プロローグ


 俺の名は、桐原勇二。いわゆる私立探偵というやつを、生業なりわいにしている。


 私立探偵などというと、ちょっとカッコ良さそうに聞こえるかもしれないが。実際に請け負う仕事は、指定された人物の素行調査や浮気調査など、地味で根気のいる仕事がほとんどだ。だが俺は、そんな案件を地道にコツコツと1人で調べ上げていくという作業が、性に合っているらしい。そのおかげで幸い、探偵を始めてからこの方、食いっぱぐれるような状況に陥ったことはない。


 ただ、食うに困るほど生活に困窮したことはないが、これまでに何度か、命の危険に晒されたことはある。「地味で根気のいる仕事」とは正反対のようだが、これも決して嘘ではない。頻度からすれば決して高いわけではないのだが、俺はなぜか、そんな「ヤバい案件」に縁があるらしい。



 しかし、人のウワサという奴は、例え頻度が高くなくても、そういった「話題性の高い事件」に関心が集まるものだ。だから試しに、ネットで俺の名前を検索してみると、「超常現象に詳しい探偵」だとか、「信じられないような奇怪な事件に関わった探偵」だとか、そういった記述を幾つか見つけることが出来る。


 過去に一度だけ、ご丁寧に俺のウィキペディアまで作られていたことがあって、そこにはあることないこと、あらゆる想像を膨らませて書いたであろう事項が羅列されていた。いわく、私立探偵・桐原勇二には、霊視能力がある。いわく、桐原勇二には、エクソシズムに近い、「悪霊を追い払う力」がある、などなど。


 実のところ、俺はそういった「霊能力」のようなものは、全く持ち合わせていない。ただ、いわゆる「霊的存在」の類が絡んだ事件に何度か関わったことがあり、命の危険に晒されながらも、なんとかそれを解決に導いたというだけのことだ。いくらなんでも、これは俺の信頼性に関わると思い、多少勿体ないかなとも思いつつ、ウィキは全削除させてもらった。



 それでもまあ、死んだ人間の魂が生きている人間の体に乗り移ったとか、吸血鬼のような種族の争いに巻き込まれたりとか、人をゾンビ化しようという研究を阻止したりとか、目に見えない殺意の塊のような「悪意」と対決したりとか……これらはみな、「実際に、俺が関わって来た案件」なのだが。改めて振り返ってみても、「超常現象専門の探偵」のような言われ方をされるのも、やむを得ないかなとも思う。


 西条という知り合いの刑事などは、俺がそういう案件を呼び寄せてるんだと、あらぬ言いがかりをつけてくるくらいだ。だが、前述した「常識はずれな案件」のうちひとつは、その西条から紹介されたものだったので、奴もあまり、一方的に俺を責めるわけにもいかないのだが。


 そして、そんな俺のウワサをどこかで聞きつけたのか、胡散臭い依頼を持ち込んでくる奴も、定期的に表れる。そのうち99%はイタズラだとすぐにわかり、丁重にお引き取り願っている。なんせこちらは実際に、「信じられない案件」を何度も経験しているのだ。俺を騙そうとしたりからかおうとして作りあげた、でっち上げの物語ストーリーなどは、その場で見破ることが出来る。「ホンモノ」の事件は、作り話など到底及ばぬほど陰惨で、驚愕に満ちたものなのだから。



 これから紹介する「案件」も、そういった「俺のウワサを聞きつけた者」からの依頼だった。だが、この案件が非常にやっかいだったのは。これまでにないほど奇妙で、誰に話してもとてもすぐには信じてもらえないような、驚きの連続で。しかも俺の心の奥底に、今も深いくさびを打ち込んでいる、生涯忘れ得ぬほどの「思い出深い事件」だったからなんだ……。


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