39話 秋

 王立学園に入学して、半年ほど経ったある日のこと。


「イザベラ様~!」


 アリシアさんが駆け寄ってくる。

 彼女はとても素直で良い娘だ。

 『ドララ』では悪役令嬢イザベラを断罪した彼女だが、今の彼女にそのような気配はない。

 むしろ、私の後ろをちょこまかと付いてきて、まるで雛鳥のように慕ってくれる。

 そんな彼女を見ていると、ついつい庇護欲が刺激される。


「あら、アリシアさん。どうしたの?」


「実は、イザベラ様に教えて欲しいことがありまして……」


「私に分かることだったら、何でも聞いてちょうだい。でも、その前に……」


 私は彼女の手を優しく取ると、回復魔法をかける。


「これでよしっと。アリシアさんの手が荒れていたから」


「あ、ありがとうございます。イザベラ様の手はいつもスベスベで綺麗ですねー。わたしなんか、すぐにガサガサになっちゃいます」


「ちゃんとケアすれば、これくらいすぐに戻るわよ。今度、保湿クリームの作り方を教えてあげるわ」


「本当ですか!? 嬉しいです」


 アリシアさんの顔がパァッと輝く。

 彼女の素材は悪くないのだが、いかんせん美容関係に疎い。

 この半年間で化粧の技術は最低限教えてあげることができたけど……。

 他はまだまだだね。

 こりゃ今後も目が離せない。

 ま、それはそれとして……。

 私は笑顔を浮かべると、そのまま話を続けた。


「それで、聞きたいことというのは?」


「えっと、あの、その……」


 アリシアさんが顔を赤らめながらモジモシしている。


「遠慮せずに言ってみて」


「じゃ、じゃあ、イザベラ様。今度の秋祭り、どなたかと行かれる予定はあるんですか?」


「秋祭り? ああ、もうそんな時期かぁ」


「はい、もうすぐです」


「そうねぇ……」


 私は少し考えると、口を開いた。


「今のところは特にないわね」


「そ、そうなのですか。良かったです」


 アリシアさんはホッとした表情を見せる。


「私も誰かと行きたいと思っているんだけどね。誘える相手があまりいないのよ」


 私はバッドエンドを回避するために、できるだけ多くの人と親しくなりたいと思っている。

 いざ断罪イベントが発生した時に、助けてもらえる人が欲しいからだ。

 しかし、現実問題として、そこまで親しくなった人はなかなかいなかったりする。

 女生徒で親しいのはアリシアさんくらいかな。

 男子生徒なら、エドワード殿下、カイン、オスカーあたりだ。

 でも私は、ヒロインのアリシアさんと彼らとの仲を邪魔するつもりはない。

 予知夢で見たようなバッドエンドはまっぴらごめんだからだ。

 そのため、彼らとも必要以上に仲良くしないようにしている。


「で、では、イザベラ様! ぜひわたしと……!」


 彼女がそう言った瞬間だった。


「おお! ここにいたか、イザベラ!」


 エドワード殿下がこちらに向かってくる。


「エドワード殿下。どうされましたか?」


 アリシアさんとの話の途中だったけど、王子様から話し掛けられて無視するわけにはいかない。

 私はすぐさまエドワード殿下へと向き直った。


「いや、ちょっと用があって探していたのだ。話を遮ってしまったようで申し訳ないな。ええと、君はアリシア・ウォーカーか」


「え、えっと……。あの、はい……」


 アリシアはエドワード殿下に怯えているのか、私の後ろに隠れてしまった。

 私は彼女の頭を撫でて落ち着かせる。

 彼女の父はウォーカー男爵だが、母親は使用人。

 この王立学園に入学することが決まるまでは、ずっと平民として暮らしてきた。

 まだまだ貴族に溶け込めていないし、ましてや王族のエドワード殿下とはまともに話すらできない。

 どうしてこうなった?

 『ドララ』では、今頃少しずつフラグを立てて恋心が育っていくところなのに。


「それで、殿下のご用事とはなんでしょうか?」


「うむ。実はな……」


 エドワード殿下が口を開く。

 こういう何気ない会話に、バッドエンド回避のヒントが隠されていないとも限らない。

 私は彼の言葉を集中して待つのだった。

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