第32話 国境
エアーハントを倒してからは、特に問題もなく順調な旅路だった。
私はアルクーレの街を出てから二日目には次の村に到着していた。
「それじゃ、俺は食料やらを調達してくるから馬車をよろしくな」
「はーい」
カルロさんが皆に馬車を任せて移動する。
ここはタブル村と呼ばれていて規模も小さいらしい。
宿屋もないので休憩を済ませたら出立する予定だ。
なので私も動き回らずに馬車で大人しくしておく。
御者台に出て、村の様子を眺めて時間を潰していると村の人達かな? が、何人か馬車の方へとやってくる。
「リィナさん誰か来ましたけど」
「んー? あぁ……。シラハ頑張って」
「……?」
私の横でうたた寝していたリィナさんが、私の声で目を覚ますが、すぐに興味を失って船を漕ぐ。
いや、なにを頑張るのさ。
デュークさんもフィッツさんもチラリと中から顔を出したかと思えば、同情するような顔をして引っ込んでしまう。
敵では……ないんだよね、きっと。
村の人達は馬車にやってくると、中の様子を見たりして男女が分かれて話し始める。
そして、女性達はその場から去って行く。
なんだろう、残った男の人達の目が怖い……。
私の方を見ながら、こそこそと話をしている。
その中から一人の男性が、おどおどしながら前に出てきて私に声をかけてきた。
「あ、あの……。良い天気だな」
「そうですね」
まさかのお天気のお話。私にどうしろと? とりあえず相槌だけでも打っておく。
「…………」
「…………」
私も相手も無言。沈黙が流れる。
誰か助けてよっ!
「次は俺がいく!」
男達の中から別の人が出てくると、勇気を称えるような歓声があがる。
なんなの? 罰ゲーム的なノリなのかな。
「なあ、お前の名前を教えてくれないか?」
「嫌です」
周囲から嘆くような声が上がる。イヤ、名前尋ねるなら先に名乗りなよ。
ざわめきの中、一人の声が私に向けられた。
「ね、ねえ! ぼ、ぼぼ…僕のお嫁さんになってください!」
「おおー!」
「凄い! 言ったぞ」
「やるな!」
いきなり求婚されちゃったよ。
皆、肉食獣みたいな目をしてたから、もしやとは思ったけど……。
どこかで男は狼と聞いた事があったけど、本当だったね。
私に声をかけた男の人が一頻り称賛を受けると、全員の視線が私に向いた。
私の隣と荷台の方からも視線を感じる。
やっぱり三人とも知ってたね……。
男の人が息を呑む。
「ごめんなさい。私は旅を続けたいので他を当たってください」
断られた男の人が項垂れる。
ゴメンね。会ってすぐの名前も知らない人とか無理です。
私は断ると、すぐに荷台へと移動した。
「あっはっは。大変だったな、お嬢ちゃん」
「笑い事じゃないですよ」
私達はカルロさんが戻ってくると、すぐに村を後にした。
馬車が村人に集られた事を話したらカルロさんが馬車を出してくれたのだ。
「それにしても、知ってたなら教えてくれてもよかったじゃないですか」
私が少し拗ねた口調で苦情をのべると、リィナさんが頰をかく。
「いやぁ……。私達が囲まれたのは結構前だったし、その後はあんな事もなかったから忘れてたのよ。忘れたくもあったしね……」
「僕達なんて馬車から引き摺り出されそうになったからね」
「あれは怖かったよなー」
男性だけじゃなくて、女性も肉食獣だったらしい。怖い村だね……。
「最近は村を出る若者が多いみたいだし、結婚相手を探すのも大変なんだろうさ」
「私達も村を出た若者だからねぇ……」
「それにしても、私みたいな年齢でも構わず求婚するとか、なりふり構わなすぎませんか?」
「早いと12、13歳くらいで結婚する子もいるし、とにかく村に残って貰おうとしたんじゃないのかな……。シラハも少し待てば結婚できるだろうし」
この世界怖いね……。私でも結婚対象とか、なんでもありじゃん。
それよりも聞き捨てならない発言が聞こえたよ。
「私12歳なので待たなくても結婚できると思いますけど……」
「えっ」
「なんですか、その反応は!」
私の名前は知っていても年齢までは知らないのか!
