第9話 どうか、生きてくれ……(フォルネウス視点) ★

 吸血鬼という存在は、元を辿れば一人の始祖から始まった。そんな吸血鬼の始祖ネクロードには、元は人間だった二人の吸血鬼の弟子が居た。


 不運なことに、野心の高い最初の弟子バルカスに始祖ネクロードは襲われた。

 二人目の弟子シエラが駆けつけた時には、始祖ネクロードはもう助からない状態だった。その時、自らの血と魂を二人目の弟子に引き継がせ始祖は息を引き取った。


 一人目の弟子バルカスには、自分の血を。

 二人目の弟子シエラには、自分の魂を。


 血を奪い取った一人目の弟子バルカスは、その美味しさを忘れられずに無作為に生き物から血を奪う恐ろしい冷徹な蒼の吸血鬼となった。


 魂を受け継いだ二人目の弟子シエラは、他者を思いやる心を持つ優しい紅の吸血鬼となった。


 一人目の弟子バルカスが無作為に人間を取り込み恐ろしい吸血鬼と化していく傍らで、二人目の弟子シエラは愛する者を見つけ、思いやり慈しみひっそりと幸せに暮らすようになった。


 紅の吸血鬼の末裔である俺達の一族は、愛する者の血をお互いに与え合いながらひっそりと暮らしていくうちに、長い時を経てハイグランド帝国という一つの大きな国家を作り上げた。


 逆に蒼の吸血鬼の末裔は、人里に狡猾に紛れて隠れ住み、人々を襲う恐ろしい存在となった。


 人の国を統べるリグレット王国と、吸血鬼の国を統べるハイグランド帝国の王は、互いに平和協定を結び、互いの領地を許可なく荒らさない事を約束した。そして協力し、人を無作為に襲う蒼の吸血鬼の討伐を行うようになった。



 アリシアと出会って三年後、俺は蒼の吸血鬼討伐部隊のリーダーを務めながら、再びリグレット王国へ来るようになった。


 任務の帰りに巡回パトロールと称して、俺はお忍びでアリシアの住む村へよく出かけるようになった。目的は勿論、助けてくれたアリシアを一目でもいいから見たい故だった。遠くから危険がないかを確認して帰る。


 そうやって通ううちに、アリシアが思いを寄せる相手が居ることに気づいてしまった。そしてアリシアに思いを寄せられる青年は、また別の女性を見ている事も。


 二人が相思相愛であったなら、潔く諦めることができただろう。しかし悲しそうに青年の背中を目で追うアリシアの姿が、不憫でならなかった。


 そうして見守るうちに、事件が起きた。自我を失いさまよう蒼の吸血鬼の被害が出たとの情報が入ったのだ。


 今回蒼の吸血鬼の被害が出たのは、アリシアの住む村の近くだった。

 蒼の吸血鬼討伐のために特別編成を組んだ部隊と共に、急いで現場へ駆けつけた。しかし目撃情報を頼りに追跡した先で、最悪の事態を目にする。愛しいアリシアが、暴走した蒼の吸血鬼に襲われていたのだ。


「貴様、その子から離れろ!」


 俺の放つ殺気に、蒼の吸血鬼は恐怖を感じたのか、アリシアをその場に投げ捨て逃げ出した。

 アリシアを抱き止めた俺は部下に「絶対に奴を逃がすな」と命令を出し、追跡をさせた。


 かなりの血を吸われたアリシアは、顔面蒼白で今にも息絶えそうなほど弱っており、一刻の猶予もなかった。


「一生、俺を恨んでくれて構わない! それでも俺は、君を死なせるわけにはいかないのだ……っ」


 自身の手首をもう片方の手の爪で切ると、滴る血を口に含んでアリシアに口移しで与え続けた。


 それは本来なら、愛し合った吸血鬼と人間の男女が行うべき契約の儀式。人間の血を吸血鬼が取り込み、混ざり合ったその血を人間に与えて、正しい自我を持つ吸血鬼へとする。


 もしそれが行われなかった場合、噛まれた人間は自我を失いただ他者の血を求める恐ろしい吸血鬼と化すか、致死量の血を奪われて命を落とすかの二択しかない。


 身体中の血を吸われ尽くしたアリシアを今この場で助けるには、子供の頃にアリシアの血を取り込んだ俺しか、救える者がいなかった。


「若様、どうかもうお止めください。それ以上は、貴方の身が危険です」

「後で補給すれば俺の身はどうとでもなる」


 部下に止められても、アリシアの容態が落ち着くまで、その行為を止めなかった。





 ハイグランド帝国に保護してきてからも、アリシアは中々目を覚まさなかった。メルムをアリシアの侍女に任命し、身の回りの世話をさせた。執務の合間に、俺は毎晩アリシアの元に通っては、自身の血を与え続けていた。


「お願いだ。どうか生きてくれ、アリシア……」


 寝たきりですっかり白くなってしまったアリシアの手をとって、その手の甲に願いを込めてキスを落とす。


 そうして保護してきてから約一年後、アリシアが奇跡的に目を覚ました。


 アリシアが目覚めたのはとても喜ばしい事だ。しかしそれによって、彼女の元を堂々と毎日訪れる口実が無くなってしまった事に、寂しさを募らせていた。


 そんな時、医務室から嬉しそうに紙袋を抱えて出てくるメルムと会った。話を聞くと、それは血が飲めないアリシアのための血液の錠剤だという。


 不味い血の味は、血嫌いだった自分が誰よりもよく知っている。

 運命の相手に出会うことが出来れば、その血の美味しさに目覚めるはずだと、両親は毎日俺の元へ令嬢を一人ずつ呼び寄せた。毎日毎日、不味い血を味見させられる生活にその当時、俺は本当にうんざりしていた。


 まさか、アリシアもそうだったとは……


 姫様のために! と美味しい食事を用意すべく、メルムが古今東西から話題のブラッドボトルを集めて頑張っていたのを知っている手前、そんな部下を責めるわけにもいかなかった。


 しかし自分と同じ苦しみを、そんな不憫な思いをさせてしまっていた事に関しては、間違いなく自分の落ち度であり、無性に腹立たしさを感じる。美味しいと聞くどの銘柄のブラッドの名をあげても、メルムが先に試した後のようで、ダメでしたと首を横に振るばかりだ。


 豊富な味覚を持つ人間だったアリシアに、一生そのような淡白な食事を強いるなど……あまりにも可哀想ではないか。何とか美味しく食べてもらえるものを……そう考えて俺は思い出す。


 目覚めた時、少なくとも自分の血だけは美味しいと飲んでいたのを。それもそうだろう。アリシアに血を分け与え吸血鬼としたのは自分なのだから。

 盲点だった。正しい自我を持つ吸血鬼にするため俺がアリシアに施した契約は、普通なら婚姻の儀式として使われるものだ。アリシアの味覚を縛っていたのは、他でもない俺自身だった。その事に気付いてから、自分に対して怒りを募らせる。そして誓った。


 もう二度と、その様に不憫な思いをさせない。俺は一生、アリシアの餌になろう! と。

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