第30話 旅立ちました

 ついに私が旅立つ日がやって来た。

 というか、すでに街の外だったりする。


 皆には行き先は決まっていないから、見送りもしなくていいと昨日の挨拶回りで伝えてある。

 

 さあ、私は今どこに向かっているのでしょうか。

 さすがに無計画に、あの雲を目指して! とかはしないですよ。そこまで人生甘く見てはいないです。


 ちょっとアルクーレの街の周辺について調べた事を整理しようかな。


 街の北門は、私のせいで今は通行規制がかかっているから通れない。

 盛大にやらかしたからね。

 しかも私が初めてアルクーレの街に来た時に、辿り着いたのが北門なのだ。


 つまり街の北側には私の故郷とも言える村がある。既に滅んでいるし行く理由もないので、これは却下だ。

 北には他にもいくつかの村があるらしいが、どれも大した規模ではないみたい。

 さらに北へ行くと山脈が連なっていて、それ以上は北上できない。

 

 では街の南はどうか。


 南には深い森が広がっていて、そちらに赴くのは冒険者か木こりくらいなのだとか。

 深い森を突っ切ると言うのも面白そうではあるのだけれど、そこまでの無謀をする気はないね。



 そうなると残るは西か東かのどちらかになる。


 東に向かうと、いくつかの街や村を経由して王都に行けるのだとか。

 

 西はアルクーレが属する国とは違う国があるんだって。

 ちなみに今いるのはブランタ王国で、西にあるのがガルシアン帝国なんだって。


 なので私は西にあるガルシアン帝国に向かっている。

 最初はブランタ王国の王都にしようかとも思ったのだけれど、私はアルクーレの街に帰ってくると約束している。

 だからブランタ王国内なら、時間があれば旅ができると思っている。


 別にブランタ王国とガルシアン帝国は同盟国という訳ではないけれど、険悪という訳でもない。

 しかし情勢の変化で訪れる事が難しくなる可能性もあるので、今の内に違う国を旅するのもいいかな、と思ったのだ。

 なんて事もない思いつきである。





 私が周りの変わらない景色に飽きながらも、めげずに歩いていると後方から馬車がやってくる。

 アルクーレの街からやってきたのかな?


 私は馬車の邪魔にならないように少し道から逸れる。

 もちろん警戒も忘れない。


(御者台に二人、荷台に二人か……)


 【熱源感知】を使って人数を確認しておく。

 

