第43話 超逃げました
「そ、そんな…そんな馬鹿な……」
魔物が倒されると部屋の奥から男の声が聞こえた。
誰?
さすがに魔物に襲われそうになった一般人って事はないだろうし、あの人も盗賊なのかな?
そこへ、ロエンナさんが男に近付いていくと、男の顔が引き攣っていく。
「た、頼む! 見逃してくれっ! 俺は頼まれただけなんだ!」
男が床に這いつくばって何か言い出した。
私の位置からじゃロエンナさんの顔は見えないけど、怒っていそうな気がする。
「おい」
「は、はい?! ――っぎ、ぎああぁぁ!」
ちょっ……。ロエンナさん声をかけながら男の手首を斬り落としたよ!
何なの、あの人! めっちゃ怖いよ!
そして、ローエンさんも止めなくていいの?!
手首を斬られて泣き喚く男の髪をロエンナさんが掴む。
「テメェからは聞きたい事もあるから、これで済ませてやる。ありがたく思え……」
ロエンナさんはそれだけ言うと男の頭を床に打ちつけた。
あの扱いで、ありがたがれる人ってどれくらいいるんだろうね。
その後ロエンナさんは、止血の為に男の手首に布を巻き付けてから引き摺ってローエンさんの所まで歩いていく。
「腕もダメだと言うから、手首で我慢してやったぞ」
「うん。何で手首なら良いと思ったかは置いておくとして、よく殺さなかったな。偉いぞ」
「子供扱いするな……」
ロエンナさんが褒められて照れ臭そうにしている。
あの物騒なやり取りで、なんで普通に褒められるのかが私には分からないよ……。
「さて、私が捕まえた男も念のため一緒に連れて行くとしようか」
「一人くらいなら、荷物が増えても変わらないしな」
これで、漸く帰れるみたいだね。
もう眠いし、早く帰りたい……。
あれ? 帰り道は、また私が道を見なきゃいけないのかな……。
「あの……。ここはどうするの? このまま放置?」
私が眠れないかもしれない事に驚愕していると、リィナさんがロエンナさんに質問をする。
あ、そこは私も気になってた。
こんな殺戮現場をそのままにしておくのは良くないと思うんだよね。
「それは気にしなくて良い、街に戻ったら人を手配するさ。アンタらには無理に付き合わせたから、休んで構わない」
「それなら安心です。……けど、さすがに眠くて街まで起きていられる自信ないです……」
ちょっと眠気で頭がふらふらするんだよね。
馬車に揺られたら、すぐに寝ちゃいそう。
夜になっても馬車を走らせて、そのままアジトまで乗り込んだから日付が変わっているかもしれない。
「すまないが、もう少しだけ我慢してくれ。途中で夜も明けるだろうから、そしたら眠って大丈夫だ」
するとローエンさんが、少しの辛抱だと言ってくれる。
それなら、あと少しだけ頑張ろう。
「そうだ兄貴、もう毒は大丈夫なのか?」
アジトから出ようと盗賊を引き摺りながら歩いていると、ロエンナさんがローエンさんの体調を気遣う。
ただ妹が兄の体を心配しているだけなのに、私は嫌な汗が止まらない。
全て終わったつもりだったけど、まだその誤魔化しが済んでいなかったのを忘れていた。
できれば気付かずに終わってほしい……。そんな甘い話があるわけないとは分かっていても、祈らずにはいられない。
「ああ、まだ怠さは残っているが問題はない」
「そうか……。解毒薬がすぐ効かなかったからダメかと思ったけど、治って良かった」
「ん? 解毒薬を飲まされたら、すぐに良くなったぞ?」
「は? アタシが解毒薬を飲ませても兄貴は全然動かなかったじゃないか」
「ロエンナが飲ませた……? 私はシラハに…その……、飲まされたんだが?」
二人は、そこまで言うと私の方へと視線を向ける。
ですよねー。当然そこに行き着きますよねー。
私はどうしたものかと考えながら視線を逸らす。
するとリィナさんが私の前に歩み出る。
「二人とも、そんなに見つめたらシラハが可哀想!」
「可哀想?」
リィナさんが私を庇ってくれるが、ロエンナさんは納得がいっていない様子だ。
ローエンさんは若干、気不味そうに視線を泳がせている。
分かるよ、さっきの事を思い出しているんでしょ。
私も少し気不味いもん。
「だって、シラハは王子様の目を覚まさせただけなんだから!」
リィナさぁぁぁぁぁん?! ちょっと待って、何言ってくれちゃってんの!?
「お、王子様?」
ロエンナさんが困惑した声を出す。そりゃ、そうなるよ!
