第3話 何者でもない

 カエデから寝巻を借りたユウは着替えを済ませると、大きなベッドに二人で寝ころんだ。


「ごめんね、せっかくおしゃれしたのに。また明日着ようか」

「いえ、寝巻も貸してくださってありがとうございます」


 カエデは寝ころんだまま肘を立てて顎を乗せるとユウに尋ねた。


「ユウちゃんって十四歳なのよね、その歳で一人でお父さんを捜しに来るってなかなかの行動力よね。警察には相談したの?」


 ユウは隣で苦笑いを浮かべる。


「警察には……言ってないです。言っても多分、取り合ってくれないので……」


 ユウの言葉にカエデは暗い顔を見せる。

 この異世界ができたのはおよそ百年前。長いようでまだまだ短く、人間と妖怪は今もいがみ合ったまま。ここ数年でようやく互いの世界を行き来できるようになったものの、その制限の厳しさが世の中の本音を物語っている。互いのことをよく思っていない人がほとんどなのは事実だった。


「私、妖怪と人間は互いに助け合うべきだと思うんです」


 おどおどしていたユウが初めてはっきりと言葉を口にした。ユウの真剣な眼差しに、カエデもふふっと笑う。


「そうね。うちね、ハーフなのよ。人間と妖怪の。だからこそうちもそう思う。いつか……仲良くなれるといいね」


 カエデはゴロンと仰向けになると涼しい顔をした。何かを思い出した様子のユウは少し前のめりになりながらカエデに尋ねた。


「カエデさんとルイさんって……つ、付き合ってるんですか?」

「ば、馬鹿言わないで! ただの側近! あんなやつと付き合うなんて絶対無理よ!」


 真っ赤に染まる顔を枕で必死に隠すカエデにユウはくすりと笑った。今度はカエデがユウに反撃を仕掛ける。


「ユウちゃんはいるの? 好きな子」

「いませんよ。私のクラス、馬鹿ばっかりなので」


 ユウも緊張がほぐれたのか、仰向けになる。


「ルイさんって、頭良さそうですよね。私も付き合うならルイさんみたいな人がいいなぁ」

「〝も〟って、だからうちらは付き合ってないし。あいつはかなりの馬鹿よ。子どもっぽいし、何考えてるかよくわかんないし……」


 カエデは目を細め、ルイとの出会いを思い出す。


「ほんと、何考えてるんだろ」



 くだんの男──ルイは自分の家に帰らず、夜の街をただひたすら歩いていた。スマホで地図を見ながら、目的地と照らし合わせていく。

 中央セントラル国の真ん中に位置するのが今いる場所、首都のリビリー。そこから南西方向に向かうと小さな森が、南に進むと完全な森林地帯が広がっている。

 ルイが目指すのは南西方向の小さな森、通称『神の森』である。その名の通り、その森にはたくさんの神様が祀られている。

 一時間ほど歩き、ようやく森の入り口に辿り着いたルイ。スマホをポケットにしまうと、森の中を進んでいく。五分ほど歩き、立ち止まった。ルイの目の前には縄がまかれた大きな岩がある。


「カラス」


 一言、ルイが呟く。するとどこからともなく風が吹き始め、岩の上部で渦を描いていく。そして真っ黒な袴を着た男が現れた。黒いくちばしのような尖った仮面で目を隠し、背中には大きくて立派な黒い翼が二枚生えている。

 男はルイを見てにやりと笑う。


「久しぶりだなぁルイ。こんな夜にオレを呼びつけるとは、一体どんな要件だ」


 ルイはポケットから五円玉を取り出すと、指で弾き飛ばす。男のもとに飛んだ五円玉はしっかりとキャッチされた。


「夜じゃなきゃ出てこないくせによく言うよなぁ、カラス」


 カラスと呼ばれた男が五円玉に息を吹きかけると、五円玉はさぁっと溶けるように消えていく。

 彼はカラスの神様。神様によって得意分野は分かれるが、五円玉をお供えすることによって願いを叶える力を得る。つまり、ルイはカラスに願いを叶えてほしいのだ。


「人間が迷い込んだ。行方不明の父親を捜しているらしい」

「そういや今日は少し騒がしかったな。おかげで昼寝ができなかった」


 ルイは狐面をずらして、黄色がかった瞳で真っ直ぐカラスを見つめる。


を手伝ってほしい」


 カラスの顔から笑顔が消えた。


「へぇ、が言うなら断れねぇなぁ」


 カラスは右手の人差し指を立てて口元に持ってくると、風とともにカラスの姿となり飛んで行った。大きな翼をはばたかせる様子を見届けると、ルイは狐面で顔を隠して家路を辿った。



 朝。リズミカルに部屋のドアをノックされ、カエデは目を覚ます。隣では小さな寝息を立ててユウが眠っていた。起こさないようにベッドから降り、窓のカーテンを開けて日の光を部屋の中に入れる。気持ちよさそうに伸びをしていると、またリズミカルにノックされる。


