鎖良御呼出【チェーンヨーオコール】駅の怪(中編)
◆◆◆
七万トン分のマグロ(作者注:電車が原因で生じた人間の轢死体、遺伝子組換えを含む)は掃除機によって回収された後、棺桶に収まるサイズにまで圧縮されて、鎖良御呼出一丁目のセレモニーホール鎖良御呼出に一時保管されていた。
回転寿司のレーンに流れているマグロ(作者注:百円寿司だとあんまり美味しくない方)を見て、それが元々はどのような魚であったかを判断できる人間はいない。それと同じように百万ものマグロ(作者注:人によっては美味しい方)が元々はどのような人間であったかを判断できるものもいない。
そんなマグロ(作者注:皆様もご存知なのでもう説明しません)の群れは家族に引き取ってもらうことが不可能な上にスペースまで取るので、とりあえず限界まで圧縮してスペースの問題を解決し、ついでに集団葬までやってしまおうというのである。
「グフフ……御愁傷様です」
セレモニーホール鎖良御呼出を所有する葬儀会社、次のご愁傷はお前(株)の社員である
この剛力という男は過剰ドーピングにより、十万トンを持ち上げることが可能なほどの怪力を持っており、今回のマグロ運搬においても、その怪力を十分に発揮している。しかし、ドーピングの代償としてその生命はいつ消えるともわからぬ儚いものとなっており、そんな彼の座右の銘は『メメント・モリ』である。ある意味で葬式に一番真剣に向き合っている。
「マグロを見せて……いえ、蘇生しに来たのですが」
「グフフ……蘇生ですと?」
「蘇生!?」
剛力が訝しげに首をひねり、駅長が驚愕する。
「どもども、イタコ系ネクロマンサーですよ」
殺死杉が呼んだ女性はそう言って頭を下げた。
殺戮刑事ともなれば仕事中についうっかり記憶を失って、誰をどうやって殺したのかわからなくなることもある。そのような事態に備えて、イタコ業者との癒着は不可欠である。
殺死杉が連れてきた女性はすなわち、イタコであり、女子高生であり、最近ネクロマンサーの資格も取得していた。本職の刑事がイタコに犯人を聞こうなどと言おうものなら周囲からの冷たい視線を一生涯浴び続けることになるだろうが、その点殺戮刑事にそのような問題ない、犯人がわからなければイタコを利用することも可能なのである。
「七万トンの死体の魂をその超圧縮された肉塊に憑依させて、何があったか聞き出そうと思うんですねェ」
駅長からの冷たい視線を浴びながら、殺死杉は平然と言ってのける。
「ハァ……仏様の魂を……憑依ですか……」
「事件解決のため、時には大胆な発想が大切になってきますからねェーッ!」
「しかし」
駅長との会話に遠慮がちに剛力が口を挟んだ。
「我々、葬儀会社のものとしましては、簡単に人間に生き返られては困るといいますか、今回のような場合、百万人分の集団葬儀ですので……これを妨害されては我々共としましても、暴力で対抗せざるを得ないのですが」
そう言って、剛力は握り拳を振り上げた。
命を犠牲に危険ドーピングで得た剛力の拳は、世界で最強のハンマーと言っても過言ではない。
「すぐ死に戻るので大丈夫です」
「グフフ、なら良いです」
だが、すぐに死ぬので問題はなかった。
確かに死者蘇生は人類の永遠の夢と言っても過言ではないかもしれない、しかし世界にはそのような美味しい話はないのだ。如何なる人間も死から逃れることは出来ない、蘇ることが出来たとしても、それは死神が肩にかけた指を僅かに緩めたその間だけである――哀しいことかもしれないが、読者の皆様もその事実をしっかりと胸に抱えて生きてほしい。
皆様が残酷な事実を受け止めたところで、殺死杉達は霊安室に辿りついていた。
棺桶の蓋を開けば、常人サイズの棺桶の中に死体の肉詰めが原子単位の隙間も無いほどにみつしりと詰まっている。
「ハハァ、これが……」
殺死杉達は七万トン分の肉に手を合わせ、それから間もなく行動を開始した。
「じゃ、この死体に魂を憑依させていきますよー!えいやーっ!」
言うやいなや、何かぼんやりとした光のようなものが天井の方から降りてきて、次々に棺桶の肉詰めの中に収まっていく。