幼女な冒険者だとでも思われているのか! むきー
私だって好きで貧相な体してるんじゃないんだよっ
むくれる私をリィナさんが宥めようとするけど、リィナさんの反応に傷付いたのを忘れないよっ!
なんやかんやありながらも、私達は次の日の昼過ぎには国境に到着できた。
しかし、カルロさんは国境を越えるのは明日だと言って、国境警備隊の駐屯地近くに留まる事になった。
他にも馬車が何台か停まっている。皆、明日になったら国境を、越えるつもりなのかな?
「なんで国境越えて帝国に入らないんですか? 少しでも進んだ方が良くないです?」
私はカルロさんに尋ねてみる。
「
「明け方に国境を越えれば日が暮れる前に村に着くから、今日はここで休むのが安全なんだよ」
「なるほど……」
フィッツさんが補足をしてくれて納得する。早く移動すればいいって訳じゃないんだね。
「王国と帝国の警備隊の人達って、揉めたりしないんですか? 壁越しとはいえ近くにいるし……」
国境は凄く高い壁で区切られていて、出入りできるのは国境門がある場所だけなのだとか。
その国境門も明るい時間帯は開けっ放しなので、王国兵と帝国兵は常に顔を突き合わせていることになる。
「毎日顔を合わせてるから割と仲良いわよ。非番の人とかなんてお互いに行き来してお酒飲んだりしてるもの」
「結構緩いんですね……」
「殺伐としていてピリピリしてるよりはいいと思うよ」
「たしかに」
警備がキチンと出来ているなら文句はないよ。ピリピリしてたら、こっちにまで絡んできそうだし。
私達は各々で時間を潰しながら馬車の見張りをしていた。
カルロさんは知り合いと思われる人と話をしている。同じ行商人の人なのかな?
こういう時、護衛としていると下手に動けないから退屈だね。
「退屈ですね……」
「本当にねー。お店とかあれば時間潰せるのに……。お昼寝でもしちゃう?」
「寝たら夜番はリィナ達にやってもらうよ」
「良いわよー。シラハもいるから平気よ」
なんか夜の見張りをやる流れになってしまった。別に良いけどね。
私とリィナさんは一旦、荷台に上がって睡眠をとることになった。退屈で眠気に負けそうだったので、すぐに眠りにつく事ができた。
夜になり目が覚めると、いくつかの馬車の近くに焚き火の灯りが見えた。
「おはよう、シラハ」
寝ぼけ眼を擦っていると、隣にいたリィナさんに声をかけられた。
リィナさんも今し方起きたみたいだね。
「それじゃあ見張り頑張ろうか」
「はい」
まだカルロさん達も起きていたが、そろそろ寝るとの事だった。
リィナさんが御者台に乗り、私は馬車の後方を見張る。今まで、ここで物盗りに会った事はないという話だけど油断した時が危ないからね。
とは言え、ずっと集中しているのも難しい。
退屈なせいか何度も欠伸が出る。何度目かの欠伸で目に溜まった涙を拭っている時だった。
(魔物の匂い……。嗅いだ事がないやつだ)
魔物がこちらに向かっているかは分からない。だけど警戒しておくに越したことはない。
「リィナさん、近くに魔物がいます。警戒してください」
「え、どこ?」
「まだ距離はあります。あっちです」
私が他の馬車の方を指差した。するとリィナさんが私が示した方へと走り出す。
「シラハは三人を起こして!」
「えっ? あ、ちょっと!」
リィナさんの行動が早くて戸惑ってしまったけど、私は言われた通りに三人を起こした。
「まだ真っ暗じゃねえか……」
「リィナに言われたの? リィナは?」
デュークさんは寝ぼけていたけど、フィッツさんはリィナさんの指示だと思い至ったようで、すぐに確認してきた。
私は魔物が近くにいる事を説明すると二人は武器を持って警戒し始める。
