第二章 目指せ、一人前の吸血鬼!
第11話 尊敬する憧れの女性
ハイグランド帝国の中心にあるレッドクロス城。その敷地内の一角には、国民なら誰でも自由に本を読める場所、帝立図書館がある。
メルムの講義が終わって体をトレーニングした後、私はよくこの帝立図書館へ通っていた。少しでもこの国の知識を取り入れたい私にとって、豊富な書物が置かれているこの場所は、まさに楽園のような所だった。
私の住んでいたベリーヒルズ村では、本はとても高価なものの一つだった。
絵本だって村全体で使い回し。字や絵が薄れた箇所を何度も手書きで補正して、ごわごわになった本は、落としただけでページがばらばらになるなんて事も日常茶飯事。本とはとても脆いもので、破かないように、壊さないように、慎重に扱うのが当たり前の認識だった。
しかしここに並べてある本はどれもしっかり装丁されていて、紙の材質は驚くほど滑らかな質感で手触りがいい。しかも色彩豊かで綺麗な表紙や挿絵はとても美しく、欠けている文字もなくスラスラと読める。置いてある本の種類も多いし、最初に足を踏み入れた時とても感動した。
時間が過ぎるのを忘れて読書に没頭した結果、「姫様! もうすぐ朝日が昇りますよ!」と、迎えに来てくれたメルムに注意される事も多々あった。ずっと居ても飽きない。私にとって帝立図書館はまさに夢の楽園だった。
「こんばんは、リフィエル様!」
長い紫色の髪を後ろで一つに結ぶ背の高い人物の後ろ姿を見つけ、私は声をかけた。
「やぁ、アリシア。今日も読書ですか?」
温和で優しく、知的でスレンダーな美人お姉さん。彼女はフォルネウス様の側近として秘書官を務めているリフィエル・マルクリス様。
高いところにある本が取れなくて困っていた時に、「こちらでよろしいですか?」と、本を取ってくれたのが最初の出会いだった。
それから会えば挨拶をするようになり、話をするようになり、現在に至るというわけだ。
図書館に来ると、私はいつもリフィエル様の姿がないか探す習慣がついてしまっていた。
「はい。リフィエル様に先日奨めていただいた本、とても面白かったです! どうしてもそのお礼が言いたくて……その……」
「次の本の紹介を期待しているのですね」
「あはは……ばれちゃいましたか」
ハイグランド帝国の事を知りたいと言ったら、リフィエル様は分かりやすい本を何冊かピックアップしてくれた。それがどれも分かりやすくて面白い! そう、リフィエル様の紹介してくれる本に、ハズレはないのだ!
「確か前回は、市民の生活全般に関する本でしたね。それなら今回は……少しお待ちください」
どこに何の本があるのか的確に把握しているらしいリフィエル様は、無駄なく移動して数札の本を携え戻ってこられた。
「こちらなんていかがでしょう? キリルの冒険譚シリーズです。キリルという少年の冒険を通じて、各地の特色や地理について学べますよ」
パラパラとページをめくると、所々可愛い挿し絵付きで、文字もぎっしりと詰まってはなく読みやすそうな本だった。
「ありがとうございます。とても面白そうで、今から読むのが楽しみです!」
「気に入って頂けたならなによりです。少しはこちらの生活にも慣れましたか?」
「はい。皆さんがとても良くしてくれますので、ありがたい限りです」
「いえいえ。貴方のおかげで、こちらもかなり助けられておりますよ」
お礼を言ったはずが、何故かとても綺麗な笑顔と共に「ありがとうございます」と返されてしまった。リフィエル様の誰にでも丁寧で優しく接してくれる姿勢を、私は是非見習いたいと強く思っていた。
「すみません、リフィエル様。お仕事中にお時間をとらせてしまいまして……」
「いえ。何かあればまた、声をかけて下さいね。では、私はこれで失礼します」
「はい、いつもありがとうございます!」
数札の本を小脇に抱え、リフィエル様は出口へと向かう。その後ろ姿が見えなくなるまで、尊敬の眼差しを込めて見送った。
リフィエル様、ほんと格好いいな。
バリバリと仕事をこなすリフィエル様は、私の憧れだった。いつか自分も、リフィエル様のように立派に仕事ができるようになりたいと願いつつ、今日も私は本を読んで貪欲に知識を貪っていた。
