47話 チンピラ
四人で引き続き秋祭りを楽しんでいる。
「……あ」
「どうした? イザベラ嬢」
突然声を上げた私に、カインが声を掛けてくれる。
「ごめんなさい。ちょっとお花を摘みに行ってきます」
「花摘みだと? 何もこんな祭りの最中に行かなくても……」
エドワード殿下が眉をひそめる。
私の婉曲的な表現が通じなかったか……。
王子の癖に、こういう淑女表現を知らないなんてね。
でも、オスカーは違ったようだ。
「承知しました、イザベラ殿。私達はここで待っていますので、行ってきてください」
「はい。すぐに戻ってくるので、それまで三人でお祭りを見ていてもらえますか?」
「分かりました。エドワード殿下にはしっかり言い聞かせておきますので、ご安心を」
「お願いします」
笑顔で見送ってくれるオスカーに手を振って、私はその場を離れる。
やっぱり、オスカーは頼りになるなぁ。
三人の中でも一番紳士だ。
それに引き換え、エドワード殿下は鈍感というか……。
女の子の扱いがなっていないわね。
まあ、『ドララ』の攻略対象なだけあって顔は文句なしのイケメンなのだけれど。
あれでバッドエンドの断罪さえなければなあ……。
なんて考えながら歩いていると、いつの間にか人通りの少ない道へと来てしまっていた。
「あれ? おトイレはこっちじゃなかったかしら?」
屋台や人の姿もなく、静かな場所だ。
どこか不気味な雰囲気がある。
まずいな。
早く戻らないと。
急いで来た道を引き返していると、後ろから誰かに肩を掴まれた。
「きゃっ!?」
驚いて振り返ると、そこには二人の男が立っていた。
「へへっ。お姉さん、可愛いねぇ。ねえ、俺たちと一緒に遊ばない? 楽しいこと、してあげるよぉ~」
「そうそう。俺らとイイコトしようよ!」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる男たち。
「結構です! 離してください!!」
私は男の手を振り払おうとするが、強い力で押さえつけられてしまう。
「つれないこと言わずにさー。ほら、行こうよ」
「大丈夫だって。優しくするからさー」
「嫌です!! 止めて下さい!!!」
抵抗するが、二人に身体を抱えられてしまう。
くっ、この人たち、見かけによらず力が強い……!!
このままでは連れていかれちゃう!!
どうにかしないと……。
そうだ、魔法を使えば……。
(ファイアーボ……。あっ。駄目!)
魔法を発動するには、集中した上で少し力む必要がある。
普段なら何の問題もない行為だ。
でも、今の私はダムが決壊寸前の状態だった。
変に力を入れると、その場で大惨事を引き起こしかねない。
「大人しくしろよー」
「暴れたら怪我しちまうかもよー」
はやくなんとかしないと……。
もう、我慢できない……。
その時だった。
「ぐえぇっ」
「ぎゃああああああ!!!」
突如として悲鳴が上がる。
「なんだ!?」
「誰だお前は!?」
「…………」
私は声の方を見る。
すると、そこにいたのはカインだった。
彼に攻撃され、男二人は倒れ込んだ。
「カイン……!?」
「……無事か? イザベラ嬢」
「ええ、ありがとう。でも、どうしてここに……?」
「イザベラ嬢を一人で行かせるのが不安で、こっそり付いてきていたんだよ。そうしたら、怪しい輩に絡まれているところに遭遇してしまった。間に合って良かったぜ」
カインがそう言って微笑む。
なんて優しいのだろう。
本当に助かったわ。
「イザベラ嬢は強いけど、一人の女の子なんだ。もう少し自分の身を大切にしてくれ」
「分かってるわよ」
本来なら、自分でも何とかできたんだ。
ただタイミング悪く、ダムが決壊しかかっていたというだけで。
「本当に分かってんのか? イザベラ嬢に何かあったら、俺はっ!!」
「きゃっ! ちょ、ちょっと……」
急に抱き寄せられ、私は戸惑ってしまう。
カインの顔が近い。
心臓が激しく高鳴り、頭が真っ白になった。
「カイン、あのね……。私達、そんな関係じゃ……」
私は何とかそう絞り出す。
イケメンの彼に迫られたらついつい流されそうになるが、迂闊に距離を縮めすぎたらバッドエンドに近づく。
それにそもそも、今はタイミングが悪い。
私のダムは決壊寸前だ。
「……すまない。つい……」
カインは慌てて私から離れると、「悪いな」と言って頭を掻く。
……なによ。
なんで残念そうな顔をしているの?
その顔をしたいのは私の方なんだけど。
「ごめんね。じゃあ、私はこれで」
私はそそくさとその場を後にする。
そしてトイレに駆け込み、事なきを得たのであった。
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