 馬車が私の横までくると御者の男が馬車を止めると、そのまま声をかけてきた。


「お嬢ちゃん一人かい?」


 御者の男の言葉に私が頷く。

 すると御者の男は頭を掻きながら荷台を指差した。


「荷台に余裕もあるし、良かったら乗っていくかい?」


 御者の男の申し出に、私は返答に困る。

 何日も歩き詰めなら喜んで飛び付いたかもしれないが、まだ街を出てから半日も経っていない。

 それに信用していい相手かも分からないからだ。


「ちなみに一番近い村には、馬車でも明日の昼くらいまでかかるよ」


 なんですと……。つまり歩きではもっとかかるかもしれないと。それは辛い。


「では、お言葉に甘えさせて貰います」

「あいよ」


 というわけで、警戒はしつつも馬車に乗せてもらう事にした。

 荷台に乗り込むと、剣を抱えながら胡座をかいている男と膝を立てて座っている女の人がいた。


「お、ちびっ子冒険者だ」


 荷台に上がった私を剣を抱えた男が、そう呼んだが馬鹿にしたという雰囲気ではなかった。


「こらデューク、いきなりそんな呼び方したら失礼でしょ!」

「しょうがねえだろ、名前知らねえんだから」


 デュークと呼ばれた男が女の人に怒られる。私の事を知ってるんだ。


「お二人は冒険者なんですか?」

「ええ、そうよ。私はリィナ、よろしくねシラハ」

「私の名前も知ってるんですね」

「まあシラハは目立つしギルマスがランク昇格で認めてたから、それなりに有名よ。知らなかった?」


 知らないわけではなかったけど、実際に他の人から聞かされると恥ずかしいね。

 Eランクになってから今まで、他の冒険者に絡まれなかったのはレギオラさんのおかげなんだね。

 認めたくはないけど……


「俺らもギルマスに見てもらった事あるけど、そん時は昇格できなかったしなぁ……。正直、昇格できるヤツがいるとは思わなかったぜ」

「ホントにビックリだよねー」


 リィナさんが笑い、デュークさんも苦笑している。なんというか、とても自然だ。


「私てっきり侮られて喧嘩でも売られるかと思ってました」

「はぁ? ……んな事するわけねーだろ、アホらしい」


 私の言葉にデュークさんが呆れ顔になる。


「ギルマスに認められた相手に喧嘩売って評価落とすくらいなら、その労力で依頼の一つでもこなした方が良いに決まってんだろ」

「そーそー。絡んでくるバカもいるかも知れないけど、あたしらは地道に頑張るだけだよ」

「だな」


 二人のやり取りを聞いていて、鼻の奥がツンと痛くなる。

 基本的に他の冒険者と関わる事がなかった私は、同じ立場である冒険者達には疎まれていると思っていた。


 たしかに私を快く思わない冒険者はいるかもしれない。

 しかし、全員がそうではないと知れたのは嬉しかった。


「リィナさん、デュークさん、ありがとうございます」

「なんでシラハが、お礼言うの?」

「変なヤツだな」


 私は溢れそうになる涙を見られないようにフードを深く被った。




 

 陽が真上に昇り、時刻も昼頃になったところで馬車が止まる。

 どうも休憩を兼ねて昼食を取るらしい。

 私はリィナさん達と馬車を降りて、御者台にいた二人と一緒に食事をとる事になった。


 話の中で私の行き先についての話になったので、答えてみれば皆に驚かれるか呆れられてしまった。

 

「それじゃ……シラハのお嬢ちゃんは一人でガルシアン帝国まで行くつもりだったのかい?」


 呆れた様子で確認してくるのは、私が乗っている馬車の持ち主で、同乗しているリィナさん達の依頼主であるカルロさん。


「さすがに危険じゃない?」


 驚きながらも心配してくれるのはリィナさんのパーティーメンバーであるフィッツさん。

 そんなに危険なのかな? 魔物がうろつく森の中で暮らしていた私には分からない。

 首を傾げていた私を見てフィッツさんが溜息を吐きながら説明してくれる。


「明るいうちはいいけど、夜になれば動き回れないから夜営をする必要がある。でも一人だと寝る時どうするのさ? ずっと寝ないで旅を続けるつもり?」

「まぁ、どうにかなるかなー、と思ってました」


 私には【夜目】があるので夜も移動できるし、寝る時は【獣の嗅覚】で警戒しているので外で寝込みを襲われた事はない。

 だからこそ、日向亭で襲われた時は本当に驚いた。


 とはいえ私のスキルを説明するつもりはないので、とてつもなく無謀な冒険者に見えるだろうね。


「なぁシラハのお嬢ちゃん。なんなら、このまま一緒にガルシアン帝国のクエンサまで行かないか?」

「良いんですか?」

 

 カルロさんが私に尋ねてくるが、移動が楽になるのなら大歓迎だ。


「もちろんタダと言う訳にはいかない。冒険者ギルドを通さないで金を絡ませると何かあったらお互い困るからな。馬車代として護衛をしてもらう、この三人の分は食事を用意してあるが、お嬢ちゃんの分はない。それでもいいか?」