しかしその日以降、中々リフィエル様の姿を図書館で見かけることがなくなってしまった。中庭などで偶然会うことはあっても、とても忙しそうな姿を遠目に見ることぐらいしか出来なかった。
そんな中でも、定期的におすすめの本を司書に預けてくれていたようで、リフィエル様のそんな気遣いに、私はとても感謝している。
「あの、フォルネウス様」
「どうした?」
「これを、リフィエル様にお渡しして頂けないでしょうか?」
どうしてもお礼が言いたかった私は、お食事を終えてフォルネウス様がお帰りの際に一通のお手紙をお渡しした。
「り、リフィエルにか……?」
「はい、リフィエル様にお願いします」
「わ、分かった。渡しておこう」
「フォルネウス様、何だか顔色が……」
「だ、大丈夫だ。では失礼する」
心ここにあらずといったご様子で、フォルネウス様は部屋を出ていかれた。
おまけ【アリシアからの手紙】(リフィエル視点)
執務室にて――
「リフィエル、アリシアから手紙を預かった」
不機嫌オーラをバリバリと垂れ流しながら手紙を渡してくる若様に、私は思わず苦笑いを漏らす。
「私に、ですか?」
「ああ」
そういえば最近、アリシアに図書館で会っていないなと思考を巡らせながら、手紙を受けとる。真面目なアリシアのことだ、お礼の手紙だろうと軽い気持ちで開いたそれはあながち間違いではなかった。しかし最後の一文を見て、私は固まった。
『最近寒い日が続いております。冷えは女性の大敵といいます。どうかリフィエル様も、暖かくしてお休みくださいね』
とりあえず、気持ちを落ち着けるために深く息を吸って吐く。久々に来たな、この間違いと、私は冷静に現実を受け止めていた。
まぁ、最初から何となくそんな気はしていた。だがいちいち言われてもないことを訂正するのもおかしな事で、放っておいた結果がこれだ。
むしろ今は、勘違いされていてよかったのかもしれない。目の前で拗ねていじけている上司の機嫌取りは出来るだろうから。このまま若様のモチベーションが著しく下がったままでは、ただでさえ激務の仕事が、より酷くなるのが目に見えていた。
「若様、とりあえずこちらをご覧下さい」
「何故それを俺に見せる? あてつけか? 嫌味か? 自慢ならお断りだ!」
「むしろ、その逆です」
意味深な言葉の真意を確かめたかったようで、若様は受け取った手紙に目を通された。そうして最後の一文を読み終えて立ち上がった彼は、私の肩にポンと優しく手を置いた。
どんまい、と。なんなら、もう部屋に戻って休んでいいぞとまで、言われた。嫉妬で拗ねられても面倒だが、そう勝ち誇った顔で同情的な視線を送られても、若干の苛立ちを覚えるのは何故だろうか。
これは、教育的指導の出番ですね。
私は胸元のポケットから折り畳み式の教鞭を取り出した。
「若様、問題です」
ピシッという教鞭の音に、昔の癖で若様は反射的に背筋を伸ばして姿勢を正す。
「この手紙から、貴方に対するアリシアのどのような心情が読み取れますか?」
「何だ、急に……」
「元、貴方の教育指導係として、現状を正しく把握されているかのテストですよ」
今は側近として務めているが私は昔、若様の教育指導係として勉強やマナー全般を教えていた先生でもある。
「アリシアは、その手紙を渡して欲しいと俺を頼ってくれた。つまり、信頼されているのだ!」
「二十点の回答です」
「に、二十点……じゃあ、正解は?!」
「アリシアは、私の事を女性として尊敬しています。その尊敬する魅力的な女性が、四六時中貴方と共に居る事に対して、何の危機感も持っていません。それはつまり、現状若様は、アリシアに男性としては全く見られていないということですよ。命の恩人としての信頼だけで、そこに愛はありません」
胸を抑えて蹲った若様を見る限り、相当ダメージを受けられたようだ。
「……リフィエル」
「何ですか?」
若様の心をハイな状態から標準値より下まで戻した私には、彼の次の行動がよめていた。
「仕事するか」
「そうですね」
現実を受け止めたくない若様は、鬱憤を晴らすため、こうして仕事に逃げるであろうと。
今日は仕事が捗りそうですねと、思わず口元から笑みがもれる。
その後、私はきちんとアリシアの誤解を解いておいた。
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