初夢

@88chama

第1話 真冬の海辺に動物達が大集合

 「いい夢を見ろよ。いいか、『一富士、ニ鷹、三なすび』だぞ、忘れるなよ。」

そう言って、おじさんが手を振って出かけて行ってから、どれだけの日が過ぎただろうか。車のエンジンの音も、愛犬の鳴き声も、おじさんが庭を動きまわる足音やその影など、それらの何もかもがいきなり消えてしまってから、お隣りは不気味なくらいシーンと静まりかえっている。


 いくらなんでも、こんなに長い間おじさんに会わないと、いつもの小言までもが懐かしく思えてくる。でもそれって、一体何故なのだろうか。だって、おじさんはそりゃぁうるさくて、僕の親でも本当のおじさんでもないのに、世界で一番、僕を怒ったり説教をしたりする、何とも恐い人なのだから。 それなのに僕は、日に一度は必ずおじさんの所に顔を出して一日を終えるのだ。

 


そんなことをぼんやり考えていたら、外が急に騒がしくなった。ジローの声か。

窓を開けると月の明りが辺りを照らし、芝生の庭に積もった雪の上で、ジローがしきりに吠えていた。でもどうしたんだろう。ジローったらおじさんのベルトを腰に巻いているぞ。ベルトと言っても本当は古いネクタイで、いつもおじさんはそこにタオルをぶら下げている。

でも何故ジローがおじさんの真似をしているのか、全くわからない。



 気のせいかジローが盛んに僕を呼んでいる。その声が「ワンワン」ではなく、「早く来て、早く来て」としか聞えないのは何故だろう。僕は急いで窓から飛び降りて、まるで引っぱられるようにジローの後について門の所まで行った。すると当然そこは道路である筈なのに、目の前には砂浜がぐぅーんと広がっていた。      



  去年の夏、ランニングシャツによれよれのズボンを履いて、古ネクタイのベルトをした、何とも変な恰好のおじさんが、浜辺で遊んでいる子供達の輪の中に僕を入れてくれたのが、おじさんとの初めての出会いだった。その砂浜があの日と同じように、そこにあったのだ。


 僕は思わず「うおーっ」と叫んでしまった。あまりにも信じられない不思議な出来事に、そりゃぁもうびっくりしてしまって、その声はお腹の底から、僕の腹わたやら何やら全ての物が吐き出されてしまうかも知れないと思えるような、本当に気持ちの悪い変な声だった。


 その声に反応したかのように、砂浜をライオンやトラのような猛獣から、兎やねずみのような小動物までが、遥かかなたから砂煙をあげて、僕をめがけて猛烈な勢いで走って来たのだ。僕は恐ろしくて恐ろしくて、息が何度も止まっては動き出し、その動作の繰り返しの間に二度気絶してはまた気がついた、らしい。

      


 酷い砂煙が収まって、やっと僕の呼吸が正常に戻った時、僕は見たのだ。

あのどちらかというと気の弱いジローが、これらの動物達の前で背すじをピンと伸ばし、偉そうに号令をかけている姿を。


 「とにかく、強いとか弱いとかは関係ない。来た順に並べばよいのだ、わかったか!」

なんちゃって、かっこよすぎるジローだった。でもこれは一体どうして!? 


 不思議な光景に、僕は何がなんだかさっぱり分からなくて、頭がキリキリ痛かった。真夜中だったのに、雪が積もっていた筈なのに、浜辺には燃えるような真夏の陽が射し、波がキラキラと光ってまぶしかった。


 沖に小さな島かげが見える。えっ、あんな所に島なんてあったっけ?

これもまた信じられないことだから、僕はもう一度腹の底から、さっき吐き出した臓物の残りをまた吐き出すかのように、奇妙な声で「あれーっ」と叫ぶと、今度はその叫び声が不思議にも、何かの塊のようなものになって口から飛び出した。そしてポトンと足もとに落ちると小さな鉄の棒になった。


 僕は目を何度もこすってはその棒を真剣に見つめていると、それはムクムクと膨れだして鳥居のようなものになり、やがて大きな橋に変わった。そして沖にある小さな島に向ってぐんぐん伸びて行くと、島の「入り口」と書いた門の看板の前でピタッと止まった。


 その門の前では背丈よりも長い杖を持った老人が、僕らを手招きしている。いや正しくは、しているらしい、というのが正確だろう。だってその島は遥か遠くにあるのだから。

 でも、メガネをかけている僕にはっきりと見えているというのは何故だ。僕はびっくりすることばかりで、何をどうしたらいいのか分からずグズグズしていると、耳が破れるかと思われるような大きな音で笛がなった。するとジローが一列に並べた動物の一行を引き連れて、さっそうと橋の上を行進し始めた。



 ああ、僕は何て変な夢をみているのだろう。こんなに沢山の動物が普通は食ったり食われたりしている筈の動物が、喧嘩もしないできちんと一列に並んで行進しているなんて、誰が信じられるものか。僕は頭がこんがらがってくるのを、やっとの思いで解きほぐしながら、列の一番最後にくっついて、長い橋の上をどれだけ歩いただろうか。

     

 動物達の恐さよりも強い陽射しとキリキリ傷む頭に悩まされながらも、やっと島に着くとひと息つく暇もなく、老人が動物達を前に演説を始めた。

 「全員集合したか。よし。それではこれからわしの言うことを、皆よぉく聞くがい

い。」


 「今お前たちがここに集まることが出来たのは、お前たちの仲間の鳥や蝶や蜂たちの懸命なる働きのお蔭なのである。ご苦労であった、まずは礼を言うぞ。」

 「わしが必死で書いた数千枚の警告文を、彼らに大急ぎで空から撒いてもらったのだが、残念ながら全ての動物に行き渡った訳ではなかったようだ。残念でならない。

全くもって、この島に渡って来られたお前達というのは誠に運が良かったというものだ。もう少し遅かったら、と思っただけでも、おお、背筋が寒くなるわ。」


      

 老人の演説がなかなか本題に進まないので、疲れきった動物たちの列がゆらゆら揺れだしてきた。すると老人は真っ赤な顔をして

 「人が真剣に話をしている時に、その態度は何たることか、ばかもの。お前達は誠に軟弱でいかん。全く辛抱というものが足りん、緊張感が足りん。そんなことで一体どうするのだ。」

 と丸く大きな目をギロギロ光らせて激しく怒った。



 そのすごさは列の一番前にいた恐そうなヒョウでさえ、身体を小さくして後ずさりしたほどであった。僕も皆もこの燃えるような暑さと戦いながら、長い長い橋の上を歩き続けて来た疲れから、すぐにでも座りたいとそればかり考えていたのに、疲れもどこかへ吹っ飛んでしまって、まるでまっすぐな棒のようにピンと立って、老人の話を聞くよう努力した。


 だが、そうやってしっかり聞いてみると、老人の話が全く素晴らしいものだと思えるようになってきたので、みんなの態度も次第に真剣なものになってきた。

 それからも老人の話は長々と続いた。途中、年老いたヤギが暑さに負けてその場にバッタリと倒れてしまった以外は、みんな話に吸い込まれるように聞き入った。



 

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