お月さまいくつ。

水玉猫

満月

 ある日の学校帰り。

 雲の切れ間から、まんまるのお月さまがのぞいている。今日は帰りが遅くなった。


 サンザシの木の陰から、突然、大きな犬が飛び出して来た。犬は、ちょっと苦手。こうもり傘を盾に身構えたけれど、大きな犬は、わたしなんかに目もくれず、全速力で行ってしまった。

 さっきの雷に驚いて、どこかの家から脱走してきたのかな。早く、お家にお帰り、犬さん。飼い主さんが、心配しているよ。


 犬が飛び出して来たサンザシの木の前に、広げたままの傘とノートが落ちていた。ノートは、ほとんど濡れていない。

 大きな犬に驚き、傘とノートを放り出して、逃げたのかもしれない。だったら、持ち主はまだ近くにいるはずだ。そう思って、きょろきょろあたりを見回したけれど、だれもいない。


 お月さまは雲に隠れ、遠くで再び雷の音がし始めた。

 傘はともかく、ノートをこのままにしたら、濡れてしまう。

 落ちていた傘を閉じてサンザシの木に立て掛けると、ノートだけ持って家に帰った。





 ノートは下ろしたばかりで、まだ1ページしか使っていなかった。詩だか日記だか、わからないことが書いてある。

 


  イチゴジャムは、甘すぎる。

  だけど、**さんはイチゴジャムが好きだ。

  今日も、赤いジャムのパンを食べていた。

  クランベリージュースは、酸っぱすぎる。

  だけど、**さんは、クランベリージュースが好きだ。

  昨日は、赤いクランベリージュースを飲んでいた。



 ……えっと。

 この**さんって、もしかして、もしかすると、わたしのことなのかな?

 たしかに、イチゴジャムもクランベリージュースも好きだ。今日のお昼はジャムパンを食べたし、昨日はクランベリージュースを飲んだ。

 この**さんが、わたし夕日ゆうひ小夜さよのことなら、これを書いたのはきっとクラスのだれかだ。

 どういうつもりで、書いたんだろう。

 わたしは、一人づつ、クラスメートの顔を思い出してみた。でも、だれだか、わからない。

 真夜中の勢いもあって、ついついその下に書き込んでしまった。



 イチゴジャムより、サンザシの実のジャムが好き。

 クランベリージュースより、サンザシのジュースが好き。

 だって、ちょっとのサンザシは、わたしを9つの欠けた木から1、10にしてくれるもの。



 書いてからハッと我に返って、焦って消しゴムで消した。だけど、書いた跡がノートにくっきり残ってしまった。





 次の日の朝。

 まぶしいくらいの真っ青な空が、広がっていた。

 サンザシの木には、昨日の傘が立て掛けたままになっている。だれも取りに戻ってこなかったんだ。

 わたしは、傘の陰にノートを置いた。

 昨夜ゆうべは傘の色なんて気にも留めなかったけれど、傘はノートと同じ色をしていた。

 ノートも傘もミッドナイトブルーなら、持ち主は女子より男子のほうが可能性が高いのだろうか。でも、わたしのこうもり傘も黒なんだし、決めつけることはできない。

 だれかが取りに来るのを待っていたい気もするけれど、昨夜、勝手にノートに書いて消したことが恥ずかしくなって、わたしは走って学校に行った。




 その日一日、落ち着かなかった。

 帰り道、サンザシの木の下を見たら、傘もノートも無くなっていた。

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