第115話 決断


 レティシアとイレーヌさんが風呂から上がると、フィリア、ヘイゼル、俺の順番で風呂に入った。

 最後に俺が風呂から上がると、レティシアがキッチンを漁っていた。

 なお、ソファーではフィリアとヘイゼルがすでに飲み始めており、トランプで遊んでいた。


「お前、何してんの?」


 俺はキッチンに行き、冷蔵庫から缶酎ハイを取り出しながら色々な調味料を漁っているレティシアに聞いてみる。


「日本にどんなもんがあったかを漁って思い出してる。教会の人に聞いたら巫女にはちゃんと部屋も与えてくれるし、ちゃんとしたプライベートはあるみたいなの。だったらあっちの世界のあんたの家みたいに好き勝手する」

「ふーん、お湯さえあれば、レトルト系はいけるだろ」


 カップ麺もだし、お湯で温めるレトルト食品は多いはずだ。


「私の魔法ではお湯が出せないからね。ケトルは必須かしら?」

「姫様、お湯なら私が出せます。私も魔法学校卒ですので」


 イレーヌさんが意外なことを言ってきた。


「は? そうなんです?」

「そうです。お城の中では魔法を使えませんので使っていませんでしたが、魔法も得意です」


 この人、ヤバくない?

 暗殺者を一刀両断出来て、魔法も使えるんだって。


「なあなあ、魔法も剣も俺より上って、俺がこの人に勝てるところある?」


 俺は従妹に聞いてみる。


「…………人間性も下、性格もダメ…………血筋? あ、既婚者!」

「血筋はともかく、既婚者って異性間ではマウントにならなくない?」


 それ、同性間でやることだろ。


「他にないもん。必死にイレーヌより上になろうとあがく小さい人間性ではしょうがないじゃん」


 王族の騎士になるのは神父様のように特別優秀って聞いたことがあるし、仕方がないと思おう。

 俺がダメなんじゃない。

 イレーヌさんが特別なんだ。


「よし! 心の平穏は保たれた」

「小さいわねー。あっちで奥さんに慰めてもらいなさいよ。私は今後の巫女生活を考えてるから」


 そうしよー。


 俺は酒を持って、ソファーに行くと、俺の座る場所がトランプのフィールドと化していたので、立って2人のバトルを見守ることにした。

 なお、勝負はフィリアが勝った。


 俺達はまだ深夜だったため、朝まで各自適当に時間を潰していった。

 そして、店が開店する時間になると、レティシアとイレーヌさんを連れて外に出ることにした。


 レティシアは当然、慣れているため、問題ない。

 イレーヌさんも驚いてはいるようだが、騎士としての護衛の役目があるため、基本的には大人しかった。

 かつて、子供のようにはしゃぎ、勝手にどっかに行こうとしていたヘイゼルの手を繋いだのが懐かしかった。


 レティシアとイレーヌさんは決めていた物を買いに行き、色々な店を回って大量の物資を購入していた。

 大量の荷物になったものの、レティシアは金持ちお姫様なので、5億円の魔法袋を持っているから平気で色んな物を買えるのだ。


 レティシアとイレーヌさんは買い物から戻ると、ご機嫌で買ってきた物を吟味している。


「私が巫女になったら定期的にあんたの所に便を送るから物資を補充しなさいよ」


 レティシアが保存の利くお菓子とラノベや漫画を分別しながら言ってくる。


「別にいいけど、イレーヌさんが来るのか?」

「私は姫様のそばを離れません!」


 まあ、護衛の騎士だしな。


「適当な教会の騎士に行かせるわよ。魔法袋は2つ持ってるし、魔法袋に入れてくれればいいから」


 10億円…………

 こいつ、お姫様なだけあって、金持ちだなー。


 レティシアはこの10日間の休みを満喫していたと思う。

 イレーヌさんを連れてあちこちに出かけたり、フィリアに色んな料理を作らせたりしていた。

 日本に来た当初は泣いていたが、今は笑顔ばかりだ。


 そして、最後の日の夜。

 明日の朝にはあっちの世界に戻り、翌日の朝にはゲルドの馬車でノースに出発する。

 だからこの日がレティシアが日本にいられる最後の日だった。


 レティシアはこの日は出かけずにひたすらテレビを見ていた。

 正直、言葉がわからないイレーヌさんが可哀想と思ったが、本人が真剣にニュースやらドラマやらを見ていたので、誰も特に何も言わなかった。

 この日の夜はレティシアの要望でフィリアがカレーを作って、皆で食べた。


 夜も遅くなると、就寝の時間となったのでレティシアとイレーヌさんは貸しているフィリアの部屋に向かう。

 俺はフィリアとヘイゼルに今日は1人で寝ると言って、2人をヘイゼルの部屋で寝させ、俺は自室で1人で寝ることにした。


 俺は一度、自室のベッドで横になったが、すぐに起き、1階のリビングに下りた。

 そして、一人で静かに酒を飲む。

 本当はフィリアとヘイゼルと寝たかったが、今日の夜はどうしても1人で過ごさないといけない。


 何故なら、今日が最後なのだから。


「あんた、1人で何してんの?」


 俺がソファーで1人で酒を飲んでいると、後ろから声がしたので振り向いた。

 そこにはわかっていたことではあるが、パジャマ姿のレティシアが立っている。


「イレーヌさんは?」

「質問を質問で返すんじゃないわよ。イレーヌはちょっと外してもらった」


