第10話ナダルの喪失

私がイリーニアに会ったのは14才のデビュタントの時だった。婚約者だと言われ彼女のエスコートをした。

緊張からか無表情で手はずっと震えていた。その頃の私は次期宰相として幼い頃から期待されていたので傲慢で鼻持ちならないやつだった。これが未来の侯爵、宰相夫人かと落胆し、緊張している婚約者に優しい言葉もかけなかった。


イリーニアは物静かな少女で自分を主張することはなかった。



学園に入り生徒会や宰相補佐の仕事、侯爵の仕事の補佐と忙しくなり、だんだん重荷になっていった。イリーニアと交流も途絶えがちになった。


そんな鬱屈とした日々を送っていた時に子爵令嬢と会った。王太子と交流を持ち始めたのでよく顔をあわせるようになった。

ある日女生徒に絡まれてる所を助け、二人きりになった時に少し話した。私の顔色を心配し、悩みがあるなら聞くと言われ、愚痴めいた事を言った。彼女は同情して私の努力を肯定してくれた。

それからも二人になると肯定と賛辞をくれ、その心地よさに溺れていった。


ある時泣いている彼女をみて訳を聞くと殿下や、私達側近の婚約者が苛めてくると言われた。それを疑いもせず彼女の言葉を全て信じ、婚約破棄し断罪した。


だが証拠が弱いからと、かなりの持参金を持って嫁いだ彼女に初夜で暴言を放った。彼女は最後まで笑顔で聞いていて、違和感を覚えたが気にしなかった。



3日後、王宮に呼ばれ映像を観せられた。彼女の浮気、苛めの自作自演で茫然自失となった。邸に帰る道中、色々な感情が渦巻いた。

最初は殿下に近づく彼女を警戒していたのに、何故気を許したのか?

彼女言うことを何故疑問に思わなかったのか?

初夜で何故あんな事が言えたのか?


自分の事なのに分からないことばかりだった。



邸でイリーニアと二人になり、何でもすると言うと、それどころではなくなるから自ら死ぬのだけはやめてくれと言われた。


私は己の愚かさとイリーニアへの申し訳なさで謝る事しかできなかった。




侯爵家は没落して平民になり、家族や世間から罵られながらも生きた。死んでしまいたかったが、イリーニアとした約束だけが私を生かした。


やがて今回の関係者や、サバリス公爵に恨みを持つもの達が集まり、今や王太子となった彼等に復讐しようと言い出した。

私は必死で止めた。

あの王太子がそれに備えていないはずがないからだ。いや、それどころか罠を仕掛け待っているかもしれない。

宰相だった父がそれを分からないはずがないのに、私のせいでこうなったと、何度も殴られた。


私のせいでなったのなら何としても止めなければならないと、やめてくれるよう説得したが、皆に殴られ蹴られ切りつけられた。

もうどんなに言っても無理なら弟達だけでも助けたいと、周りの目を盗み、王宮に向かった。


王宮の衛兵に捕まり、そこで何とか謀反と弟達の助命を頼んだ。王太子の前に引きずられもう一度弟達の助命を頼み、力尽きた。



意識が戻り、最初に見たのはイリーニアだった。目を覚ました私を見て安堵しているようだ。何故彼女がいるのかわからなかったが、直ぐに王太子に呼ばれ、動けない私を衛兵が担ぎ王太子の前にだされた。


動かない体で礼を取ろうとしても無理で這いつくばっている私に謀反を事前に告げ、防げたので恩赦をだすと言った。

どうせ密告しなくても、間者を潜り込ませ知っていたくせに、と王太子に皮肉げに嗤ってまた意識が途絶えた。


次に目を覚ました時、皆捕まり処刑されていた。


弟達も。


私の訴えなど聞いてくれる筈がなかった。元凶の私が生きて、何の罪もない弟達が処刑された。


もう私には何もなかった。

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