぐー、あの女ぁーっ! と、まるで動物の威嚇みたいな感じではあったが。
それから、新学期であるせいか大変な量になってしまったプリントをクリアファイルに適当に突っ込んで、こちらも帰り支度を整え終えた彼は立ち上がる。
続くように、納乃も一緒に立ち上がる。人形師である彼とは違って、人形である彼女には荷物もないので、手ぶらだ。
「俺たちも帰るか。納乃、何か食べたい物はあるか?」
「え? うーん……何でもいいですよ。圭司さんの作るご飯は何でも美味しいですから」
そうか。……言いながら、彼は講義室を後にする。その後ろを、嬉しそうに納乃がひょこひょこと付いていく。
傍から見ればその光景は、人形師とそれに仕える人形というより、ごく普通な男女の関係に近しくも見えたかもしれない。
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