第14話ふぉとじぇにっく!

 なんだかしんみりした気分になりながら待っていると、店員がこちらに近寄って来た。どうやら料理ができたようだ。ボクと俊樹は、同じ海鮮パスタを注文していた。


「おお、美味そうだな。しかも見栄えがいい」

「SNS映えするってのもこの店のいいところなんだってさ。……ボクも撮ろうっと」


 スマホを出して、一枚パシャリ。うん、なかなかいい感じだ。


「よし。いいな、拡散しよ」

「そういえば、お前のSNSの過去の投稿は変わったりしてたのか?」


 ボクのSNSアカウントは、主にリアルの知り合いと繋がっている。ゲームの話とかゲーセンの話とか、宿題がめんどくさいこととか、そんなことだけを呟くだけのアカウントだ。大してフォロワーもいない。


「うーん、基本的には変わらなかったね。ただあからさまな下ネタの呟きはなぜか消えてたよ」

「ああ、SNSのお前たまに暴れ出すからな。むしろ削除されてよかったじゃないか」

「暴れ出すって……ボクはただ、溢れんばかりのリビトーを百四十文字に凝集して放出してただけなのに……」

「いやいや、客観的に見てかなり気持ち悪かったぞ」

「SNSなんてそんなもんだって。……ああ、でもこれからはちょっと趣向を変えるよ」

「ほう、具体的にはどういう風に?」

「彼氏とデートした! って呟きばっかりにする」

「……」


 俊樹が渋い顔をして黙ってしまった。


「いやあ、クラスメイトとも繋がっていたりするから、ボクらの関係を疑われないっためにも必要だと思うんだとね」

「まあ、言わんとしてることは分かるが……」

「それに、栗山さんにもSNS通じてデートの状況を報告することを約束しちゃったからね」


 海鮮パスタの写真を添付し、投稿。本文には、『彼氏とちょっと背伸びした店来ちゃいました!』と書いた。……なんだろう。自分で書いておいて寒気がする。


「そういえば、昨日の自撮りの写真はどうなったかなっと……うおっ!」

「どうした?」

「めちゃくちゃ伸びてる……! ほら、これ」


 ボクはスマホを俊樹の方へと向けた。今日のコーデを着て自撮りした写真だ。何の変哲もない自撮りだったが、どんどんと拡散されてボクのフォロワー数を大きく越す反応が寄せられている。

 バズッた、と言うにはやや少なかったが、それでもボクのアカウントでこれほどの数は見た事がない。

 反応の多くは、『可愛い!』だとか『似合ってますね』だとか好意的なものが多い。そして、その数は現在進行形で増えていた。


「どうしよう俊樹……」

「なんだ? というか早くパスタ食ったらどうだ」

「承認欲求満たされてめちゃくちゃ気持ちいいんだけど! やばい、自撮り晒すだけでこんなことになるのか……なんか凄い興奮してきた」


 画面に表示された数字の数だけ自分が認められていると思うと、なんだか経験したことのない高揚感に包まれる。

 スマホを手に、特に意味もなくその数字の増加を眺める。


「ねえ俊樹」

「いいからパスタ食え」

「これ、有名になれたらボクに惚れる人間の一人や二人、出てくるんじゃないかな?」

「……」


 俊樹は持っていたフォークを置くと、腕を組んで思考を巡らし始めた。


「……たしかに、SNSならそうとも言えるだろうな。惚れられる、の条件が告白されることなら、ネット上で告白してくる奴もいるだろうし」

「だよね! もしかしてこのままこのアカウントを成長させていれば……あ、またリプライついた!」


 いそいそと、ボクは画面を確認する。そこにはこう書かれていた。

『彼氏持ちかよ。失望しました』


「勝手に失望するんじゃねええええ!」


 ボクはスマホを投げつけそうになり、なんとか堪えた。


「なあ、いいからパスタ食えよ」

「ああ、そっか! さっきパスタの投稿したから……ああ、まずい。これじゃボクに惚れてくれる候補の皆が……ああ、爆増してたフォロワーが、パスタの投稿から一気に減ってる! あ、ああああ。あああああああ!」


 凄まじい喪失感。まるで、宝くじに当選したから換金しにいったら、番号が間違っていたような気分だった。


「……それで、SNSにはもう満足したか?」


 いつの間にかパスタを食べ終えた俊樹が、落ち着いた様子で尋ねてきた。


「満足……? できるわけじないじゃん! あんなの一度味わったら、もう元には戻れないって! だって、百数人がボクを認めてくれてたんだよ! あんなに気持ちいいことなんて……」

「おいゆうき」


 珍しくボクの名前を呼んだ彼は、ハッキリと告げた。


「せめて出先でくらい、スマホの先の人間じゃなくて生身の人間と向き合わないか?」

「……ッ!」


 ああ、そうだった。ボクにとって一番大事なのは、ネット上の繋がりじゃなくて、今目の前にいる俊樹だ。


「ごめん、失礼だったね」

「いや、別に気にしてない。分かればいい。それに、お前がついスマホに夢中になる感情自体は俺も分かる。話してる時に沈黙が訪れると、ついスマホいじったりな」


 そうだ、少なくとも今は、ボクは目の前にいる俊樹に、彼を落とすことに集中しなくては。それこそがボクのするべきことであり、手伝ってくれた栗山さんと片岡さんへの誠意だ。


「手始めに」


 俊樹が厳粛に告げる。まるで、判決を下す裁判官のように。


「パスタを食え。いつまで放置してるんだ」

「あれ、なんでボクの皿の中はいっぱいで、俊樹の皿は空なんだ……?」


 ボクはフォークを手に持つと、麺をからめとり始めた。


「それから、お前は絶対SNSで失敗するタイプだ。投稿は慎重にしとけ」

「うーん。まあ、ボクが考えなしにやってたらそのうち住所とかあっさりバレそうだね」


 以前ならボクの住所とか知ったところで得する奴なんていないだろ、とあまり気にせず投稿していたが、今はそんなこと言ってられなくなった。全く、美少女というやつも楽じゃないな。


 こうして、ボクのSNS惚れさせ作戦はあっさりと終了してしまたった。

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