第26話すき!?

「先輩は、秋山先輩の偽装彼女という立場に甘んじたままでいいんですか?」


 おっとりとした様子から一転、鋭い瞳で問いかけてきた桃谷さん。その様子に僅かに気圧されながらも、ボクは答える。


「えっと……少し勘違いしているようだけど、ボクは別に俊樹の事が好きなわけじゃないんだ。というか俊樹は、ボクが男に無理やり迫られないように偽装彼氏の役を演じてくれているっていうか」

「――うそ、ですね」


 鋭い瞳のままで、桃谷さんは断言した。


「先輩とは初めて会った私でも、今の言葉が嘘だったと断言できます。だって先輩は、秋山先輩が私の彼氏になることを、これ以上なく恐れていたじゃないですか」

「それは……」


 そう言われると、ボクはそれ以上否定することができなかった。桃谷さんは、無言でボクの言葉の続きを待っているようだった。

 少し考えてから、ボクは目の前の底知れない後輩に全て吐き出すことに決めた。 


「正直、ボクのこの感情が、愛情なのか友情なのか、分からない。いや、分かりたくない、と言えばいいかな。桃谷さんに言っても仕方ないかもしれないけど、ボクと俊樹は、今までずっと親友だったんだ」


 ボクが男だった頃には、こんな感情に悩むことなんてなかった。ボクらはまごうことなき親友で、恋情なんて入り込む余地はどこにもないはずだった。


「でも、あの日、ボクと俊樹の関係が変わって、ボクは自分の感情が分からなくなった」


 『あの日』がボクが女になった日なのか、彼と接触すると胸がドキドキし始めるようになった日なのか、自分でも分からなかった。


「あいつと馬鹿みたいなことして、下らない冗談で笑って、それだけで良かった。そのはずなのに、気づけばボクの心はそれ以外の何かを求めるようになってしまった」


 桃谷さんは、ずっと真剣な表情のままでボクの話を聞いてくれていた。


「もっと近づきたい。もっと手を握っていたい。もっと見つめて欲しい。――でも、そんな感情があることはボクらの今までの友情を否定するようで、凄く嫌だった」


 悪魔は、友情と愛情に線を引くことに意味はないと言っていた。けれど、ボクにはそうは思えなかった。ボクが愛情を認めてしまえば、何かが決定的に壊れるのだと思った。


「あなたは、優しい人ですね」

「え?」


 桃谷さんの思わぬ言葉に、ボクは思わず顔を上げた。彼女は、全てを悟ったような顔でボクに語りかけてきた。


「今の言葉を聞いて確信しました。あなたが自分の恋心を恐れ、隠そうとしているのは、友情が壊れることを恐れているから。つまり、秋山先輩のためです」

「そ、んなこと……」


 否定しかけてから、改めて自分の気持ちを整理する。ボクの奥底にある、本当の気持ち。あいつと親友でい続けたいという気持ちと一緒に存在していた、傷つけたくないという想い。あいつに、親友だった男を失わせたくない。これまでの素晴らしい日々を、変わらずに過ごして欲しい。


「だから、そんなに自分の気持ちを責めないでください。優しいあなたは、きっと自罰的な気持ちにいずれ耐えられなくなってしまう」


 あまりにも優しい言葉に、なんだか泣きたい気分にすらなってしまう。いつの間にか、ボクの心は完全にこの後輩の手のひらの上だった。


「私には、あなたたちの友情がどういうものだったのか分かりません。けれど、優しいあなたと、あの秋山先輩の関係は、その程度で崩れるものではないはずです」

「……そっか」


今日初めてあった桃谷さんの言葉は、不思議とボクの胸にスッと入ってきて、納得させられてしまった。


「さて、自覚して頂いた上で、問いましょう。あなたは、秋山先輩とどうなりたいんですか?」

「ボクは……」


 思い出す。あいつと接している時の、自分の気持ち。横顔を見ている時。笑い合っている時。手が触れた時。あいつと出会った時。


「ボクは、あいつを本気で惚れさせたい。戻りたいとか、そういうことじゃなくて、ボクが好きだから、あいつにもボクを好きになってほしい」


 ボクの言葉を聞いて、桃谷さんはニッコリと笑ってくれた。





「でも、ボク今更どうすればいいのか分からないよ。だって、今までずっとあいつのことは親友だと思ってたし」

「そうですか? でも、秋山先輩はよく私に愚痴ってましたよ。『あいつは女としての自覚がないからたまに有り得ないほど無防備だ』とか、そういうことを良く語っていましたね」

「えっ!?」


 それはなんだ。ボクは今、とても恥ずかしいことを教えられているのではないか……?


「私から見て、十分に勝算ありだと思いますー。正直、稲葉先輩がもうひと押しすればコロッと落ちると思いますー」

「そ、そうかなー」


 それはなんだか照れるな。ボクは顔赤くなるのを感じながら、彼女の言葉を受け止めた。


「その、桃谷さん。君がよければ、ボクが俊樹に意識されるにはどうすればいいのか。教えてくれないかなあ」


 ボクの図々しい願いにも、桃谷さんは微笑を以て応えてくれた。


「はいー。稲葉先輩に足りないのは、友人ではなく異性として意識される機会だと思います。今までの時間を吹き飛ばしてしまうような、激しい刺激が必要ですね。そのために、うってつけの機会がありますー」

「それは?」

「ズバリ、夏祭りです」


 桃谷さんは、アドバイスと共にボクにウインクした。

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