「たぶんリィナは他の馬車にも伝えに行ってるから、すぐに戻ってくる」
「伝えにって、本当に来るかも分からないんですよ?」
「来なかったら笑い話で済む話だし、来たら返り討ちにすりゃいいんだよ」
滅茶苦茶だよデュークさん……。でもフィッツさんもそれに頷いているから本気なんだろうね。
そしてリィナさんが戻ってくる。
「半信半疑な感じだったけど、とりあえず警戒はしてくれてる」
「これで警戒しなかったら、ただの馬鹿だけどな」
「私としては疑わなかった皆さんに驚きですよ」
「だって嘘吐く理由ないでしょ?」
「そうですけど……」
それにしても迷いなさすぎだよ。
そんな会話をしていると、どこからか声が上がった。
「魔物だ! オーク三体!」
知らない匂いはオークだったのか。オークと言えば豚頭の人型の魔物だよね。
「オークって……ヤバくないか?」
「だね。……おじさんは馬車を国境門近くまで移動させたら警備隊に連絡を! 僕らも加勢してくる!」
「分かった! けど、お前らも無理すんなよ!」
私達が駆け付けると、何人かの冒険者が武器を振るってオークを牽制していた。ホントに豚だよ……
「シラハ! オークはCランクだから倒そうとは思わないで!」
私がオークの豚顔に感動していると、リィナさんが私にそう言った。なら、どうするのかな?
「オークのあのでっぷりとした体は見かけによらず硬いらしいから、僕達じゃ辛いと思う。だから増援が来るまで持ち堪えるんだ」
それなら問題なさそうだね。
私達が身構えると、先に戦っていた一人の冒険者が少し退いた。
「おい、女は攫われねぇように気を付けろよ! 孕まされるぞ!」
私とリィナさんの動きが止まる。なにそれ怖い! というか寒気走ったよ! 近づきたくなくなった……。
私達の様子に気が付いたのかデュークさんとフィッツさんが前に出た。
「二人は下がってろ」
「でも……」
「危なくなったら援護よろしくっ」
下がれと言われたリィナさんが迷うけど、フィッツさんにも言われて引き下がった。
戦いたくはないけど、任せきりは嫌だと思う私達への、フィッツさんなりの気遣いはありがたかった。
オークは棍棒を振り回しているので、皆は近づきすぎないようにしている。
あんな太い腕で振り回す棍棒に当たったら、防御しても痛そうだ。
あ、一人の冒険者が背後から斬りつけた。オークの背中から血が流れるけど、深い傷には見えない。
硬いとは言ってたけど、あれ脂肪じゃなくて筋肉なのかな? たしかにあれでは短剣だと厳しいかな。
大した手傷を負わせられないでいると、そこに警備隊が駆け付けてきた。
その中で着ている鎧が少し立派な警備隊の人が前に出た。
隊長さんかな?
「お前達は二体の足止め! 俺は一体ずつ潰す! 冒険者達ももう少し耐えてくれ!」
「了解!」
「おお!」
警備隊と冒険者が声に応える。
そして、隊長さんらしき人が剣を抜いてオークに近づいた。
「ブモォ?!」
闇雲に振るっていたオークの棍棒を潜り抜けた隊長さんが、剣を振るうと棍棒を持っていた腕を斬り飛ばした。
「すご……」
横でリィナさんが驚きの声を漏らす。
ホント凄いね。間合いに入るのも早かったし、腕だって簡単に斬ったように見えたもん。
「ブモー!」
腕を斬られて怒ったオークが、殴りかかるがそれも避けると首を斬り裂いた。
首を深々と斬られたオークは、よたよたと数歩後ずさるとそのまま倒れた。
隊長さんは倒れたオークには見向きもせずに、他のオークを斬り伏せていった。
圧勝じゃん。
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