第13話 吸血鬼なら誰もが通る道

「シルフィーストリーム」


 庭に落ちている落ち葉を、メイドさんが魔法で綺麗に一ヶ所に集めて掃除している姿を、私は窓から眺めていた。初めは驚いた光景だけど、流石に半年以上も住んでいれば見慣れた光景へとなっていた。


 ハイグランド帝国は魔法技術工学の進んだ国だ。人間が持ち合わせない魔力というエネルギーを様々な物に応用させて使っている。

 リグレット王国で電気を使用して動いた家電のほとんどが、こちらでは魔力をエネルギーとして動く。魔道具と呼ばれる便利なそれ等は、ハイグランド帝国の国民達の生活には欠かせないものだった。

 未だ魔力に目覚めていない私は、メルムが指をパチンと鳴らしただけで照明をつけたり消したりする姿が、まるで絵本に出てくる魔法使いのように見えていた。


「本当に魔力って不思議ね」

「牙もしっかり生え揃った事ですし、姫様もじきに使えるようになりますよ。そうすれば、離れた場所にいても姫様といつでもお話出来ますね」

「魔法って、そんな事も出来るの?」

「はい。この魔道具、ポータブルコールを使えば、離れた所に居ても会話が出来るのです」


 メルムは耳に装着しているイヤーカフを指差した。


「え、それって魔道具だったの?」

「そうですよ。魔力を通せば、あらかじめ登録してある方とハンズフリーでお話出来ます。腕輪やネックレスタイプなど、種類も豊富にありますので、お洒落を楽しみながら装着出来るのがいいんですよ」

「す、すごいね……」


 私の住んでいたリグレット王国は、機械技術工学の進んだ国だった。お父さんがまだ生きていた頃、王都で機関車と呼ばれる人を乗せて運ぶ鉄の乗り物を遠目に見た事がある。平民の移動手段と言えば、徒歩か乗合馬車が一般的だったから実際に乗ったことはないけれど。

 お父さんが亡くなってお母さんの故郷に引っ越してから見た機械と言えば、村長の家にあった固定無線機くらいだった。遠方に住む人と話ができるその機械でさえ、すごいと思っていた。しかしここでの暮らしは、それをはるかに越える事の連続だった。


 薪をくべて温度調節をする風呂は、用意するのがとても大変だった。しかしここでは、水をためれば自動で温度の調節をしてくれるバスタブがあって、ボタン一つで好きな温度のお湯が出てくるシャワーがある。


 大きなたらいに水をためて洗濯板でゴシゴシと洗ってきた衣類は、放り込んでボタンを押せば洗濯からすすぎ、脱水、乾燥まで自動でしてくれる魔道具ランドリーがある。


 掃除にいたっては、風魔法で簡単に埃やゴミを一ヶ所に集めてしまうメルムや、水魔法で簡単に窓を洗って綺麗にしてしまうメイドさん達の姿を見ていたら、もう魔法って何でもありなんじゃないかと思わずにはいられない。


「姫様もじきに出来るようになりますよ」


 というメルムの言葉に、はやく魔法が使えるようになりたいと、ウズウズしていた。





 日が沈み美しい満月が空に浮かぶ頃、勉強会は始まる。


「姫様……今日は、吸血鬼の使える魔法について、お勉強……しましょう」


 いつも元気いっぱいのメルムが、その日はボーッとしていて様子がおかしかった。


「無理しない方がいいわ、メルム。今日はここまでにしましょう」


 私は毎日、メルムから吸血鬼の生活の仕方やマナーなどの基礎知識を教えてもらっていた。

 明らかに具合が悪そうなメルムを心配して声をかける。しかし無理に笑顔をつくってメルムはやめようとしなかった。


「だい、じょぶですよ、ひめさま。わたし、げんきだけが……とりえ、ですか……」


 ふらっとメルムの身体が後方へ傾く。慌てて駆け寄った私は、倒れる寸前になんとか抱き止めた。はずだったのだが、手からするりと抜けおちて中身が居なくなってしまった。手に残ったのは、メルムのメイド服だけ。


「め、メルム?!」

「ひめ、さま……ここ、です」


 姿は見えないけれど、どこからか声は聞こえてくる。


「ここ、です。ここ……」


 ドレスのスカートの裾を引っ張られるような感覚がして下を見ると、足元にちいさな蝙蝠が居た。


「メルムなの?!」

「そう、です……ひめ、さ……」


 目を回したかのように、蝙蝠は気を失ってしまった。


 大変!