「構わないですよ」


 護衛と言っても私が乗っている馬車が襲われれば、身を守るために行動するくらいは当然だ。

 それに食料だって自分で用意しているし、馬車に乗れば時間短縮になるのなら結果としてお得だ。断る理由もない。


「なんだ、金くらい寄越せとか言うと思ったよ」

「乗せてもらえるだけで十分ですよ」

「デュークなら間違いなく言ってくるぞ」

「んなこと言わねえよ!」

「いやいや、デュークだからねぇ……」

「言うね、絶対に」

「お前らなぁ!」


 デュークさんは若干不貞腐れているけど、四人とも楽しそうにしている。

 こんな風に楽しくやれるならパーティーも良いね。


「皆さんは冒険者と依頼主の関係にしては仲がいいですよね。お知り合いなんですか?」


 四人の距離感が気になって私は聞いてみる。するとカルロさんが、デュークさんとフィッツさんの頭をワシワシと撫でながら答えてくれた。

 

「コイツらは同じ村の出なんだ。俺はコイツらが冒険者になる前から行商していて、コイツらがDランクに昇格したのを切っ掛けに優先的に護衛を依頼するようになったんだ」

「俺らが金ない時に雇ってくれなかったんだぜ、酷くね?」

「馬鹿言うな。GランクとかFランクみたいなヒヨッコに護衛を任せる程、命知らずじゃねえよ俺は」


 カルロさんがデュークさんの頭を小突く。

 当然だよね。冒険者ランクはギルドが認めたという身分証明みたいなものだ。実力も実積もないんじゃ、知り合いとはいえ命を預ける訳にはいかないよね。


 昼食を取り終わった私達は休憩もそこそこに、移動を再開する事にした。




 問題もなく馬車が進み、日も傾き始めた頃、フィッツさんと交代して御者台に移っていたリィナさんが声を上げた。


「右側から飛行系の魔物が三体くるよ!」


 リィナさんの言葉で馬車が止まり、デュークさんとフィッツさんが馬車から飛び出した。

 はや! 動きに迷いがないね、これぞチームワークだね。


 私も遅れながら馬車を出て、リィナさんが告げた方向を向く。


 すると上空に豆粒のような点が三つ見えた。あれなの?

 三つの点は遠すぎて、こちらに向かっているかが分からない。というか良く気づいたね、あんなの。


「あれ、こっちに向かって来ているんですか?」

「リィナが言うなら間違いないよ」


 私が近くにいたフィッツさんに聞くと、迷う事なく答えた。ホントに信頼しているんだね。

 私がそんな関係を羨ましく思っていると、リィナさんが困り顔になる。


「見えはするけど急に方向を変えるかも知れないし、分からないよ?」

「そうかもしれないけど、僕はリィナを信じてるし」

「もう……やめてよ! それで来なかったら恥ずかしいでしょ!」

 

 リィナさんが照れている。可愛いなぁ……

 そして照れもなく言い切るフィッツさん凄いな。


 そんな事をしている間にも三つの点は徐々に大きくなっていく。

 本当に魔物がこっちに来てる。一体どんな視力してるんだろうね。


 私が感心している横で、フィッツさんが弓を番える。

 フィッツさん以外は上空に対しての攻撃手段がなさそうだから、地上に降りてくるのを待つしかないね。


「ちなみに、あれは何て魔物ですか?」


 まだ魔物が来るまで時間がありそうなので、少しでも情報を得ておきたい。


「あれはエアーハントね。フィッツ、いける?」

「二匹は落とすと言いたいけど、難しいかも……」

「そんじゃ一匹は任せるとして、二匹は牽制できるか?」

「やるさ」


 あれ三人で作戦会議を始めちゃったよ。私も混ぜてよ、泣くよ?


「シラハ、少し馬車から離れててね。あれはDランクの魔物だから私達が相手をするから。それとエアーハントが自分に羽を向けたら避けること。風が飛んでくるから馬車に当たらないように注意して」

「はい!」

 

 とりあえず返事したけど、風が飛んでくるって魔法みたいなものかな? 



 初エンカウントの魔物だね。かかってきなさい!



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