訳わからないもんね。
ヤバイ。恥ずかしさがぶり返してきた。
「シ、シラハ……」
ほら引かれてるよ絶対。
止めてくださいローエンさん、そんな目で見ないでください。
「ち、ちが…ちち……」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
確実に顔が赤くなってるし、言葉が出てこない。
頭の中が恥ずかしいで一杯になると言葉って出てこなくなるんだね。
そんな中、私がとった行動は――
「リィナさんの馬鹿ー!! うわぁ〜〜ん!」
「ええ?! ちょっ、シラハー!?」
逃げました。
ええ、超逃げましたとも。
顔を真っ赤にして羞恥の涙を流しながら、来た道を全力で駆け出した。
アジトを飛び出して、デュークさんとフィッツさんを横切って森の中を疾走して抜けた後、停めてあった馬車に飛び込んだ。
「ヤバイ……恥ずか死ぬ…………」
良い言い訳が浮かばなかったからって、なんであんな事を言ってしまったんだろう。
今世で最大の失態だ。黒歴史だ。やり直しを要求したい。
「ハァ……」
リィナさんのせいで変に意識しちゃいそうだよ。
おかげで眠気は吹き飛んだけども!
いや、落ち着こうか私。
私が行ったアレは救命行為であって、下心があった訳ではない。
アレは私が持っているスキル【解毒液】で、ローエンさんの毒を解毒したに過ぎない。
【解毒液】自身の体液を解毒液に変質させる。
【解毒液】は結構前に獲得していたスキルだけど、唯一検証出来なかったスキルなんだよね。
私は毒が効かないから。
スキルの説明に書いてある通り私の体液を使う訳で、麻痺させた魔物に使う手もあったかもしれないけど、敢えて飲ませるのには抵抗があったから、やらなかった。
だって自分の唾液を魔物の口に流し込むんだよ。口移しする必要はなくても絵面的になんか嫌じゃない?
まぁ、そのせいで今回はぶっつけ本番になっちゃった訳で……。
それにキ…キ……す。
ふぅ……。まうすとぅーまうすをする必要はなかったんだけど、側にリィナさんもいたから口を離して唾液を垂らすなんて事をしたら絶対に止められたと思う。
私なら間違いなく止める。
というか、そんな奇行をする人はいないと思うな。
だから、ほら、あれだよ。
私の行為は仕方なくであって、王子様だとか異性だとか、そんな感情は一切ないわけなんだよ。うん。
ただ、思春期真っ盛りの多感なお子様である私が過剰に反応しちゃっただけの事。
なんだ、大した事じゃないね。
って、違うよね。そこじゃない。
誰に言い訳してるんだよ私!
逃げてきちゃったけど、ローエンさんの解毒をどうやって行ったか。それは必ず聞かれるはずだ。
いや、待てよ。
別に答える必要ないんじゃない?
冒険者は自分の力を隠す場合もあるんだし、私もそれに倣えばいいんだよ。
そうだよ、難しく考える必要なんてないじゃん。
あ。安心したら眠くなってきた……。
◆リィナ視点
「リィナさんの馬鹿ー!! うわぁ〜〜ん!」
「ええ?! ちょっ、シラハー!?」
私が名前を呼ぶけど、シラハは泣き叫びながら走り去ってしまう。
どうしたんだろう……。私何か悪い事を言っちゃったのかな?
きっと、そうだ。
私達が一緒に行動した時間は短い。
けど、シラハは12歳だって言ってた割には落ち着いていて、あんな風に取り乱す事はなかった。
私は気付かないうちにシラハを傷つけちゃってたんだ。だからパーティーに誘った時、断られたんだよ。
私シラハに嫌われて……。あ、涙出てきた。
「どうしちまったんだ? アイツは……」
「わからない。わからないが一人にする訳にもいかないだろ。すぐに追おう」
ギルマスとローエンさんが動き出す。
そうだ。シラハがもし一人で森に行ってたら危ない。
すぐに行かなきゃ。
私達はすぐにシラハを追ってアジトを出た。
外に出るとデュークとフィッツが困った様子で待っていた。話を聞くと凄い勢いでシラハが森の中に入ってしまったらしい。
私のせいだ……。これでもしシラハに何かあったら……。
頭の中が真っ白になる。
「兄貴、来た道は分かるか?」
「細かい所までは覚えてないが、大凡の方角なら把握している」
「なら先導してくれ、アタシが後ろに付く」
「分かった」
「んで、男二人。アンタらは、この
「ウ、ウッス」
デュークが恐る恐るギルマスから盗賊の一人を引き取る。
「あの、荷物を持ってたら僕ら戦えないけど……」
フィッツはローエンさんから盗賊を引き取ろうとしながらも、そう口にする。
たしかに森に入ってからアジトまで、大した距離もなかった気がするし私達が周囲を警戒して移動しても良いような。
でも、ギルマスが首を横に振った。
「行きは運良く魔物と遭遇しなかったが、夜になると魔物は活発になる。シラハを追いかけるなら魔物に時間をかけてられないからアタシらが魔物と戦った方が早い」
そう言われれば納得するしかない。
