まやかしの異世界譚

璃志葉 孤槍

一章 妖怪の世界

第1話 祭りの頂点に君臨する少女

 この世の中に人間ほど凶悪な動物はいない。まるで共喰いをする動物のように人間は生きたまま人間を丸呑みにしてしまうからだ。群れで生活し、他と違えばすぐに弾き飛ばしてしまう。

 進化の過程で超常能力を持って産まれた人間がいた。しかし不気味に思った周りの人間は〝妖怪〟だと卑しみ、親子共々追放したのだ。それからしばらく妖怪が産まれるたびに追放し、結果人類は二つに分断してしまった。

 人間界から追放された妖怪たちは超常能力で作った〝異世界〟に逃げ込み、種を繁栄させるようになった。能力は遺伝するらしく、超常能力を持った者どうしの子どもも超常能力を持って産まれ、妖怪の数はどんどん増えていった。そして自分たちで国を作り、能力を持たないただの人間をさげすみ嫌うようになった。

 それ故、いつしかこんな掟ができた。


 人間と妖怪の混血種ハーフを作ってはならない、と──


 時は流れ、妖怪たちの国はいくつも発展していった。中でも一番古く大きな国なのが中央セントラル国。

 これはそんな国で生きる彼らの異世界譚である。



 祭り。それはこの国で定期的に行われる行事イベント。いつ始まったのかは不明だが、能力を持て余した妖怪たちがそれを見せつけるために始めたことがきっかけで、いつしか国をあげての大きな行事イベントとなったのだ。

 毎度一週間かけて行われる祭り。その名も『戦闘祭バトルフェス』である。


 中央セントラル国の首都、リビリーの真ん中に聳え立つ、石でできたドーム状の建物。天井はなく、真ん中の舞台を囲うようにぐるりと観客席が敷き詰められている。

 四月二十五日。祭りの最終日であるこの日、闘技場は超満員を超え熱気と歓声で溢れていた。

 舞台袖で狐面を顔につけた一人の少年が見守る中、祭りは終盤を迎える。

 舞台の上には今にも倒れそうな青年と、終盤にも拘わらず未だ無傷の少女が立っている。


「こんな子どもに……なんでこのオレが……!」


 足元がおぼつかない中、そう吐き捨てた青年に少女は我が物顔を見せる。そして両の手のひらを相手に向けると、小さく呟いた。


雷の陣サンダー


 その刹那、青年の頭上に雷雲が現れ、大きな音とともに稲妻が走り彼を直撃した。攻撃を受けた青年は膝から崩れ落ち、地面に突っ伏す。すると、観客たちが一斉にカウントダウンを始めた。


「五……四……三……二……一……」


 カウントダウンがゼロになった時、大きな鐘の音が闘技場内に響き渡る。そして興奮気味なアナウンスが流れた。


「ついに成し遂げました! 史上初、四年連続優勝、カエデ嬢です!」


 勝利が確定したカエデはにやりと笑うと、己の長い金髪を翻して舞台袖へと戻った。舞台袖で見ていた少年に気づくなり、ドヤ顔を見せつける。しかし少年は狐面をずらすと嘲笑を浮かべた。


「いや~、やっぱ強いな! のくせに」

「うっさいわね、ルイ! そのスラングは使うなっていつも言ってるでしょ! せめてハーフって呼びなさいよ!」


 カエデの瑠璃色の瞳に憤りがこもっている。フンと鼻を鳴らすと休憩室へと向かった。ルイはヒヒっと笑いながらその後をついていく。

 休憩室に行くには二百メートルほどの長い通路を歩かなくてはならない。通路のところどころに窓があり、そこから太陽の光が射しこんでいた。窓の横を通るたびにルイの黒髪が照らされ、熱がこもる。思わず窓の外を見た。


「うわ、まぶし!」

「……バカなの?」


 前を歩いていたカエデが振り向き、嘆息をつく。


「てか、やっぱりルイって茶色い瞳孔なのに光が射すと赤っぽく見えるのね」

「え、そうなのか?」


 窓の反射を利用して自分の瞳を見つめるが、うまく見えない。むしろ日の光にやられ、目をおさえて眩しそうにしだした。もう十九だというのにまるで子ども。本当に自分の一個上なのかとカエデは思わず疑ってしまう。

 休憩室につくと、カエデは真ん中のソファにどかっと座った。そして目の前のテーブルに置いてあったお菓子を食べ始める。


「ん~、このクッキー美味しい」

「食べ過ぎると太るぞ」


 カエデはルイに華麗な平手打ちを食らわせた。ドア付近まで吹っ飛んだルイは攻撃を食らった頬をさすりながら心の中で、この怪力女バケモンが──と睨む。


「なんか言ったでしょ、ルイ」

「……なんも」


 カエデは不満げな様子で立ち上がり、窓の外に目をやる。ここから見える闘技場の観客席には、まだたくさんの人が残っていた。混雑する出口に向かいながら各々話をしている。その話を聞いていたカエデの顔が少し暗くなる。


「パンダ、パンダって五月蝿いのよ……。うちだって好きでなったわけじゃないんだから」

「お前、ほんとに耳が良いのな。あそこの会話が聞こえるなんて。あれだろ? ただの話題作りに使ってるだけだろ。そんな気にすることなんかねぇよ」

「わかってるわよ、ルイに言われるほどうちは落ちぶれちゃいないわ」


 さすが強気な女子といったところか。右耳の耳たぶを触りながらそっぽを向くカエデに、ルイはヒヒっと笑うと立ち上がった。


「なんか飲むか?」

「そうね、お茶がいいかしら」


 ルイは奥の戸棚からお茶の葉を取り出し、キッチンでお湯を沸かし始めた。待ちながらルイはトン、トン、トン、と指で机を叩く。


「なに考えてるの?」

「いやあ、次の祭りには俺も出よっかなって思ってさ。二週間後だっけ? 久々に腕試ししたくなってきた」


 ふーん、と未だ窓の外を眺めるカエデ。


「……で、そっちは?」


 カエデは手を止め、ルイの方を向く。ルイは耳を指さしながら言った。


「悩みがある時の癖が出てるよ。ほんとにわかりやすいんだから」

「別に。ただちょっと考え事してただけよ。ルイに話すようなことでもないわ」

「そっか」


 お湯が沸き、火を止めた。お茶の葉を蒸らしながらコップに注いでいく。そして無言で机に置いた。カエデはそれを一口啜ると笑みをこぼした。


「なかなかうまいじゃない」

「そりゃどうも」


 さてと、とカエデはコップを置いた。


「着替えるから」

「おう」


 返事をしただけでその場を動かないルイにカエデは満面の笑みで拳を握りしめて見せた。危険を察知したルイは慌てて部屋を飛び出す。


「ったく、冗談の通じないやつめ」


 カエデは通常の人の何倍も耳が良い。当然、今の言葉も聞こえていた。次の瞬間、ルイに会心の一撃クリティカルヒットが打ち込まれた。

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