「……グフフ、この仏様に魂が憑依していくというわけなのですね」
魂の光を感慨深く眺めながら、剛力が言った。
「そういうことですねェ」
「しかし、百万もの魂が……その今となっては一つの肉塊に収まるというのは、何らかの問題が生じたりはしないのでしょうか」
「そこはまぁ、賭けになりますねェ」
「賭け、ですか……」
「複数の魂が共存するのかもしれませんし、肉体の中で殺し合い一つの魂の主導権を握るのかもしれません、そもそも百万人も自殺するような事件なんて普通目撃者があって然るべきですから、こんなこと初めてなんですよねェーッ!?」
「猛烈に嫌な予感がしてきました……」
駅長の頭が嫌な予感にピリピリと痛む。
その一方で、魂は順調に一つの肉塊への憑依を続けている――間もなく、七万トンもの肉塊は自身に憑依した魂に形を合わせるかのように、その身体を圧縮から解き放ち、7つの頭を持つ巨大な竜と化した。
「……我を封印から目覚めさせたのは誰だ」
「ぜ、絶対、自殺者じゃない!」
「自殺……?フン、我は魂王竜セブンスソウルドラゴン……城を築くほどの肉と、複数の魂によって、我は盟約に基づいて冥府より帰還した……さぁ、貴様の願いを言うが良い……」
「何が起こったんですか!?」
「何かって言われてもこっちが聞きたいですが、七万トンの肉体に複数の魂を憑依させて話を聞こうとすることで偶然にもセブンスソウルドラゴンさんの召喚条件を満たしてしまったのでしょう」
「そんな偶然あってたまりますか!」
「そんなこと私に言われても……流石の私も想定外ですからねェーッ」
困ったように殺死杉は頭をかき、魂王竜セブンスソウルドラゴンを見上げた。
冥府より帰還した竜は、七万トンの質量を建物を破壊しない程度に広げている。
「まぁ、願いを言えって言うんだから聞きたいんですが、昨日と今日で自殺した人たちの数を確認したいんですよねェ」
「数……?」
駅長が尋ねる。
「確かに自殺は起こっているようですが……しかし、先程も言いましたが、それでも百万人も自殺したっていうのは考えづらいんですよ……それよりは、体重が合計して七万トンの人間が複数回に渡って自殺したとか、あるいは自殺者の数を誤魔化すために七万トン分の肉塊を追加で線路にぶち撒けて、偽装工作を行ったとか……その可能性の方が高いと私は考えています」
「グフフ……成程」
「というわけで、如何でしょうかねェーッ!?魂王竜セブンスソウルドラゴンさァン!」
殺死杉の問いに、セブンスソウルドラゴンはしばらくの間、沈黙し、目を閉じた。殺死杉の問いに対しての答えを自分の中から探しているようである。
「三百八……それが我に捧げられた魂の数である」
「さんびゃ……実際はそんなに少な」
駅長はそこまで言いかけて気づく、百万人と比べれば確かに少ないが二日で三桁の自殺者数は尋常の数ではない。自身の常識が破壊されている。
「では、彼らの体重は合計して七万トンに達しますか?」
「……いや、二〇トンといったところか」
「グフフ……となると」
「七万トンものマグロは鎖良御呼出駅で百万人もの自殺者が発生したと世間に思わせるための偽装工作……そういうことになりますねェーッ!!!」
「ということは監視カメラのハッキングや、我々がUFOにさらわれて記憶を曖昧にされたのも……」
「犯人の偽装工作の一つということでしょうねェーッ!」
「しっ……しかし、何故そのようなことを……」
「すぐにわかることでしょう、七万トンもの肉を仕入れれば……どこかに痕跡は出るでしょうからね、仕入れ主を調べれば良いだけのことです」
そう言って殺死杉はニヤリと笑い、セブンスソウルドラゴンは自身の肉の翼を広げた。
「では貴様の願いを叶えたところで……私の願いを叶えるとしよう、この地上支配という我のねがグェェェェーッ!!!!!」
セブンスソウルドラゴンを殺害し、とうとう事件はクライマックスへと向かう。
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