二人の戦いを実際に見た訳ではないけど、アジトにいた五十人もの盗賊を壊滅させられるんだから、私達なんかよりずっと強いはずだ。
私達はローエンさんとギルマスに挟まれて森の中へと入っていった。
「なぁ、ホントにこの道であってるのか?」
ギルマスがローエンさんに道を確認する。これで何度目かな……。
「そんなに疑うなら、お前が先導しろ」
ローエンさんも、その質問にウンザリとした様子で答える。
「いや、疑ってる訳じゃないんだけどさ。行きと違って魔物が多いから道間違ったのかなーって思っただけだ」
「言っただろ、大凡の方角は把握していると。多少道は違うかもしれないが、もうじき森を抜けられるはずだ」
そう。ギルマスの言う通り、やけに魔物に襲われる。
行きは一度も魔物に遭わなかったのに。
「どちらかと言えば魔物に遭遇する今が普通で、魔物に遭遇しなかった行きの方が異常だと私は思う」
「ああ、アタシもそう思う」
そうなのかな。私達は夜の森に入った事ないから分からないや。
でもギルマスがそう言うなら、そうなんだろうね。
「アンタらのパーティーの中では、シラハは斥候みたいなもんか?」
「え? いえ、シラハは臨時で護衛に参加しただけで、パーティーメンバーじゃないの」
どうもギルマスにはシラハが私達のパーティーの一員だと勘違いされていたみたいだ。
私はパーティーに入って欲しいけど嫌われてるみたいだしね。はは……。
「は? それじゃアイツはソロなのか?」
「た、たぶん……」
ギルマスが驚いている。
そうだよね、やっぱり普通じゃないよね。
私達が最初に会った時も、一人で旅をしてるって聞いて驚いたもん。
拠点の街で
それを私より年下の女の子がしているとなれば、心配になるのは仕方がない事だと思う。
シラハは可愛いくて妹がいたらこんな感じなのかなって何度も思った。だからこそ、パーティーに入って欲しかった。
「なぁ、お前らはアイツの事をどれくらい知ってる?」
「え……?」
どれくらいって……。
シラハの事で私達が知ってる事は…………ほとんどない。
魔法が使えて、お酒に強くて、夜目と鼻が利いて、背が低い事を気にしている……くらいかな。
移動中一緒に話す事はあったけど、私がデュークやフィッツとの冒険者としての話をしてたくらいだ。
「シラハの事はあまり知らない……」
「ふむ、訳ありか。解毒薬で治せない毒を治したとなれば、その方法だけは聞き出したいな」
「あの魔物は兄貴も見た事なかったんだろ? ギルドに戻ったら確認してみるけど、あれが新種の魔物なら、毒の種類関係なく治せる魔法か
シラハがやった事は、そんなに凄い事だったんだ。
でも私の祝福を羨ましがっていたから、祝福じゃないと思うんだ。
「魔法や祝福ではないと思う」
シラハは祝福を持っていない、と考えているとローエンさんがそれらを否定した。
何か根拠でもあるのだろうか。
「なんでそう思うんだ?」
ギルマスが尋ねる。
うん。私も気になる。
「さっき言っただろ。解毒薬を飲まされたって」
「ああ、たしかそんな事言ってたな。だけどさ、それだとおかしくないか? 解毒薬はアタシだって飲ませたんだ、でも治らなかった」
「となると、彼女はあの魔物の毒専用の解毒薬を使ったという事になるな……」
「おい、それってまさか……」
なんか話の流れが怪しくなってきた。もしかしなくてもシラハが何かを疑われている?
私は慌てて口を開く。
「あ、あの私シラハがローエンさんを治した時に側にいたけど、薬とかは使ってなかったよ!」
「薬を使ってない? それじゃ、どうやって兄貴を治したんだ?」
ギルマスに問われて私の顔が少し赤くなった気がした。
あの時のシラハ凄く情熱的で綺麗だったなぁ……って、そうじゃない!
「そ、それは……あの。シラハがローエンさんにキ、キスをして……」
「は?」
私の言葉にギルマスが素っ頓狂な声をあげた後、凄い勢いでローエンさんを睨む。
そして、ローエンさんは気付かない振りをして森を進んでいく。
「おい兄貴、キスってどういう事だ?」
「知らん。私に聞くな。アレには私も驚いたんだ」
私もビックリしたよね。
行動といい、色気といい、シラハってホントに12歳なのかな……?
「兄貴逃げるな! キチンと話を聞かせろ!」
そこからはギルマスとローエンさんの追いかけっこが始まって、私達は必死になって追いかけた。
私達が森を出ると近くに馬車が見えた。
凄い。
方角だけで、ここまで近い場所に出られるなんて。
でも、馬車にシラハがいなかったら、どうやって探したら良いんだろう……。
シラハみたいに匂いが分かるわけじゃないし。
「くー……むにゃむにゃ」
そんな私の心配なんて知らない、と言わんばかりにシラハは馬車の中で爆睡していた。
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