「おーい、朝だよー」


 間延びした声で呼ぶのはルイだった。ゆっくりとドアを開けると、いつも通り狐面を横につけたルイがにこにこしながら待っている。カエデは寝ぐせをつけたままのボサボサの髪をわしゃわしゃと撫でて肩を落とした。


「ルイ、今何時だと思ってんの?」

「ん? 六時」


 表情一つ変えずきちんと答えるルイにカエデは大きなため息をつきながら、ベッドで眠るユウを指さしてみせた。


「まだ寝てるんだけど。早すぎでしょ」

「えぇ~? ほら、近くに新しくカフェできたろ? そこで朝ごはんでも食べようかなって思って」


 それでも嫌そうな顔をするカエデにルイは獲物をちらつかせてみせる。


「そこのパンケーキ、美味しいらしいぞ」

「パンケーキ!? 行くー!」


 カエデは飛び跳ねながらユウを起こしにいった。


「ルイー、着替えるからそこ閉めてー」

「はいよ」


 ドアを閉めたルイは廊下の壁に寄りかかり、ポケットから取り出したスマホで暇をつぶす。しばらくして女子二人が部屋から出てきた。ユウは昨日と同じ格好。カエデは白いブラウスに緑のジャンパースカート。さっきまで寝ぐせがついていた髪も緑のリボンでしっかりと結わいている。

 ルイはスマホをポケットにしまうと欠伸を噛み殺しながら先頭を歩き始めた。


「あら、眠そうね。夜更かしでもしてたの?」

「ん、まあ、ちょっとな」


 なんとなく歯切れの悪いルイを気にしながら、目的のカフェへと向かう。


「で、そっちは? どうせ夜中まで女子トークしてたんだろ」

「楽しかったわよ。ね? ユウちゃん」

「はい、とても」

「そりゃあなにより」


 カフェに着くと、ルイは指を三本立てて店員に人数を示す。案内されたのは外のテラス席。カエデとユウは隣同士、その向かいにルイが座った。


「朝早いから結構空いてるわね」

「早起きして良かったろ?」


 ご機嫌な様子でルイはメニュー表を見つめる。しばらく悩んでいた三人はそれぞれ違うメニューを頼んだ。頼んだものが続々と届き、テーブルの上に並べられていく。全部届いたところで早速食べ始めた。


「ん~、これ美味しい! ユウちゃんもいる?」

「あ、じゃあこっちも一口どうぞ」


 女子二人はおしゃれな料理に夢中だ。一方ルイは頼んだサンドイッチを食べながら、片手でスマホをいじっている。それに気づいたカエデが声をかけた。


「さっきもスマホ触ってたけど、そんなに何してんの?」

「ユウの父親が居そうなところをピックアップしてんだよ」


 ルイはスマホの画面を二人に見せた。画面には中央セントラル国の地図が表示されている。ルイはその地図の北側を拡大させた。


「まずはここだ。全体的に発達していて、娯楽街になっている。こっちから捜索していった方が早いと思う」

「そうね、さすがに南側にはいないでしょうし」

「南は何があるんですか?」


 ルイは地図の南側を拡大させる。


「こっち側は大部分を森が占めている。まだまだ開発途中だが、なかなか進んでいない。っていうのも、この森には凶悪なバケモノがいるって話だ。何人もの捜索隊が犠牲になっている。ここに近づくやつはほぼいないだろう」


 ルイはコップに入った水をごくりと飲み干した。


「んじゃあ、食べ終わったことだし──」


 ルイが立ち上がった瞬間、向かいのお店から男性が吹っ飛んできた。男性はルイたちの隣のテーブルに乗り上げ、テーブルの上に置いてあったお皿たちが音を立てて落ちた。

 周囲の人々が困惑する中、大柄な男が叫びちらしながら向かいのお店から出てきてこちらに向かってきていた。


「ざけんなよクソヤローが!」


 どうやら喧嘩らしい。カエデとユウは巻き添えを食らわないようにそっと離れる。飛ばされた男性は頭から血を流しながら大柄な男性を睨みつけていた。

 誰も近づくことなどできない一触即発の中、ルイが一歩前に出た。


「おい」


 大柄な男はその声で完全に意識がルイに向く。


「んだよてめぇ」


 凄む男性に対し、ルイはひどく落ち着いていた。


「ここは公共の場だぞ。いい歳したおっさんが荒らしていい場所じゃねぇ。喧嘩なら他所でやれ」

「誰にもの言ってるかわかってんのか」


 さも自分が偉い立場にいるかのような言い方。彼の名はタジマ。ここらでは悪名高い男だ。横暴な上に強い。それ故誰もが手を焼いていた。

 ルイはテラス席からひょいと離れ、近くの広場を指さす。


「俺が相手してやるよ」

「は?」


 呆けるタジマに、ルイは鋭い視線を送る。


「そのねじ曲がった性格を俺がへし折ってやるって言ってんだよ」

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