31話 王家の秘術

 少し大きめのゴブリンを魔法で吹き飛ばしてあげた。

 私は、目の前で呆然としているエドワード殿下に話しかける。


「お怪我はありませんか、エドワード殿下」


 私が問いかけると、エドワード殿下はハッと正気に返ったようで、私の方に視線を向けた。


「イザベラ? なぜここにいる!? ……ああ、そうか。これは幻か。最後に見る幻覚にしては悪くないな。イザベラ、君にもう一度会えて嬉しいよ。できることなら、この気持ちをずっと伝えておきたかった。愛してるぞ、イザベラ。お前のことが誰より……」


 エドワード殿下は頬を赤らめながら私を見つめてくる。


「あの、エドワード殿下。申し訳ないのですが、私は幻覚ではありませんわ。ほら、ちゃんと触れられますでしょう?」


 私はエドワード殿下の手を取り、自分の体に持っていく。

 すると、彼はビクッと震え、顔を赤く染め上げた。


「イザベラ……。本物? ……いや、すまない、少し取り乱してしまったようだ。改めて礼を言わせてもらう。ありがとう、助かったよ」


「いえ、お気になさらないでください。それよりも、どうしてこんなところに一人で? 護衛の方々はどうされたのですか?」


「護衛兵達は逃した。王家の秘術を使うには邪魔だったからな。ま、肝心の秘術は失敗してしまったのだが……」


 殿下が自嘲気味に笑う。


「秘術? ああ、『覇気』のことですね。エドワード殿下は『覇気』を習得されていたのですか。すごいです!」


「いや、だから失敗して……。ん? いや待て、なぜお前が覇気のことを知っている?」


 エドワード殿下の顔つきが変わる。


「あっ……」


 うっかりしていた。

 私が覇気という秘術を知っているのは、『ドララ』で見たからだ。

 アリシアさんとエドワード殿下の通常ルートでは覇気の出番はない。

 でも、エドワード殿下、フレッド、カイン、オスカーの四人全ての通常ルートを攻略した後に現れる隠しルートで、とある強敵と戦う際にエドワード殿下が覚醒するのだ。

 もちろん、本来であれば今の私が知っているはずがない。


「あ、えっと……。その……」


「イザベラ。正直に答えてくれないか。なぜ知っている?」


「……私は魔法の才能があるようなのです。それで、色々と研究しておりまして、その過程で偶然、覇気について知った次第です。決して王家の秘密を暴こうとしたわけではありませんので、どうか信じてください」


 必死になって弁明をする。

 エドワード殿下がじっと見つめてきた。


「……わかった、信じることにしよう。それにしてもイザベラはすごいな。独学でそこまでの知識を身につけているとは……。さすがはイザベラだ」


 エドワード殿下が感心したように言う。

 よかった、どうにか誤魔化せたみたいだ。


「だがな、覇気を知っていることを簡単に口外するなよ。陛下の耳に入れば、最悪は……」


「最悪は?」


「口封じのために消されるかもしれん。何しろ、覇気を知っている者はこの国で王族のみなのだから」


「……っ!?」


 背筋に冷たいものが走る。

 まさか、そんな危ない力だったなんて!

 ゲームの中では、王族に伝わる強力な秘術としか言及されていなかったのに。


「ま、イザベラが私の婚約者になれば、そんな心配は無用なのだが。お前自身が王族になるわけだからな」


「えっと……。それって、もしかして脅しでしょうか?」


「その通りだ。お前がいつまでも婚約を拒否するなら、陛下に告げ口してお前を……」


「…………」


 物騒なことを言い出すエドワード殿下に対し、私はついジト目を向けてしまう。


「すまん。冗談だ。お前の愛は、正攻法で手に入れてみせよう。こんな卑怯な手は使わないさ」


「それはよかったです。……おや?」


 視界の隅で、何かが動いた。


「グギャアアアァッ!!」


 ゴブリンキングだ。

 さっきの攻撃で倒しきれていなかったのか。

 私としたことが、力加減を誤っていた。


「……っ! イザベラ、ここは逃げ……」


「【天剣斬】」


 エドワード殿下が何かを言っていたが、私はそれを遮るように魔法を発動させる。

 そして、そのまま無造作に剣を振るった。

 次の瞬間、ゴブリンキングの首が宙を舞う。


「ふう、これでよし」


「……………………」


 エドワード殿下が唖然としている。


「あら? エドワード殿下、どうされましたか?」


「イ、イザベラ……。今のは覇気だろう……? な、なぜお前が使えるんだ……?」


「あっ……」


 またやってしまった。

 あの近距離からの攻撃を迎撃するには、魔法よりも覇気スキルの方が便利なんだよね。

 つい、いつもの癖で使ってしまった。


「てへっ」


「てへっじゃないだろ! どういうことだ! 知っているだけならまだしも、一体どうやって覚えた!」


「えーっと……。それは秘密です。乙女の秘密です」


「そんな言い分が通用するとでも……」


「エドワード殿下なら、黙っていてくれますよね? もし告げ口なんかされたら、私、困ってしまいます。せっかく助けてさしあげたというのに、エドワード殿下には失望してしまいそうですわ」


「ぐぬぅっ」


 私がわざとらしく悲しそうな顔をすると、エドワード殿下は悔しげに歯噛みをした。


「くそぉっ、ずるいぞ、イザベラぁ~。俺だって、俺だってなあ、イザベラにもっと頼られたいし、役に立ちたいんだよ~」


「……」


 子供のように駄々をこねるエドワード殿下を見て、ちょっとだけ胸がきゅんとする。

 ……なんだこれ?

 ……これがギャップ萌えというものだろうか?


「わかりました。エドワード殿下の気持ちはよく伝わりましたよ。では、今度教えて差し上げますよ。もちろん、他の邪魔が入らないところでね」


「本当か!? 約束だからな! 頼んだぞ!!」


 エドワード殿下が満面の笑みを浮かべる。

 こうして私は、エドワード殿下に覇気を教えることになってしまったのであった。

 その後、私の護衛兵と合流したり、エドワード殿下の護衛兵が怪我をしていたので治療してあげたり、ゴブリンキングの死体を回収したりして、ようやく元の旅路に戻ることができたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る