第30話えんもたけなわ!

 射的の順番が回ってきた。

 ボクは早速銃を片手で構えると、台から大きく身を乗り出した。


「お、おい大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。射的のコツは、どれだけ的との距離を詰められるかだから」


 つま先で立って、身を乗り出す。しかし、的が遠い。こういう時は、小さくなった自分の体が恨めしい。


「お、おい姉ちゃん。あんまり乗り出すと危ないぞ」


 射的のおじさんも何か言っていたが、無視する。ボクは射的に忙しいのだ。


「う、うーん……」


 なかなか標準が定まらない。的との距離が遠すぎて、あたりそうにない。さらに足に力を籠める。もっと前へ。

 集中しているボクを、突然浮遊感が襲った。


「う、うわっ!」


 倒れ込む。そう思ったボクを、支える手があった。


「子どもじゃないんだから、気を付けろよ」


 呆れた声でボクに忠告してくる俊樹の声。ということは、ボクの腰を掴んでいる両手の感覚は……。


「うっ……足元は安定したけどボクの心が安定しない……」


 この体勢、なんかすごく落ち着かない。しかし、離してくれ、というのもなんか違う気がする……。

 結局、動揺しっぱなしだったボクは一つも景品を落とすことができず、その場を後にした。


 この程度で動揺しているお前には男を落とすなどできないと暗示されたようで、なんだか癪だった。





「一通り見るべきところは回ったかな? 俊樹は?」

「ああ、もう十分だろ」

「じゃ、後は花火だな」


 スマホで時間を確認すれば、もうそろそろ花火の上がる時間だった。


「しかし……あの人混みの中に入っていくのか?」


 うんざりとした声で言う俊樹の視線の先を辿れば、花火のよく見える土手のあたりは、既に大勢の人が場所取りをしていた。ひしめき合うその様子は傍目から見ても暑苦しく、あの中に入っていくことはあまり考えたくなかった。


「安心しろ。ボクに策がある」


 自信ありげに言うと、彼はボクの顔を訝しげにに見つめた。その表情は「コイツの言う策などあてにならない」と言っているようだった。

 しかし、安心してほしい。この策は、ボクのものではなく桃谷さんのものだ。


「穴場スポットがあるんだよ、行こうぜ」


 ボクは人混みとは違う方向を指さした。



 祭りの行われている神社の境内は、本堂のあたりが小高い丘のようになっている。

 本堂の裏は、周囲が草木に囲まれている。しかし、花火の上がる方角は草の背が低く、夜空を一望することができた。

 こここそが、ボクたち地元の住民にもほとんど知られていない、花火の絶景スポットだった。……毎回思うが、桃谷さんはどうしてこんなにもボクが欲しい情報を知っているのだろうか。ちょっと怖い。


「おー、本当に誰もいないな。しかも静かだ」

「うーん、恐ろしいほどのベストプレイス。こうなったら流石にボクも覚悟決めないとか……」

「何の覚悟だ?」

「うえっ!? なんでもない!」


 もちろん、告白の覚悟を。なんてこと言えるわけがない。


「とにかく、座ろうぜ! ほら!」


 ボクは本堂の縁側にどっしり座ると、隣をぽんぽんと叩いた。


「バチとか当たらないよな」

「縁側に座られるだけで怒る神様なんていないだろ」


 彼はボクの隣に腰かけた。二人の距離は、やや遠い。沈黙が下りて、祭りの喧騒が遠くから聞こえてきた。彼の顔を見ると、少し目を逸らされた。

 ひょっとして、彼はこの状況に緊張しているのだろうか。あまり見ない態度に、ボクは推測する。


 桃谷さんのアドバイスを思い出す。


『いいですか、稲葉先輩。浴衣でいつもと違う感じをだしても、きっと接するうちに秋山先輩は安心するでしょう。ああ、中身はいつものままだ、と』


 彼女は息もつかずに次の言葉を告げた。


『その安堵を、裏切るんです。ロケーションは私の調査通り本堂の裏で問題ないでしょう。静かな場所で、二人っきり。装いの違う親友。花火。それらの要素は、秋山先輩の心を大きく揺さぶるでしょう』


 下準備は、桃谷さんの作戦通り。後は、ボクの気持ちだけだ。


「すーっ……」


 深呼吸を、一つ。静かな本堂の裏に、ボクの呼吸音がやけに響いた。

 けれど、ボクが言葉を出す前に、大きな音が響いた。


「お、花火上がったな」


 何かを誤魔化すみたいに、俊樹は花火を指さした。

 雲一つない夜空に、花火が上がる。色とりどりの光が、ボクと俊樹の顔を照らす。


「綺麗だな」

「ああ」


 どちらともなく花火を賞賛し、一緒に見上げる。どん、どん、と腹の中を揺さぶるような音は、今のボクにはまるでせかしているように感じられた。早く、告白を。想いを、告げなければ。

 花火が終わってしまえば、ここにいる理由がなくなってしまう。

 ――たとえ振られるとしても、想いを伝えたい。


「なあ、俊樹」


 夜空に浮かぶ光彩から目を逸らして、彼がこちらを見る。その瞳は、何かを恐れているようだった。

 息を吸う。意を決して、一言。


「好きだぞ」


 花火にも負けないほどにハッキリと響いた告白。それは確かに、彼の耳に届いた。

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