 私はメルムを優しく手で掬い上げると、医務室へ急いだ。医務室は確か、レッドクロス城の一階の左奥だったわね。お屋敷を出て向かっている途中、庭園でフォルネウス様とばったり会った。


「慌ててどうしたのだ?」

「フォルネウス様! メルムが急に倒れて、蝙蝠になってしまったんです!」

「みたいだな」


 私の手元を確認したフォルネウス様は、いたって冷静だった。


「だから医務室へ連れていこうかと思いまして!」

「その必要はない」


 フォルネウスが私の手のひらの上で気絶しているメルムに手をかざして数秒後、メルムは目を覚ました。


「あれ、私……」

「メルム、言い付けを破って日中も起きていたな?」

「ひぃ、わ、若様……すみませんでした!」


 メルムは羽をわたわたとさせて動揺しているようだ。


「あの、どういう事ですか?」


 いまいち状況を飲み込めない私は、その二人のやり取りに首を傾ける。


「吸血鬼は日の光を浴びると身体が弱体化するのだ。そのせいでメルムは今、魔力のコントロールが上手く出来なくなっているのだろう。一晩、その辺に転がしておけば治るから安心しろ、アリシア」

「面目ないです、姫様。油断しました……窓を開けていたら思いのほか風が強くて、カーテンが靡き、もろに受けてしまったのです。急いでしめたのですが……」


 話を聞く限り、ほんの数秒の出来事だろう。日の光を浴びると身体が弱体化してキツくなるとは聞いていたが、こんな弊害もあったのかと、またひとつ勉強になった。

 そう考えると、蒼の吸血鬼討伐に向かわれるフォルネウス様達が、何故エリート部隊と呼ばれているのか分かった気がした。そもそも鍛え方が違うのね。


「いいのよ、メルム。無理をしないで今日はしっかり休んでね」

「はい、ありがとうございます。それでは、失礼させて頂きます」


 メルムはパタパタと翼を羽ばたかせて自室へと飛んでいった。

 魔力をコントロールするのって大変な事なんだね。



 ◇



 翌日、メルムはすっかり元通りで元気いっぱいだった。


「昨日はすみませんでした、姫様。一晩寝たら無事回復しました!」

「よかった、昨日はすごく心配だったから」

「申し訳ないです……私の失態を反面教師に、姫様は日中きちんとお休みして下さいませね」

「分かったわ」


 しかしその日は私の調子がどこかおかしかった。

 相槌を打ちながら、席につこうと軽くテーブルに手を置いた。するとバキリと嫌な音がして、テーブルが綺麗に真っ二つに割れてしまったのだ。

 動揺して咄嗟に半歩下がると、今度は逆の手が座ろうとしていた椅子に触れる。すると今度は豪快な音を立てて椅子が後ろへ吹き飛び壊れてしまった。


「姫様、お怪我はございませんか?!」

「私は大丈夫だけど、テーブルと椅子が……本当にごめんなさい!」

「喜んで下さい、姫様。ついに魔力に目覚められたのですよ! おめでとうございます!」

「魔力? さっきのは魔力が原因だったの?」

「魔力に目覚めたての頃はコントロールが上手く出来ず、よくある事なのです。私も小さい時、よくお部屋壊してましたし、気にする必要ありませんよ」


 本当に軽く手を置いただけだった。しかし、無意識のうちに魔力で強化された身体から放たれた衝撃は、軽々と木製のテーブルと椅子を破壊してしまう程の衝撃だった。


「そうなのね。原因が分かって少しほっとしたけど……申し訳ない事をしてしまったわ」


 高級材木で作られたそのテーブルと椅子の無惨な姿を見て、思わず震える。弁償するのに何年かかるのだろう、と。


「大丈夫ですよ、姫様。これは誰もが通る道なんですから」


 メルムはそう言うけど、これ以上余計な迷惑をかけたくない私からすると重大なミスだった。


「メルム……私頑張るから、魔力の扱い方について詳しく教えてもらえるかしら?」

「もちろんですよ、姫様! 魔力をコントロール出来るようになれば、もう一人前の立派な吸血鬼ですよ」


 一人前の立派な吸血鬼という言葉に、俄然やる気が出てきた。はやく一人前になって、働き口を見つけよう。そして借りすぎた恩と、壊した家具の弁償を早急にしなければ!

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