 珍しいこともあるもんだ。


「ふーん……俺が何してるかだったな。わかっていると思うけど、お前を待っていた」

「そっか…………隣に座っていい?」


 レティシアはそう言って近づいてくる。


「どうぞ」


 俺はレティシアに座るように勧めると、レティシアは俺の隣にチョコンと座った。


「昔、俺がまだ結婚してない時に似たようなシチュエーションがあったな……」

「似たようなって?」

「俺が初めて人を殺した時、寝れなくてな……ここで1人で酒を飲んでたわ。その時にこんな感じでヘイゼルが来て、慰めてくれた」


 懐かしい。

 あの時はマジでピンチだったけど、今となってはいい思い出だ。


「私は慰めないし、慰めてもらう必要はないわよ?」

「10歳のガキには頼まん。血の繋がった従妹だし」

「慰めってそっちかい……最悪」


 懐かしいね。

 とってもいい思い出だったね。


「この10日は楽しかったか?」

「まあね。懐かしいし、食事は美味しいし、快適そのものよ。さすが日本」

「俺もあっちの世界に行くようになって、日本ってすごいんだなーって思うようになったわ」

「あっちと全然違うもんね」


 まさに別世界だ。


「さて……どうする?」


 俺は本題に入ることにした。


「どうするって……?」

「俺はお前が逃げ出しても別に構わんぞ。前にも言ったが、お前一人くらいは養ってやる。何だったらイレーヌさんも入れてもいいぞ」


 金ならある。


「マジでハーレムを築く気?」

「ないない。俺はフィリアとヘイゼルだけでいい。そもそも、イレーヌさんはともかく、お前はない。ガキだし、従妹やんけ」

「貴族や王族になると、従兄妹くらい普通なんだけどね。やばいところでは兄妹っていうのも聞いたことがある」


 兄妹なんてあるのか…………

 いや、昔のどっかの国にもそんなのがあった気がする。


「別に一緒に暮らす必要はない。戸籍もどうにかしてやるし、適当な家を探してやるよ。というか、お前ら、邪魔。本来なら、このソファーは嫁2人を侍らせてイチャイチャするためのソファーなんだぞ」


 お前らがいると、遠慮して、お殿様プレイが出来ない。


「ハァ…………こっちの世界で暮らしたら幸せになれるかな……?」

「知らない。なれるんじゃね?」

「適当ねー……あんたの未来視には何が見える?」

「お前には2つの道がある。巫女になるか、逃げるか…………お前は今、人生の分岐点に立っているんだ。どっちがいいかはわからない。お前が決めろ。どっちを選ぼうと、イレーヌさんはついていくだろうし、俺も助けてやろう」


 実は本当に見えない。

 俺が見えるのはこいつが今日の夜に進む道を決めることだけだ。


「あんたさー……奥さん達と結婚する未来は見えてた?」

「縁はあると感じたが、そこまでは見えていない。俺の未来視は他人は見えやすいが、自分はあまり見えないんだ」


 というか、見ないようにしている。

 自分の未来が見えると、ロクなことにならないって、占いの本に書いてあったし。


「なるほどね。私はあんたの未来が見えたわ」

「マジ?」


 レティシアの未来視が発動したようだ。


「マジ。私がもし、逃げを選んだらあんたは将来、嫁が2人ほど増えるわ。ガチのハーレムね。良かったじゃない」


 増える嫁2人が誰とは聞かない。

 誰だって、想像がつくだろう。


「ないと思うんだけどなー。イレーヌさんはありだけど、お前はガキじゃん」

「将来って、言ったでしょ。私だって、いつまでもガキじゃないわよ」

「…………そういえば、そうだな」


 10年経てば、こいつは20歳だ。

 ……大人になるんだな。


「あんたって、素でバカよね?」

「知らなかったん?」

「知ってる。この母にしてこの子ありって思ったもん」


 母親と同類って思われてんのか……


「嫁が4人ねー…………頭おかしいな、俺」

「おかしいけど、そういうこともあるわよ」


 まあ、来ない未来なんだろうな。


「それを話したってことはそうならないんだな?」


 もし、本当にそうなるなら言うわけがない。

 言ったら未来が変わることもあるのだから。


「そうね。私は巫女になる。あんたはフィリアとヘイゼルとイチャついて、幸せな家庭を築きなさい。私はイレーヌと共に自分の幸せを見つける」


 巫女を選んだか…………


「わかった。よし、祝杯をあげてやろう」


 俺は冷蔵庫まで酒を取りにいくと、甘い缶酎ハイを取り出し、ソファーに戻る。


「ほれ」

「いや、私、未成年よ?」

「中身28歳だろ。いける、いける」

「28歳って言うなっての…………うーん、飲んだことないんだけどなー」

「甘いやつだから大丈夫。さあ、乾杯」


 俺は自分の飲みかけの缶を掲げた。

 すると、レティシアは缶のプルタブを開け、俺の缶に当てる。


「かんぱーい………………んっ……きゅー」


 レティシアはおずおずと飲みだし、秒で倒れた。


 どうやら飲めない体質だったらしい。

 俺は慌てて2階で寝ているフィリアを起こし、回復魔法をかけさせた。


 …………そして、イレーヌさんにぶん殴られた。

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